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.国際  投稿日:2019/11/1

日本の大失敗 対中関与政策再び?


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

 

【まとめ】

・米は過去の対中関与政策を失敗と断じ、対決と抑止方針明確化。

・日本の対中関与政策も大失敗。にも関わらず米と対照的な安倍政権。

・米に同調を迫られた場合、日本はどうする?日米離反の危険性も。

 

アメリカの中国に対する政策がまた一段と険しくなった。

 

トランプ政権のマイク・ペンス副大統領による10月24日の対中政策演説も政権全体としての中国への対決と抑止を改めて明確にしていた。

 

ペンス副大統領はちょうど1年前にも中国に対する政策の総合的な演説をして、国際的な波紋を広げた。それから1年、同副大統領は中国共産党政権が昨年以来、国内、国際の両面で無法な行動をさらに強めるようになったと宣言し、アメリカ側もこれまでよりも強く中国をあらゆる面で抑える意図を表明していた。

▲写真 ワシントンのウィルソン・センターで演説するマイク・ペンス米副大統領(2019年10月24日)

出典: Vice President Mike Pence facebook

 

このトランプ政権の動きとは対照を描くのが安倍晋三政権の最近の中国に対する態度である。「対中関係は完全に正常に戻った」「競合から協力へ」「中国とのあらゆる分野での交流を拡大する」・・・中国への融和とも友好ともとれる言辞が安倍首相自身の口からも発せられるようになった。このいまの日本政府の対中姿勢は対中関与だと特徴づけることができる。

 

ところがアメリカはいまやその対中関与政策は過去において完全にまちがっていたと断じて、非関与の方向へと走り始めたのだ。オバマ前政権の後半まで長年、アメリカの歴代政権によって保たれてきた関与とは、英語だとEngagement、簡単にいえば関わりを保つことである。中国は貧しくて弱い国だから、協力を広げ、より豊かで強い国になるように支援しよう、そうすれば豊かで強い中国は必ず、アメリカ主導の国際秩序に正常な一員として入ってくる、国内の人権弾圧も減って、独裁の統治も民主主義の方向へ動く――こんな考え方が「関与」政策を支えていた。

▲写真 米中首脳会談(2019年6月28日 大阪)

出典: Flickr; The White House

 

だがいまではアメリカの共和、民主の両党、保守もリベラルいずれも、中国に対するこの関与政策はまちがいだったと明言するようになった。豊かで強くなった中国は独裁色をますます濃くして、国内では人権の弾圧、対外では軍事面での膨張を強めた。アメリカからみれば自分たちの望む方向へは関与してこなかったのだ。

▲写真 南シナ海で演習する中国海軍

出典: 中国海軍ホームページ

 

一方、日本も実は中国に対しては関与政策を近年まで一貫して続けてきた。中国をより豊かに、より強くすれば、日本に対しては友好的に、国際的にも平和的に、そして国内では民主的になるだろう、という期待に基づく関与だった。

 

日本の対中政策の関与の最も濃縮された部分は中国への巨額な経済援助だった。日本の政府から中国の政府への40年に及ぶ合計4兆円近いODA(政府開発援助)だった。こんな政策はアメリカでも取らなかった。アメリカは共産主義国への自国政府の援助は禁止していたのだ。

 

だが日本からはODAの資金が毎年、湯水のように中国に与えられた。その巨額の資金は貧しい時代の中国の国家経済開発に投入された。道路、鉄道、港湾、空港、地下鉄、発電所、鉄鋼所など強国になるためのインフラの建設に日本国民の税金からの資金が注ぎこまれたのだ。インフラ施設の建設は中国の軍事力の増強にも大きく貢献する結果となった。

 

この対中ODA供与という外交政策は日本の戦後の外交全体を通じても最も異色、最も巨額の一大プロジェクトだった。中国の改革・開放に合わせて1979年から2018年まで約40年も対中ODAは続いた。

 

その総括はどうだったのか。

 

大失敗だったのである。

 

中国へのODAは中国の富国強兵政策に大きく貢献し、日本にとっての脅威となる中国の軍事力を強めた。中国は日本への友好的な政策はまったくとらず、日本を敵視し、しかも日本領土の尖閣諸島までを軍事力で奪おうとする姿勢を保つようになった。中国の国内での民主主義抑圧はさらに激しくなった。

 

日本側がODAの供与で願った目的とは正反対の現象が起きたのだ。日本としては自分に襲いかかるモンスターに餌を与えて、脅威を増してしまったといえる。これが日本の長年の対中関与政策だった。私はこの実態を『ODA幻想   対中国政策の大失態』という本にまとめて総括した。自分自身が中国に2年間、駐在しての取材結果を起点とする報告である。

▲「ODA幻想   対中国政策の大失態」(古森義久著 海竜社)

 

歴史は繰り返されるのか。

 

 

いまの安倍政権の対中政策をみていると、また過去の定型に似た関与の方向へと戻り始めたようである。アメリカからも、他の多数の諸国からも人権弾圧の象徴のように糾弾される習近平国家主席を2020年に国賓として招くということ自体が安倍政権の中国への関与どころか、融和、迎合として映る。トランプ政権の対中政策とは正反対にみえる。

 

今後、トランプ政権が安倍政権に対して、この種の対中関与政策を止めて、アメリカの対中抑止政策に同調することを迫ってきた場合、どうするのか。

 

日米同盟の根幹にさえかかわる日米両国間の離反さえ起きかねない危険な事態も予想されるのだ。

 

 

トップ写真:日中首脳会談(2019年6月27日 大阪市)

出典: 首相官邸ホームページ

 


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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