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.国際  投稿日:2019/12/2

トランプ政権GSOMIAで指導力発揮


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・GSOMIA継続表明。トランプ政権の圧力にパニック症状見せた文政権。

・トランプ政権が指導力を発揮。米日韓3国安保態勢堅持の意思を明示。

・在韓米軍の撤退や削減の意思がないことを示した事実は注視すべき。

 

日本の“アメリカ通”の多くは反省してもよいのではないか。「トランプ政権には国際的リーダーシップがない」「米韓同盟はもう破棄しようとしている」などという推測とは正反対の動きをトランプ政権がとったからだ。日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIAへの動きである。韓国政府がこの協定を破棄しようと決めていたのをトランプ政権が一貫した圧力で逆転させたのだ。

韓国政府の日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)への豹変は醜い笑劇を思わせた。さっきまで大声で叫んでいたことをすべて逆転させたのだ。文在寅政権の言葉はそもそも当てにならない実証でもあろう。

文大統領を土壇場で豹変させたのは明らかにアメリカの圧力だった。トランプ政権の対決姿勢だった。米日韓三国安保体制の堅持という点でトランプ政権がリーダーシップを発揮したのである。文政権はそのトランプ政権の力を甘くみていたのだ。

トランプ政権は慰安婦や元戦時労働者での日韓の争いでは当初、中立に近い態度だった。どちらに非があるとも語らなかった。だが韓国が8月下旬にGSOMIAの更新停止を言明したとたん、堰を切ったように韓国側を非難し始めた。

▲画像 ランディ・シュライバー国防次官補出典: 米国防総省ホームページ

8月28日、トランプ政権国防総省のインド太平洋担当のランディ・シュライバー次官補が文政権への明確な抗議を述べたのだった。ワシントンの有力研究機関「戦略国際研究センター(CSIS)」での演説のなかだった。

「アメリカ政府は韓国政府のGSOMIAに対する言明に強い懸念と失望を表明する」

私もこの集まりに出た。「米日韓3国の安保体制について」という主題のスピーチだった。トランプ政権の高官が特定のテーマについて、しかもアジアの安全保障について、公開の場で正式の演説をすることは珍しい。そのうえにいま熱気を増す日韓の対立についても言及されることは確実だった。 

だから200人を超える感じの多数が集まっていた。水曜日の午前10時からだった。私は会場では異様なほどの熱気を感じた。やはり関心の高さの反映だろう。

シュライバー次官補は言明を続けた。

「いまほど米日韓三国の安全保協力の体制が必要な時はないのに、韓国のGSOMIA破棄はその体制を傷つけ、三国の潜在敵を利することになる」

シュライバー次官補はこう述べて、潜在敵として北朝鮮や中国、ロシアの国名を具体的にあげたのだった。そのうえで韓国に対して明確にGSOMIAの継続を求めた。トランプ政権から文在寅政権への正面からの要求だった。明確な圧力でもあった。トランプ政権の韓国と日本というアジアの両同盟国に対するはっきりとしたリーダーシップの発揮だともいえた。

トランプ政権はこのシュライバー演説以降、この要請を政権全体をあげて韓国側にぶつけ続けた。

▲画像 米韓国防相会談。マーク・エスパー国防長官(左)と鄭景斗国防部長官 (2019年11月15日 韓国・ソウル)出典: マーク・エスパー国防長官 twitter

マーク・エスパー国防長官、マーク・ミリー統合参謀本部議長、マイク・ポンペオ国務長官、デービッド・スティルウェル国務次官補らが直接に文政権に訴えた。このうちのほとんどの要人がソウルまで飛んで、文政権の中枢と交渉を展開した。だが文政権は当初はこのトランプ政権の要請を平手打ちをするような態度で拒否したのだった。

▲画像 韓国国防部を訪れたスティルウェル米国務次官補(2019年11月6日)出典: 韓国国防部ホームページ

しかしトランプ政権は厳しい対決姿勢をさらにエスカレートさせて文政権に再考を迫った。文政権への正面攻撃のような勢いだった。

そのうえにアメリカ議会上院がトランプ政権の動きに歩調を合わせて、GSOMIA失効の2日前の11月21日に韓国にその延長を求める決議を超党派で採択した。

同時にトランプ政権は文在寅政権に対して在韓米軍駐留経費の大幅な増額をも迫った。この要求にも文政権は当初はノーを通した。トランプ政権は協議の打ち切りをも宣言して、自国の要求は絶対に変えないという態度をみせた。

この時点で文政権は明らかにパニックに近い症状をみせ始めた。トランプ政権がここまで激しく迫ってくるとは思わなかったようだ。このままだと米韓関係の破綻、米韓同盟の根幹での弱化の危機を察知したのだろう。明らかにトランプ政権を甘くみていたといえる。

同時に表面では米韓同盟を漂流させているようにみえる文在寅大統領でさえ、その同盟の崩壊という可能性には激しい拒否症状をみせるということだろう。

韓国のアメリカに対するこうしたパニック的な反応は実は歴史上の前例がある。

古くは1977年ごろ在韓米地上軍の撤退を公約に掲げたジミー・カーター氏が大統領に当選した時だった。韓国側は時の朴正煕政権こそこの撤退計画には反対だったが、野党や民間では反米志向も強く米軍撤退を求める声もあった。だからそのアメリカ地上軍が韓国から撤退するという案にもそれほどの抵抗はないだろうとも予測されていた。

ところがいざその撤退が現実に近くなると、与野党、官民が一致してのパニックのような反対運動が起きたのだった。やはり韓国にとってアメリカとの同盟の絆、そしてその結果である在韓米軍の存在はなくてはならないとの認識が深層心理ではきわめて強かったのだ。ふだんはその真の心情をみせず、米軍がいなくても平気だというような言動をみせていたのだ。

その後にも韓国はアメリカとの同盟に関連してパニック的な反応をみせた。廬武鉉政権の時代だった。

2003年に登場した廬武鉉政権は当初から反米、親北に傾いていた。アメリカ側の当時の二代目ジョージ・ブッシュ政権は徹底して反発した。在韓米軍の一部を実際に削減までして、抗議の意向を表明した。

▲画像 盧武鉉大統領(左)とジョージ・W・ブッシュ大統領(右)2003年10月3日(タイ・バンコク)出典: Wikimedia Commons; White House photo by Paul Morse (Public domain)

文在寅氏の師匠にあたる廬武鉉大統領はあわてふためき、米韓同盟を根幹からは崩せないというパニックふう反応をみせた。韓国軍を米軍支援のためイラクへ派遣したのもその一例だった。

いまの文在寅大統領はこの廬武鉉大統領の最側近だったのである。その文政権のアメリカへのいまの身の処し方はなにかそんな歴史を思わせるのである。

しかしトランプ政権は韓国に対するリーダーシップを発揮した。同時にトランプ政権は米日韓3国の安全保障態勢の堅持にもはっきりとした意思を表示した。米韓同盟の堅持という政策にも揺るぎがないことを証明したのだ。

ちなみに私はトランプ政権のこうした韓国への姿勢や態度に総合的な光を当てた報告を「韓国の奈落」というタイトルの単行本にまとめて発表した。そのなかではアメリカと韓国との歴史的なつながりや、アメリカが日韓両国の屈折したからみあいをどうみてきたかも詳述した。12月冒頭の出版の書である。この場での自己宣伝を寛恕していただきたい。

▲画像)「韓国の奈落」古森義久著 ビジネス社

一方、日本側でのいわゆる識者は「トランプ政権には国際的リーダーシップがない」とか「トランプ大統領は米韓同盟を破棄したいのだ」という推測をしきりに語ってきた。今回の現実の動きはそれらの推測の虚構を証していた。

トランプ政権が今回、在韓米軍の撤退はもちろんのこと、縮小や削減の意思さえないことを明言した事実は注視すべきである。

最近のトランプ政権と文政権との在韓米軍駐留経費の増額についての交渉の過程で韓国の有力新聞の朝鮮日報が「トランプ政権は在韓米軍のうち4000人の削減を検討している」と報道したのだ。ところがトランプ政権は即座にこの報道を否定した。

国防総省のジョナサン・ホフマン報道官は11月21日の公式記者会見で強い語調でその報道を否定したのである。

「今回の米韓協議の過程で韓国の朝鮮日報が『トランプ政権が在韓米軍のうち約4000人の削減を検討している』と報道したが、トランプ政権としてはそんな案はまったく考えたことはない。この報道は完全な誤報である。朝鮮日報に対して、この誤報の即時の訂正と撤回を要求する」

▲画像 ジョナサン・ホフマン米国防総省報道官 出典: 米国防総省ホームページ

アメリカの政府当局者が特定の報道についてその報道を流したメディアの具体的な名前をあげて、しかも即時の撤回を求めるということは珍しい。トランプ政権の国防総省としてはそれほどこの誤報に怒りを感じたということだろう。

国防総省のこうした反応はトランプ政権が現在にいたるまで米韓同盟の破棄や縮小はまったく考えていないという現実の反映だといえる。日本側の“識者”がそれでもなお、「トランプ政権は米韓同盟を破棄する」などと主張するのならば、ぜひともその具体的な根拠をみせてもらいたいところである。

トップ写真:トランプ米大統領と文在寅大統領(2019年6月30日 南北軍事境界線)出典: Flickr; The White House (Public domain)


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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