米vsイラン、危機打開なるか
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#38」
2019年9月16-22日
【まとめ】
・サウジ石油施設攻撃はイスラム革命防衛隊の米イラン対話潰しか。
・世界経済揺るがす可能性は低いが、米国の軍事的出方が鍵。
・「歴史的」会談望むトランプ氏、対イラン報復は躊躇。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47951でお読み下さい。】
先週は珍しく日米欧の識者が一堂に集う国際会議に参加してみた。東京三極フォーラムと名付けられたこの会合、米シンクタンク、-ジャーマンマーシャルファンドと東京財団政策研究所との共催だった。場所は在京EU代表部、麻布の高台にある素晴らしい建物だ。この模様は産経新聞とJapanTimesに書いたので御一読願いたい。
とにかく、この種の集まりに顔を出すのは数年ぶりだが、恥ずかしながら、その間に日米欧関係は大きく様変わりしたようだ。それでも、特に中国について、日米と欧州の間の温度差は決して小さくなかった。しかしながら、というか、だからこそ、日米欧三極連携は極めて重要なのだと改めて痛感させられた。
▲写真 東京三極フォーラム 出典:Facebook 駐日欧州連合代表部
今週の筆者の最大関心事は、実は、この三極フォーラム ではない。中東で長年恐れていたことが、遂に現実のものになってしまったからだ。サウジの石油施設が10機の無人機に攻撃され、炎上しただけでなく、一時的ながらも、サウジアラビア石油生産量の半分以上に当たる約570万B/Dが止まったのである。
これでも筆者は中東屋のはしくれ、とても無関心ではいられない。だが、日本を含む西側諸国とサウジアラビアには1-2か月分の原油備蓄があるはず。幸い石油の需給もこのところ逼迫しておらず、ある程度油価が上がれば、米国シェールオイルの生産量も増えるだろう。
実のところ、石油専門界の間でも意見は割れている。筆者の見立てでは、湾岸地域でこれ以上戦闘が拡大しない限り、今回の事件が世界経済を揺るがす可能性は低いのではないか。逆に言えば、油価は常に「平時にはマーケットで、有事には政治的に決まる」のであり、やはり、今後の米国の軍事的出方がカギになるだろう。
それではこの無人機攻撃、一体誰の仕業か。今度はイエメンのホーシー派が犯行声明を出したそうだが、これを額面通り信じる輩はいない。イエメンの実情を知れば、いくらイランが支援しているとはいえ、イエメンから何百キロも離れたサウジ内陸の石油施設二か所を無人機で正確に攻撃できるほどの実力があるとは到底思えない。
この原稿執筆時、トランプ氏は「locked and loaded」とツイートしたらしいが、米国高官から威勢の良い発言は聞かれない。昨日はポンペイオ国務長官がイランの仕業だと名指ししていたのだが・・・。誰もが「恐らく、そうだろうな」とは思うのだが、動かぬ証拠が出せるのか、出たとしても米国が本当に報復するかは疑問、少なくとも未知数だ。
Saudi Arabia oil supply was attacked. There is reason to believe that we know the culprit, are locked and loaded depending on verification, but are waiting to hear from the Kingdom as to who they believe was the cause of this attack, and under what terms we would proceed!
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) September 15, 2019
▲9月16日 twitter
トランプ氏は恐らく躊躇するのではないか。彼は対イラン攻撃よりも、NYでイラン大統領と「歴史的」な会談をしたいのだろう。ボルトンがいなくなったので、イランは米国からの反撃はないと見たのだろうか。もしそこまで読み切っていたとしたら、流石はイラン、実に手強い。とてもトランプ政権が戦える相手ではない。
〇 アジア
香港デモがまだ続いている。日本の一部メディアでは「香港デモの若者を市民は見放しつつある」といった記事も見られるが、現実とはちょっと乖離がある。デモの参加者は多種多様であり、「市民」が「若者」を「見放す」などといった単純な話ではないからだ。他方、この種の記事を「全くの誤り」だと切り捨てることもできない。
▲写真 香港デモ 出典:Flickr by Studio Incendo
行政長官は「逃亡犯条例」改正案を「完全撤回」した。これはデモ参加者の5つの要求の一つに過ぎないだろうが、逆に言えば、要求の一つが完全に「受け入れられた」ことも否定できない。筆者の信頼する現地関係者は、一つの「終わりの始まり」が始まっていると見ている。なるほど、ここら辺が「当たらずとも遠からず」かもしれない。
〇 欧州・ロシア
英首相のEU離脱をめぐる迷走が続いている。しかし、欧州全体を見ると、BrexitはEUが抱える数多くの問題の一つに過ぎないことも見えてくる。EUの将来は英国離脱の有無ではなく、仏独枢軸の有無が決定的に重要だ。ドイツの経済状態と国内政治をしっかり見ておく必要がある。
〇 中東
手前味噌だが、三週間前、筆者はこう書いていた。
「もしマクロン大統領が現行の核合意に代わって新たな核合意の締結を目指すなら、ボルトン補佐官はともかく、トランプ氏がこれに乗る可能性はあるだろう。問題は米イラン双方の「強硬派」の出方だ。最悪の場合、こうした動きを潰すため、イスラム革命防衛隊が新たな軍事的挑発を試みる可能性すらある。」
▲画像 イスラム革命防衛隊 出典:Wikimedia Commons
先週の無人機によるサウジ石油施設攻撃は「米イラン対話」を潰すための革命防衛隊による「新たな軍事的挑発」ではなかったのか。証拠は全くないので、筆者の単なる仮説に過ぎないが、今も筆者の考え方は変わらない。この米イラン対話に最も反対するのはイスラエルの首相なのだが、今同国は選挙中。極めて要注意である。
〇 南北アメリカ
先週、CNNが民主党大統領候補者10人のテレビ討論会を主催した。「まだ10人もいるのか」と見るか、「ようやく10人になった」と見るかは、意見が分かれるだろう。バイデン前副大統領は全体的に優勢、逆にバイデンの年齢などを問題視した若い候補者は墓穴を掘ったようだ。ざっとしか見ていないが、どの候補も魅力的ではない。
〇 インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:9月14日に無人機の攻撃を受けた、アブカイク石油施設 出典:サウジアラムコHP
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。