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.国際  投稿日:2019/8/15

迷走する米国家情報長官人事


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・米情報機関計16、一枚岩でない。トップの国家情報長官人事迷走。

・多数派が正しいと限らず。少数派の情報も聞き大統領が政策判断。

・歯止めの議会秘密会証言で十分。情報長官は政策否定する公言避けよ。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47403でお読み下さい。】

 

アメリカの国家情報長官人事がやや迷走している。その背後にある意味を、何度かに分けて探ってみたい。

まず現状だが、ダン・コーツ長官の8月15日付の退任が発表され、後任に指名されたジョン・ラトクリフ下院議員が検察官時代の「業績誇張」や情報分野での経験不足を問題視され、数日後に辞退、その後、国家テロ対策センターのジョゼフ・マグワイア所長(退役海軍中将)が国家情報長官代行に任命された。マグワイアが今後、長官に正式指名されるか、「つなぎ」の存在で終わるかは分からない。

▲写真 ジョン・ラトクリフ下院議員(左)、ジョゼフ・マグワイア国家テロ対策センター所長(右) 出典:いずれもパブリック・ドメイン

実はこの人事には数か月来、注目していた。私の友人のフレッド・フライツ安全保障政策センター所長が候補に挙がっていたからである。今や本人も、レギュラー・コメンテーターを務めるFOXテレビで、自分も候補の1人としてホワイトハウスとやり取りしてきたこと、大統領から求められれば受けるつもりであることを明言しているので、名前を出してもよいだろう。

ちなみにフライツはジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の懐刀として知られ、中央情報局(CIA)、国防情報局(DIA)、下院情報委員会、国務省などで長年の勤務経験がある。作年5月から11月までは、ボルトンの下で首席補佐官兼国家安全保障会議(NSC)事務局長を務めた。

▲写真 ジョン・ボルトン大統領補佐官(左)とフレッド・フライツ安全保障政策センター所長(2018年3月) 出典:Fred Flieitz.com Photo Gallery

フライツは今年初め、コーツ長官の解任を公然と求めた1人である。そこには、情報機関のあり方に関する重要論点が含まれている。

まずアメリカには、情報機関と位置づけられる政府組織がCIA、DIA、FBI(連邦捜査局)はじめ計16あるが、それらの判断はしばしば一枚岩ではない。さらに各組織内でも、分析官の意見が分かれる場合は少なくない。それら情報機関の横の連絡を図り、全体を統括する役割を担うのが、911同時多発テロ後に新設された国家情報長官である。

▲写真 国家情報長官室(最上部)を含めた計17の米情報機関の標章。 出典:いずれもパブリック・ドメインをもとに編集部で作成。

今年1月29日、コーツ国家情報長官とジーナ・ハスペルCIA長官の上院情報特別委員会における証言が一波乱起こした。多くのメディアが「ホワイトハウスと情報機関の認識のずれが浮き彫りになった」と報じ、トランプ大統領が両長官を公然と「学校に戻れ」と批判する事態となった。

▲写真 ジーナ・ハスペルCIA長官 出典:Central Intelligence Agency

翌々日、大統領とボルトン安保補佐官が両長官をホワイトハウスに呼んで会談、その結果、大統領によれば、イランや北朝鮮の現状に関する認識の齟齬はなく、報道は文脈を無視した「フェイク・ニュース」であることが分かったと総括された。

この間、米主流メディアは、情報部の長官らが「大人」で、トランプが間違っている、との報道姿勢で一貫していた。しかしもう少し複雑である

まずイランの核に関し、両長官は、現在兵器開発は止まっており、「イランは形の上では2015年の核合意に従っている」と証言した。これは十数年来、米情報社会の多数意見である。一方、イスラエルからの情報やイラン現体制の行動パターンを重視し、秘密核兵器開発が続いているとする少数意見も根強くある。

情報の世界は、もちろん多数決で正否が決まるものではない。ごく少数の意見が正鵠を射ていたという場合も往々にしてある。

 特に「中東の核」については、1991年の湾岸戦争前、「イラクの核兵器開発は進んでいない」が米情報部の多数意見だったが、戦後相当規模のウラン濃縮施設が発見され、逆に2003年のイラク戦争時には、「サダムは大量破壊兵器を保有」が情報部のコンセンサス意見だったが結局完成品は見つからなかったなど「多数派の誤り」が続いてきた。

情報部も生身の人間の集まりであり、重大なミスの後には、羮に懲りて膾を吹く、すなわち逆方向に過度の修正を行いがちである。

トランプ政権は、イランの核開発については明確に少数意見の方を採ってきた。その上で、核合意離脱、締め付け強化という政策を着々と実行に移してきている。

▲写真 イランに対する追加制裁の大統領令に署名するトランプ大統領(2019年6月24日) 出典:The White House flickr

その段階になってなお、情報部の長が、「イランの核兵器開発は止まっている」との多数意見に基づいた証言を行うなら、政権に反旗を翻す行為あるいは政策妨害と見られてもやむを得ない。情報部の役割は、あくまで政策決定に当たっての材料提供であり、多数意見、少数意見を聞いた上でどう判断するかは大統領の専権事項である。

もちろん、信憑性の高い情報をトップが政治的思惑から握りつぶし、国益に反する政策を進めようとする場合もあろう。従って議会が歯止めとして、情報部の意見を独自に聴取しようとするのは正しい。

実際、上下両院に情報委員会が置かれ、原則週2回‪2時間ずつ、秘密会形式で情報部による現状報告が行われている。盗聴防止設備のある特別室で、議員たちは一切の電子機器を持ち込めず、配付資料はその場で回収される。議員にも守秘義務が課せられ、秘書官ですら入室できない。

▲写真 米上院情報委員会で証言の準備をするダン・コーツ国家情報長官(2019年1月29日) 出典:Office of the Director of National Intelligence

前述のフライツは、この秘密会で必要十分であり、情報部長官は大統領の政策の否定につながるような発言を公の場ですべきでないし、議会も機微な情報について公開証言を求めるべきではないと主張する。その通りだろう。コーツ長官はその辺りの判断に難があった。

トップ写真:8月15日に退任するダン・コーツ国家情報長官  出典:Office of the Director of National Intelligence


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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