日本への誤解、どう打破するか
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・年号「令和」の解釈で海外から「右傾化」などの曲解が報じられた。
・日本についてのこのような誤解、誤報に日本は長年悩まされてきた。
・グローバリゼーションが進む中、日本からの発信・反論が必要。
「令和という日本の時代の命名は日本の右傾化なのだ。なぜなら『和』は日本の軍国主義時代の昭和の『和』だからだ」――こんな解説がアメリカの大手テレビの報道で全世界に流されたらどうするか。日本として、あるいは日本国民としてどうすればよいのか。
この解釈は明らかに誤報だった。令和というのは「美しい調和」(beautiful harmony)
という意味なのだと日本政府が公式に発表している。そもそも「和」の一文字から右傾とか軍国主義を連想するという反応自体がまったくの的外れである。
だがこの誤解はアメリカの大手テレビ局のCNNが国際ニュースとして実際に報じていた。2019年4月1日に当時の官房長官の菅義偉氏が新年号を公式に発表した直後の報道だった。
「新年号の『令和』という文字は日本の権威主義的、政治的な右傾化を示している。日本の戦争の過去をより前向きにとらえる安倍晋三氏らが日本の保守主義者たちに伝える『犬笛(dog whistle)』だろう」
「犬笛」とは特定の関係者だけに通じる決起の呼び声の通信というような意味である。
そのCNNの報道はこんな解釈までをこの令和の出典源が万葉集だったことにこじつけて打ち出していた。その解釈の根拠はほとんどがアメリカのテンプル大学のアジア研究科のジェフ・キングストン教授の論評だった。
令和という年号についてはイギリスの公共放送のBBCも当初、「専制的な価値観の反映」だと示唆する報道をしていた。その根拠について「令和の令は命令の令だからだ」と指摘していた。
いずれも実態とは異なる誤報だといえよう。
日本についてのこんな誤解や曲解が日本の外部の国際社会で広く流れるとき、日本はどうしたらよいのか。これは日本の官民にとっての長年の重大な課題だった。いまも超重要な課題だといえよう。
実際に日本は誤解に悩まされてきた。誤報と呼んでもよい。とにかく事実とは異なる情報があたかも事実であるかのように流される現象である。この現象を正面からとらえ、その原因、理由、それに対する対応の方法などを立体的に報告した画期的な書が出たので是非とも紹介したい。あえてこの書の登場を一種のニュースとして取り上げるのはこの主題自体が日本にとって国民的な課題だからである。
『日本を貶めるフェイクニュースを論破する!』というタイトルのPHP研究所刊の単行本である。著者は日本発の英語版ニュース・評論のネットメディアの『Japan Forward』編集部である。このメディアを運営する日本、アメリカ、イギリス、オーストラリア、イタリアなど出身のジャーナリストや学者が集団で著者となったユニークな書だといえる。
実は私自身もこのJapan Forwardの特別顧問として、ときおり意見を述べるという立場にある。
その私がこの場であえてこの書の解説をするのは、私自身、長年の国際報道で日本に関する誤解や偏見に悩まされ、事実に反する断定と戦うという体験を重ねて、このテーマの重要性を痛感してきたからだ。
日本に関する国際的な誤認は実に数多く、しかも日本の国家や国民を貶め、傷つけるという点では深刻だった。たとえばこんな例があった。
「日本はアジアの一般女性を軍隊により強制連行し、性的奴隷としたのに、謝罪も賠償もしていない」
「靖国神社に参拝する日本の政治家は侵略戦争を賛美し、また侵略を計画している」
「日本は使用済み核燃料からのウランを貯めて、核武装を意図している」
「日本人は人種偏見が強く、中国や朝鮮半島の出身者を差別している」
「日本ではいま政府の言論統制が厳しく、報道の自由も表現の自由も弾圧されている」
「日本は中国では南京での大虐殺など大規模な残虐行為を働き、反省をしていない」・・・・
以上のような「誤報」であり、「誤認」である。そこには無知や偏見、独善からの偶然の誤報もあるし、日本への悪意や敵意が根源となる意図的な故意の誤報もある。
この『日本を貶めるフェイクニュースを論破する!』はそのタイトルの言葉とおり、この種の誤報、つまりしフェイクニュースの実例を多数、紹介し、その誤りを指摘し、されになぜそんな誤りが生じるのかを分析したうえで、その誤りに対する訂正や否定のための反論の方法までも示している。そのうえに元となる誤報や誤認の実例を出典どおりの英語の記述で紹介している点も特徴だといえる。英語の勉強にも大いに役立つわけだ。
内容としてはJapan Forward がこの3年余り、掲載してきた記事を拡大し、更新した部分が柱となった。その作業ではアメリカとイギリスの大学で研究や教育を重ね、日本の各大学でも長年、教鞭をとった文化人類学や政治学専門のアール・キンモンス教授が中心となった。
グローバリゼーションと日本、世界のなかの日本、国際社会と日本というテーマを背景に日本からの発信、日本の反論、日本の説明というような命題を考える向きにはぜひともしてもらいたい問題提起の書だと思う。
トップ写真:アール・キンモンス教授 出典:イギリス研究センター
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。