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.政治  投稿日:2019/7/12

朝日、ハンセン病訴訟で大誤報


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

朝日新聞、ハンセン病家族訴訟報道で、大誤報。

・公共性持つ報道機関としての信憑性、地に堕ちた。

・些細な表記ミスも繰り返し起こる朝日新聞の体制に疑問。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46826でお読みください。】

 

朝日新聞の7月9日の誤報はものすごいというほかなかった。朝日新聞を長年、まじめに読んできた読者としては初めて、もうこの新聞を読むことはやめるべきかな、とも思った。公共性を持つ報道機関としての信憑性がついに完全に地に堕ちたという感じだったからだ。こんないい加減な新聞はもう読む価値がないという思いだった。

長年、新聞記者として朝日新聞を身近にみてきた私の立場からは、情けないという思いが強かった。朝日新聞はここまで欠陥だらけとなったのか。もう少しは良質のメディアではなかったのか、とも感じた。

私事ではあるが、私が毎日新聞、産経新聞の記者として活動してきた長い年月、朝日新聞には尊敬する記者も、好感を覚える記者もいた。一緒に仕事をして、学ぶところが多い記者も存在した。報道や評論自体にもゆがみが基本とはいえ、参考になる有益な実例もあった。

だから私は朝日新聞にはその基本的な政治スタンスへの反対は別とすれば、伝統あるニュースメディアとしての一定レベルの敬意もまちがいなく抱いてきた。ところが今回はそんな前向きな認識をすべてくつがえしてしまうような朝日新聞の大誤報、無責任報道なのである。

誤報とは次のようだった。

朝日新聞7月9日朝刊は一面トップの大きな記事で以下の報道をした。

まずは大見出しである。

ハンセン病家族訴訟 控訴へ」「政府、経済支援は検討」

本文の冒頭は以下だった。

「元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、政府は控訴して高裁で争う方針を固めた

▲写真 国立ハンセン病資料館 出典:Wikimedia Commons; Qurren (トーク)

内容をあえて詳しく説明する必要もないだろう。ハンセン病患者に対するかつての国による隔離政策で差別を受けて、家族離散の被害などにあった元患者家族561人が国に損害賠償と謝罪を求めて起こした訴訟だった。訴えを審理した熊本地裁は6月28日、国の責任を認め、家族たちに3億7千万円以上の賠償金を支払うことを求める判決を下した。

これを受け、国、つまり日本政府がどう対応するのか、控訴をして高等裁判所で争うのかどうかが注目されていた。

朝日新聞はこの状況下で、国側はこの判決を不当だとして控訴することを決めたのだ、と報道したのだった。しかもきわめて強い語調で、なんの疑問の余地もないような明快な断定だった。

だが一夜明けた7月10日付の朝日新聞の朝刊一面には、前日とはまったく反対の内容の記事がこれまた大々的に掲載されたのだった。

見出しは以下だった。

「ハンセン病家族訴訟 控訴せず」「首相表明 人権侵害を考慮」

本文の冒頭は以下だった。

「元ハンセン病患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決について、政府は9日、控訴しない方針を決めた

以上、「控訴して高裁で争う方針を固めた」が一夜にして「控訴しない方針を決めた」に一転したのである。完全な誤報だった。しかも大きな出来事に関する国家の判断そのものをまったく誤って伝えるという大誤報だった。

▲写真 ハンセン病をめぐる訴訟についての安倍総理の会見 出典:首相官邸

朝日新聞は当然、7月10日付朝刊に「誤った記事 おわびします」という見出しの訂正記事を同じ1面に載せていた。そのなかでは「政府が控訴して高裁で争う方針を固めたと報じたのは誤りでした」と記していた。その誤報の取材の説明なる記事が2面に掲載されていた。その内容を読んで、私の朝日新聞不信はさらに強まった。

「朝日新聞は政治部、科学医療部、社会部、文化くらし報道部を中心に、政府がどう対応するのかの取材を始めました」

「(そして政府は控訴するという見通しがあるとみて)首相の動向を知りうる政権幹部などに取材した結果、政府は控訴すると判断しました

以上の趣旨の説明だった。私が驚いたのは、朝日新聞のこの大ミスは単に一人や二人の記者の勘違い、判断違いでもなく、事故的なミスでもなく、編集局全体をあげての集団的な取材をしたのに、なお根本から間違ってしまったと、くやしげに述べている点だった。

この主張は外部からみれば、今回の大誤報は朝日新聞自体の間違い、つまりは朝日新聞があるがままの姿ゆえの構造的、体質的な特殊性の産物だという自認のように響くことになる。朝日新聞全体をあげての取材方法や判断そのものが誤りだったことを認めているに等しいからだ。

しかし私が今回の誤報で朝日新聞の本質までをさらに疑うにいたったのは、同じ7月10日朝刊の34面に載っていた別の訂正記事のためだった。この訂正は前日の7月9日朝刊に掲載された二つの記事のなかの記述の間違いのおわびだった。

その趣旨は以下だった。

「『行政が適正かつ公立的に運営される』とあるのは『行政が適正かつ効率的に運営される』の誤りでした」

「国際社会と緊密に『強調し』とあるのは『協調し』の誤りでした」

以上は些細なミスとはいえるだろう。だがあまりに初歩的、基礎的な誤りである。協調を強調と誤記する。効率的を公立的と誤記する。いずれも小学生レベルのミスである。

どの新聞社でも新聞記事はどんなに短くても、長くても、記者が書き、デスクが目を通し、整理と呼ばれる編集者がさらに点検して見出しをつけ、できあがった見出しつきの記事はさらに校閲がチェックをする。これはいかにインターネットやハイテクが導入されてもなお新聞作成の基礎だろう。

そんな厳重なはずのプロセスを経ても、「効率」が「公立」と誤記され、「協調」が「強調」になるミスが起きて、紙面に載るまで朝日新聞側のだれも気がつかない。しかも一面トップの記事が大誤報に終わったという同じ日に、そんなミスが頻発する。いくら人間には必ずミスがあるといっても、私の長い新聞記者体験からは考えられない現象だと実感した。

朝日新聞はいったいどうなっているのだろう、ともいぶかる次第である。

トップ写真:朝日新聞バナー 出典:Wikimedia Commons; User:Zscout370


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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