米韓同盟揺らす文政権の頑迷
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・GSOMIA破棄は米韓同盟の弱体化につながる。
・トランプ政権は破棄に対して「強い懸念と失望」。
・米では日本に対する批判はない。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47578でお読み下さい。】
韓国による日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄はアメリカにどんな影響を与えるのか――8月23日のワシントンでの懸念はやや意外なことに日韓関係のさらなる悪化よりも、米韓同盟への悪影響に向けられる様相となった。
トランプ政権としては韓国へのいらだちや落胆であり、文在寅政権への批判の高まりともいえそうだ。逆に日米同盟はさらに強化の道を進むようにみえるのが皮肉でもある。文政権は対日関係だけでなく、対米関係でもみずからを孤立と離反の方向へと追い込んだといえそうだ。
私はいまワシントンで取材しているが、日韓両国間のインテリジェンス共有の協定を韓国が破棄するというニュースはアメリカ側のニュースメディアでも大きな出来事としていっせいに報道された。ただしアメリカの一般国民がみな驚くという種類のニュースではなく、テレビでの扱いはごく地味だった。
しかしワシントンの国政の場、とくにアメリカの安全保障にかかわる関係者たちの間では重大なニュースとなった。
アメリカ国防総省のイーストバーン報道官は22日、韓国のGSOMIA破棄決定に関し「国防総省は文在寅政権がGSOMIAの更新を停止したことに対し強い懸念と失望を表明する」と言明した。同盟国同士の公式声明で「強い懸念と失望」の表明はきわめて珍しいほど強硬であり、トランプ政権の文政権への激しい憤慨までが感じられる反応だった。
同報道官はまた「われわれ(米韓日)の相互の防衛や安全保障のきずなの堅固さは日韓関係の他の領域での摩擦にかかわらず、確実に保たれねばならない」とも述べ、今回の韓国の措置がその「きずなの堅固さ」に逆行するという不満を明確にした。
同報道官はさらに「情報の共有は(日米韓が)共通の防衛政策と戦略を策定するのに必須だ」と指摘し、「アメリカと日韓が団結と友情をもって一緒に取り組めば(3国の安保の連帯は)一層、強力になり、北東アジアもより安全になる」と訴え、「日韓両国が速やかに対立を乗り越えることを促す」とも述べた。
トランプ政権のこうしたGSOMIA継続への強い期待はすでに複数の高官によって明確にされていた。だからこそ「懸念と失望」というわけなのだ。北朝鮮の非核化という戦略目標や中国の軍事脅威への対処という観点からも、いまの状況下ではアメリカが日本、韓国の両同盟国との安保上の結束を強めることが超重要だとするトランプ政権全体のコンセンサスは明白だった。その認識からの韓国への期待だったわけである。
トランプ大統領も8月9日、ホワイトハウスで記者団に対し、「韓国と日本はともにアメリカの同盟国なのだから良好な関係を保ってほしい。でないとアメリカを困難な立場に置くことになる」と述べ、関係修復を強く促していた。その関係修復の当面の象徴がGSOMIAの自動延長だったわけである。
▲写真 トランプ大統領 プレスカンファレンス 出典:Flickr; The White House
韓国に対しての同じ期待はマーク・エスパー国防長官、スティーブ・ビーガン北朝鮮特命代表からも直接に表明されてきた。トランプ政権として日韓対立の解消に直接の調停はしないものの、日韓両国がこれ以上、関係を悪化させる措置はとらないことへの期待を述べ、とくに更新期限の迫っていたGSOMIAの延長を韓国側に要請するという動きだった。だが文政権はこのトランプ政権からの二重三重の要請をはねつける結果となった。
ワシントンの有力研究機関「戦略国際研究センター(CSIS)」の朝鮮研究部長ビクター・チャ氏は22日、今回の韓国政府の決定に対する見解を発表した。同氏は二代目ブッシュ政権の国家安全保障会議でアジア部長などを務めた朝鮮半島情勢研究の専門家である。同氏の見解でも韓国への批判が明確だったことが注目される。
▲写真 ビクター・チャ氏 出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
チャ氏の見解の骨子は以下のようだった。
・GSOMIAは北朝鮮の動向に関してアメリカとその同盟国の日韓両国との切れ目のないインティジェンス共有を可能にしてきた。この協定は一度、破棄されると、とくに韓国内の政治的な障害のために、再度、発効させることはきわめて難しい。
・韓国によるこの動きは日本に対する復讐的な措置だが、米日韓の3国の協力を弱めることにより、とくに米韓同盟を弱体化する。
・どんな動きも真空のなかでは起きない。この動きはアメリカの同盟システムに反対している北朝鮮、中国、ロシアを利することになる。
チャ氏のこの見解も最大の比重は米韓関係の弱体化においていた。つまり韓国の今回の決定は日韓間の安保上での協力よりも、年来の米韓両国間の同盟を崩しかねない、という分析だった。やはりアメリカにとって困るのは文在寅政権の動向だという意味である。
アメリカ側のこうした一連の反応のなかで明確だったのは日本への批判めいたコメントがまったくない点である。日本はGSOMIAの継続を期待するという立場をはっきりさせていたからアメリか政府にとっても味方だったわけだ。その結果、期せずしてアメリカと日本との同盟関係はこれまでよりもまた強化され、堅固になるという見通しが浮かんできたといえる。
GSOMIAの日本に安全保障にとっての意味にしても、この協定自体が3年ほど前まではまったく存在しなかったのだから、ある意味では日韓安保関係は年来の状態に復帰するともいえそうだ。日本としては対米同盟が堅固な限り、韓国が保有する北朝鮮関連の情報類もアメリカ経由で入手できるわけであり、実務的、実利的にも今回の事態は日本への大打撃ではないだろう。
一方、文政権はトランプ政権の激しい不興を買ったことは確実であり、そもそもトランプ・文関係は冷たかったため、文政権にとって対米関係の運営はいっそう難しくなるだろう。
トップ写真:文大統領とトランプ大統領 出典:Flickr; The White House
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。