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.国際  投稿日:2019/7/30

英のトランプジョンソン首相


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#31」

2019年7月29日-8月4日

【まとめ】

・ナショナリストでポピュリストなジョンソン氏が英首相に就任。

・英国はEU離脱で大陸欧州と再び一線を画すことなるのか。

・イランの目的は英仏独を説得して米国に圧力をかけさせること。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depth のサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47123でお読みください。】

 

CNN-USを見ながらこの原稿を書いていたら、カリフォルニア州北部地方都市でのお祭りの最中にまた凄惨な銃乱射事件が起きた。最近では数日に一回の頻度で起きているが、今回は3人の犠牲者のうち2人が小さな子供だった。何と惨いことか。筆者の娘夫婦と孫は今サンフランシスコに住んでおり、決して他人事ではない。

ちなみに、筆者在宅中は24時間このCNN-USを書斎で流している。最近のCNNの偏向報道振りは気になるが、他の放送局だって似たり寄ったり。これでFOX Newsも東京の自宅で見れるようになれば、ワシントンのホテルにいるのと変わらない。こうやって視点の座標軸を太平洋上に置くのが筆者のコメント発想の原点になっている。

さて本題に戻ろう。今週は英国の新首相を取り上げる。先週24日にボリス・ジョンソン氏が英首相に就任した。「イギリスのトランプ」とも言われるが、そうした見方には賛否両論がある。少なくとも、トランプ氏はジョンソン氏を高く評価しているようだ。少数有力有権者層に深く依存するナショナリスト、ポピュリスト。確かに両者は似ている。

大衆迎合の得意なジョンソン氏だが、筋金入りの大衆派かと言うと、実はそうでもない。基本的にはお坊ちゃま、オックスフォード大出身の正統派保守主義者でもあり、トランプ氏とは違い一定の知性も備えている。だからか、一部では期待も膨らんでいるようだが、就任一週間のマスコミの評価は大きく割れている

10月31日には強硬離脱も辞さないと主張するが、大陸ヨーロッパは絶対に折れないだろう。ということはガチンコになり、最悪のシナリオである「合意なきEU離脱」が現実味を帯びる。最も揉めたアイルランド国境問題についてジョンソン新首相は「別のアレンジメントがある」というが、あるなら「出してみろよ」と言いたいところだ。

筆者は従来から「日本の海洋国家戦略のヒントはイギリスにあり」と主張してきた。英国のEU離脱は同国が大陸欧州と再び一線を画すことを意味する。しかし、同様のことは東アジアで既に起きているではないか。欧州がEUなら、東アジアでは既にCU(中華連合Chinese Union)ができている。そんなことを今週の英文コラムで書いた。

一方、先週も日韓の緊張が続いた。日本政府は今週後半にも、貿易上の優遇措置を適用する「ホワイト国」から韓国を除外する政令改正を閣議決定するそうだ。しかし、この日本側貿易管理措置の本質は、二国間問題でなく、より大局的な安全保障の視点から分析する必要がある。この点は今週の日経ビジネス電子版に書いた。

キーワードは、韓国外交政策の変質と韓米日連携の経年劣化だ。今回の日本の輸出管理強化はこうした戦略的安保環境の変化の中で韓国を牽制するものでもある。その意味で、韓国側が今回の輸出管理強化を二国間関係の枠内で韓国を懲らしめようとする「報復」と捉えていることは、形式的にも、実質的にも、間違いであろう。

▲写真 文在寅大統領 出典:ロシア大統領府

先週末の日曜討論では日韓関係の後、イラン情勢についても議論した。筆者が言い足りなかった部分を以下に記しておきたい。簡単にいえば、今はまだ情報戦のレベルで、米イランとも軍事的挑発は控えており、こうした状況が当分続くということ。米国の戦争準備は未完了だし、イランも戦えばイスラム共和制が崩壊しかねないからだ。

一部米政府高官を除けば、イランも米国も戦争は望んでいない。イランの目的は英仏独を説得して米国に圧力をかけさせること。これに対し、米国の目的はイランの挑発を抑止するとともに、イランを現行合意から離脱させ、改めてより厳しい内容の合意を結ぶことだ。双方に決定的誤算がない限り、当分は「我慢比べ」が続くだろう。

米国「有志連合」構想についても議論した。coalitionといっても、今の米国には明確な戦略に基づく具体的構想がないように見える。欧州諸国には独自のタンカー護衛措置に向けた動きもあり、全体が収斂するにはまだ時間がかかるだろう。されば、日本が慌てて法改正や法解釈変更などで右往左往するのは時期尚早ではないか。

最も大事な論点は、万一日本のタンカーが海賊などではなく、主権国家の正規軍やそれに準ずる組織から武力攻撃を受けた場合、誰がそのタンカーを守るのか、だろう。日本国内での詳細な法律解釈議論はある程度知っているつもりだが、日本の自衛隊が守らなくて一体誰が守ってくれるのか。本当の議論はそこから始まるべきだ。

▲写真 ハサン・ロウハーニー大統領 出典:Tasnim News Agency

 

〇アジア

香港の反政府デモが新たな段階に入った。6月からほぼ毎週末続くデモが長期化し、最近では暴力化、過激化も顕著になっており、香港では自身の経済への悪影響を懸念する声が出ているそうだ。これこそ中国政府が待ち望んでいた事態。中国政府報道官は香港の林行政長官の「仕事ぶりを十分評価している」と述べたという。

更に同報道官は人民解放軍投入について聞かれ、「多くは言わない」とのみ答えたそうだが、解放軍香港駐留部隊に関する規定には「社会の治安維持」などのために香港政府の要請で出動可能との条文もあるらしい。中国としても投入は出来れば避けたいだろう。治安を維持できても、国際情報戦では圧倒的に不利になるからだ。

 

〇欧州・ロシア

ロンドン発日経新聞によれば、「29日の外国為替市場で英国の通貨ポンドが売られ、約2年4カ月ぶりの安値水準を付けた」そうだ。EU離脱に関し、英首相らの強硬発言が相次いだことが売りを誘ったという。10月末の「合意なき離脱」に対する警戒感だろうが、新首相もメイ前首相のような失敗は許されない。英国は正念場にある。

 

〇中東

イランが外交的に動き始めた。ローハニ大統領は、「欧州との貿易額が一定水準に達することを条件に、核合意の制限量を超えているウラン貯蔵量などを元に戻す」と仏大統領に書簡で伝えていたらしい。このニュースがイラン側から出たということは、イラン、特に穏健派が、欧州から妥協を得ようと必死であることが容易に推測できる。

筆者の見立てでは、今後例えば革命防衛隊の跳ね上がりなど最強硬派が、外交的妥協を潰すため、更なる軍事的挑発に出る可能性がある。従来は自制を伴う措置のみだったが、既に米軍無人偵察機を撃墜しており、今後は米軍かタンカーかは別として、死傷者が出る恐れすらある。そうなればレッドラインを越え、米イランは戦争になる。

 

〇南北アメリカ

米政府の閣僚クラス高官がまた一人、トランプ政権から去って行った。トランプ氏は日曜日に、「コーツ国家情報長官が8月15日付で退任し、後任に共和党のラットクリフ下院議員を指名する」とツイートした。コーツ氏は常々大統領について不満を漏らしていたらしい。「そして、(まともな奴は)誰もいなくなった」ということになるのか。

 

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ボリス・ジョンソン首相 出典:Flickr; EU2017EE Estonian Presidency


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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