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.国際  投稿日:2019/9/17

北東アジア情勢は日米関係をどう変えるか その3 米中対決の深層~国際秩序と価値観戦い~


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・米中激突は国際秩序変動に繋がる国家と価値観の在り方巡る闘争。

・米政府だけでなく議会も中国を基本的価値観での挑戦者と非難。

・中国で共産党政権がなくなるまで続くとの展望も。日本の仲介困難。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47944でお読み下さい。】

 

米中両国の対立は北東アジアを根柢から揺るがせ始めた。

この米中激突は単なる「関税戦争」でも「貿易戦争」でもない。国際秩序全体の変動につながる国家と価値観のあり方をめぐる闘争なのである。トランプ政権の対中政策が中国共産党政権の国内抑圧や対外攻勢の基本を糾弾するところまで激化してきたのもその表れだといえる。

とはいえ当面の国際的な注視は米中間の関税の戦いとその経済効果に絞られる。いまの関税戦争が自国の経済にどう影響するのかを懸念することは自然だろう。だがそこだけを見ていると、大きな森を見失う。

トランプ政権は中国に対して「不公正な貿易慣行の是正」を求める。知的所有権の組織的な窃取、中国への進出外国企業への合弁の強制、中国企業への不当な国家支援などを明確な法律で止めよ、と迫るのだ。中国は一度は応じる兆しをみせたが、結局は拒否した。

米国側は自国の要求をのませる圧力手段として関税措置を発表した。中国側も同種の反撃をした。これがいわゆる関税戦争である。関税はあくまで手段なのだ。

だがアメリカ側が非難の矛先を向ける中国側の「慣行」はみな共産党政権の特異体質の産物だといえる。政権が共産党独占である限り、なくせない「慣行」のようである。

となると最極端のシナリオとしてアメリカの攻勢は中国側で共産党政権がなくなるまでは続くという展望も生まれる。トランプ政権の内外でいま中国との「decoupling(切り離し)」とか「disengagement(非関与)」という政策標語がささやかれるのもそんな思考からだろう。

トランプ氏は2016年の大統領選の早い時期から中国への非難を打ち出していた。2015年中からのその非難は中国の巨額な対米貿易黒字に向けられ、貿易だけに絞られたようにみえた。だが実際には中国の内政、外交、軍事という広い領域での対中非難の高まりに乗った公約だった。

当初は貿易に限ったかにみえたトランプ政権の対中姿勢も政治や軍事、人権などへの非難へと広がっていった。基本的な価値観でも中国はアメリカの基本利益を侵害するという強固な対中認識が形成されていった。その結果が2017年12月の「国家安全保障戦略」であり、18年10月のペンス副大統領による新中国政策の発表だった。いずれの政策も中国はアメリカ主導の秩序を侵す存在だと定義づけていた。

アメリカの国政全体でも「米中経済安保調査委員会」というような議会主体の公的諮問機関が超党派で中国に関する調査を続けてきた。同委員会はこの9月4日に「米中関係のこの一年の総括」と題する公聴会を開いた。その公聴会の冒頭でクリーブランド副委員長が強調した。

「米中対立は東アジアのアメリカの同盟国や友好国にとってアメリカか中国かの選択ではない。市民の自由、人権と公正な規則に基づく貿易システムか、あるいは専制的な政治システムの自国中心の帝国主義的な経済野望か、の選択なのだ」

▲写真 ロビン・クリーブランド副委員長(2019年9月4日米中経済安保調査委員会公聴会)出典:U.S.-CHINA ECONOMIC and SECURITY REVIEW COMMISSION

トランプ政権の対中政策もこうした超党派の諮問機関からのインプットが大きいのだ。政府と議会の重層の対中認識の上に成り立つ部分が多いのである。だからトランプ政権は中国を基本的な価値観での挑戦者とみて、その南シナ海での無法な領土膨張、ウイグルでの民族弾圧、香港での民主活動の抑圧などを明確に非難するようになった。

だが反トランプの主要メディアは政権の対中政策についても大統領のツイッターと報道陣への即興の応答を皮相に伝えるだけで、政策の本体に触れることは少ない。しかしトランプ政権の方針にはほぼすべて反対する民主党は上院院内総務のチャック・シューマー議員を先頭に同政権の対中政策には支援どころか、もっと強硬にという叱咤を浴びせる。

▲写真 チャック・シューマー米民主党上院院内総務 出典:Charles E. SCHUMER(Public domain)

いまのアメリカの中国への強固な抑止の姿勢はこんご当面は変わらないとみるべきだろう。その結果の米中対立の激化では日本も両国の橋渡しを、というような非当事者の役を演じることは難しいのである。

(その4に続く。その1その2。全4回)

 

編集部註:この記事は古森義久氏が自由民主党の機関紙「自由民主」に依頼されて、掲載された寄稿論文の転載です。同論文は「不透明さを増す北東アジア情勢と日米関係」というタイトルで4回の連載となっています。今回の転載はそのうちの第3回目、「米中対決の深層」という題の記事です。

トップ写真:G20大阪サミットに合わせて行われた米中首脳会談(2019年6月29日 大阪市)出典:THE STATE COUNCIL THE PEOPLE’S REPUBLIC OF CHINA


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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