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.国際  投稿日:2019/6/27

米中衝突、核戦力にまで及ぶ


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・米中対立は貿易や経済だけでなく、核戦略めぐるせめぎあい。

・中国は総合核戦力規模を2倍超に増強する計画にすでに着手。

・中国の核「先制不使用」戦略は変わったというのが米公式見解。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46442でお読みください。】

 

大阪のG20でのハイライトの一つは米中首脳会談である。トランプ大統領と習近平国家主席とが顔を合わせ、米中両国間の衝突案件について語りあう。その議題ではまず米中両国間の経済問題、つまり関税戦争と呼ばれる貿易面での懸案が最大の関心を集めることだろう。

だが米中両国間の対立は貿易や経済だけに限らない。中国の国内での政治のあり方から人権の扱い、対外的にはどのような国際秩序を意図するのか、までをめぐって基本的な価値観が激突する。いわば21世紀の世界のあり方そのものをめぐる争いともいえるのだ。

そんななかで意外と一般の注目を浴びないのはアメリカと中国との軍事面での対立である。安全保障面での対立と呼んでもよい。さらにそのなかでも表面に出てこない米中両国の競い合いは核兵器をめぐる戦略、戦力のせめぎあいである。

▲写真 核弾頭搭載も可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)DF-31(東風31)出典:Wikimedia Commons ; Tyg728

核戦力では長年、アメリカが中国をまったく圧倒する規模と性能を保ってきた。中国はアメリカ、さらにはロシアのはるか後ろを歩む核兵器保有国として、控えめな核戦略を維持してきた。ところがこの米中対立の激化の時代に、中国はついに核戦力の面でもアメリカに対抗する姿勢をみせ始めたというのだ。

「中国はいまや核戦力の野心的な増強作戦を推進し、10年後には既存の核兵器の倍増を図ることを目指すようになった」

こんな見通しがアメリカの国防総省中枢から最近、明らかにされた。日本の安全保障にも暗い影を広げる中国のこの核戦力増強は米中関係の対立をさらに険しくすることともなろう。

▲写真 ロバート・アシュリーDIA局長 出典:Defense Intelligence Agency

トランプ政権の国防総省防衛情報局(DIA)の局長ロバート・アシュリー陸軍中将は五月末、ワシントンの主要シンクタンク「ハドソン研究所」のシンポジウムで中国の核戦略について論じ、中国が今後10年ほどに現在の核弾頭や核ミサイルの全体を「近代化」として2倍以上に増強する計画を進めていることを明らかにした。

DIAは米軍全体のなかでも潜在敵国の動向などの情報収集では最重要の役割を果たしている機関である。そんな機関が得た情報の発表はアメリカ政府全体の見解だともいえる。アシュリーDIA局長の中国の核戦力についての現状報告と予測は以下の骨子だった。

・中国は今後10年間に現在の核弾頭と核運搬手段とを合わせた総合的な核戦力の規模を少なくとも2倍以上に拡大し、増強する計画にすでに着手した。

・中国はこれまでアメリカとロシアのようなミサイル・爆撃機・潜水艦という核戦力三大支柱(Nuclear triad)を総合的に築いてこなかったが、今後はその構築を目指す。

・この総合核戦略は中国政権が軍事戦略全般のなかでとくに核戦力を中心におき、そのために中国の軍事史上でも最大の規模と速度の核増強を開始したことを意味する。

 ・中国軍は具体的には中距離核ミサイル、核搭載戦略爆撃機、核ミサイル搭載潜水艦の増強に比重をおき、とくに弾道ミサイル発射実験では世界最大の頻度を記録している。

以上がDIAのアシュリー局長の発表の最重要部分だった。

▲写真 中国の核爆弾第1号の模型 出典:Public domain

中国が核兵器の最初の実験に成功したのは前回の東京オリンピックの年、1964年だった。核武装に成功したわけだが、当時の中国の核戦略は毛沢東主席の「積極防御」という言葉に集約されていた。米国やソ連という核戦力の超大国の背後にあって、中国は核兵器は自国の防衛の最後の最後の手段としてのみ使うという戦略だった。つまりいざ戦争となって非核の通常戦力での戦闘が激しくなっても、中国は核兵器は先には使わない、敵が使ったら初めて、そして必ず核兵器で報復する。その方針を明示しておけば、敵は核を使わないだろうという論理での防御戦略だった。

だから中国の核戦略での長年の政策標語は「先制不使用」だった。核兵器はどんな場合でも敵より先には使わないという意味だった。中国は同時に核兵器を持たない相手に対しては、たとえ激しい戦争になっても核は使わないとも明言してきた。

ただし現実には中国人民解放軍幹部がこの「先制不使用」や「非核国への不使用」の宣言に反する言明をすることも何回かあった。とはいえ中国当局としては核戦力について語ることも少なく、その規模や性能を大幅に増強することもなかった。

しかし中国のその核戦略はいまや変わったというのがアメリカ政府の公式ともいえる見解なのである。アシュリー局長の言明はその新しい中国の核戦略についての警告ともいえるのだ。中国の軍事脅威をすでに感じている日本にとってこの動きはさらに重大な懸念の対象となるべきだろう。

トップ写真 トランプ大統領と習近平国家主席 出典:トランプ大統領(Public domain)/習近平国家主席(Wikimedia Commons ; Narendra Modi


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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