無料会員募集中
.政治  投稿日:2023/1/11

カリスマ公務員が生まれたワケ 秦野市④「高岡発ニッポン再興」その45


出町譲(高岡市議会議員・作家)

【まとめ】

・公共施設は工夫次第でカネになる宝の山、いわば『都市鉱山』である。

・新規のハコモノは投資した額より多くの利益を得られるかどうかの採算性が重要だ。

・ハコモノを作る発想から抜ける自治体とそうでない自治体とでは、将来は大きな差がついてしまう。

 

それにしても、通常役所といえば、なるべく目立たないように生きる職員が多いのですが、どうして、志村さんのようなカリスマ公務員が生まれたのでしょうか。その元をたどると、当時の市長にぶち当たりました。

市長だった古谷義幸さんは元々、プロパンガス店を営んでいました。民間出身だけに、公務員の仕事にもっとビジネス感覚が必要だと考えていたのです。

「秦野市の公共施設の維持管理は年間65億円です。これだけ巨額の支出があるにもかかわらず、行政組織はカネの使い方に無頓着でした。職員はカネがどこからか湧いてくるとでも思っていたのです。こうした姿勢をまず変えないといけないと思ったのです」

その上でこんな考えを示します。「公共施設にはデッドスペースもたくさんあるが、そうした所も有効活用できる。公共施設は工夫次第でカネになる宝の山だ。いわば『都市鉱山』だ」。

それは言葉だけでなく、実践されています。

秦野市役所の敷地内にはコンビニが建っています。「コンビニを呼んだら儲かるのではないか」という古谷さんの発想がきっかけでした。工事費は全部店舗側が持ちますが、賃料収入がしっかり市に入る仕組みになっています。

役所の中に入っているコンビニは少なくないのですが、役所の敷地内で独立した店舗はこの秦野市が初めてだといいます。こうした店舗だと、コンビニにとっても、24時間、365日の営業が可能です。

さらにこのコンビニでは、図書館の図書返却ができたり、住民票を受け取ったりもできます。秦野市特産の土産なども販売しています。

秦野市にとっては、賃料収入が入る。空き駐車場ならお金にはならなかったのに、「稼ぐ拠点」になったのです。

秦野市役所の意識改革は徐々に始まり、コスト意識が芽生えてきました。富士山も眺望できる温泉施設の「名水はだの富士見の湯」。ゴミ焼却場の焼却熱を利用した温浴施設で、地元自治会から要望が上がり、建設したものです。市の施設だが、市の担当者はまず「コスト」を重視しました。

指定管理者制度を利用して、運営は民間に任せることにしたのです。その結果、市には月100万円入る仕組みになっています。それは修繕費に充てます。ただ、市の担当者はさらに踏み込んで、建設費の回収も考えた。そこでたどり着いたのは、コンセッション方式です。土地や建物を所有したまま、30―50年の運営権を売却する仕組みです。

ハコモノ30パーセント削減計画を打ち出していることから、新規のハコモノは採算性が重要だ。その意識が職員の間でも浸透し、知恵が出てくるのだといいます。

さらに、古谷さんや志村さんは、市民に対しても丁寧に説明しました。なぜ数値目標が必要で、それを実行しなければならないのか。そしてそれを先送りすると、次世代に大きな負担になるという説明です。こうした説明は効果が出ました。アンケート調査によれば、ハコモノ削減大作戦は、市民の70パーセントほどが賛成しています。

志村さんはハコモノ削減をこう総括します。

「私たち現在の市民は、将来の市民に対し無責任であってはなりません。子や孫の世代に大きな負担を押し付けないために、今私たちができること、しておかなければならないことがあります。そこから逃げてはダメなのです」
元地方創生担当大臣の石破茂さんも秦野市の取り組みを高く評価する一人です。『日本列島創生論』でこう表現しています。

秦野市のような自治体と、いまだにハコモノを作る発想から抜けない自治体とでは、将来は大きな差がついてしまうのは明らかです。後者は、一時的には大きな建物を建てて、景気が良い気分になれるかもしれませんが、そういう無駄なものがどうなったか。すでに墓標のような建物は全国にあるでしょう」

墓標のような建物といえば、私は、北海道の夕張市の遊園地や博物館を思い出します。夕張市は結局、ハコモノの重荷に耐えられなくなって破綻したのです。

夕張市は決して他人事ではありません。人口減少という忍び寄る有事の今、将来の市民のためにサンドバッグとなっても闘えるかどうか。公務員の覚悟、そして首長のリーダーシップが問われています。

(シリーズ完 はこちらから)

トップ写真:秦野市役所に誘致したコンビニ(筆者提供)




この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。


テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。


その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。


21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."