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.社会  投稿日:2019/12/4

鳩山元首相「エリカ逮捕は陰謀」横行する「危うい正義」その4


林信吾(作家・ジャーナリスト)

 林信吾の「西方見聞録」

 

 

【まとめ】

・政権によるスキャンダル隠しに芸能人逮捕が利用されるとの論争。

・ロッキード事件やリクルート事件では芸能人逮捕はされていない。

・鳩山元首相の安易な陰謀論説は「見当違いな正義感」である。

 

女優の沢尻エリカが逮捕された。容疑は違法薬物の所持と使用。

 

来年放送のNHK大河ドラマ(史上初めて、明智光秀が主人公だとか)に準主役で出演することが決まっていて、すでに10本分ほど撮影が終わっていたのだが、これが取りやめとなり、急遽代役に川口春奈が抜擢されたという。

 

Japan In-depthは川口春奈を応援します!

……などと書く権限は、もちろん私にはないので(編集部の皆様ごめんなさい笑)、あくまでも個人的な意見だが、今の20代の女優の中では容姿・演技力ともにトップクラスだと思うので、このキャスティング自体は、まあこれでよかったかも知れない。誰かの代役からスターダムに登った芸能人は、過去にも大勢いる。

 

問題は沢尻エリカで、数年前から「実はクスリに手を出しているのではないか」という疑惑が取りざたされていたのに、どうしてまた大河ドラマへの出演などオファーしたのだろうか。さすが天下のNHKともなると、ネットの噂話など相手にしないのだろうか。『週刊文春』も彼女をマークしていたのだが。

 

念のため述べておくが、彼女を断罪するのが本稿の目的ではない。もちろん入手ルートなどすべて明らかにして、罪をちゃんと償わねばならないが、11月24日に掲載された、『沢尻エリカさんに社会はどう対応すべきか』という記事の、彼女の再起を応援するような社会であって欲しい、という論旨には全面的に賛成である。ただ私の場合、女優の名前に敬称をつけないのは、むしろ好意的な表現だと考えるので、さん付けはしない(彼女が一時期〈エリカ様〉と呼ばれたのは、まったく別の話)。

 

ではなぜ、わざわざこの話題から始めたかと言うと、実はこの逮捕に関して、ネット上でおかしな「論争」が持ち上がっているからだ。ある芸能人が、

「政治家のスキャンダルが出ると、決まって誰か芸能人が逮捕される」

などと投稿したのが発端で、これに高名なIT企業の社長が、

「こいつ脳みそにウジ湧いてんな」

などと噛みついたことから、両者に対して賛否両論の書き込みが殺到したというもの。

 

ここまでなら、オタク同士は仲良くしなさいよ、で済ませておける話なのだが、なんとこれに、鳩山由紀夫・元首相までが参戦したとか。もちろん、政権によるスキャンダル隠しだとする側で。

 

【鳩山由紀夫元首相のツイッター】

写真)鳩山由紀夫・元首相

出典)Flickr; Richter Frank-Jurgen

 

これは、笑えない。

ここで言われている政治家のスキャンダルとはなにかと言うと、例の「桜を見る会」をめぐる騒ぎである。

 

繰り返し大きく報道されているので、今さら詳しい説明は不要だと思われるが、要するに後援者のための半ば私的なイベントに公費(=税金)が支出され、野党が出席者名簿の提出を要求したら、数十分後にシュレッダーにかけられたとか、いわゆる反社会的勢力の人間が招待されて官房長官とツーショット写真まで撮ったとか、たしかにケシカラン話ではある。が、だからと言って、陰謀めいたことまでして国民の目をそらすほどの問題だろうか。私見、今や有権者の多くは、シュレッダーを皆で見学に行ったりする野党に対して、

「他にやることがあるだろう」

というように冷めた目を向けつつあると思うのだが。

 

そもそも、今次の騒ぎとは比較にならない規模のスキャンダルであった、ロッキード事件(1976年)やリクルート事件(1988)が発覚した直後、誰か有名人が逮捕されたりしているのか。

 

つまり、有名女優の逮捕を政権のスキャンダル隠しなどと考えるのは、脳みそにウジがどうのとまでは言わないが、常識的な思考とはほど遠いと言える。

 

前述のように、オタク的な芸能人が投稿している分には、どうせ炎上商法だろう、で済ませてもよいが、かつて首相の地位にあった人が言うのは、持つ意味が違う。

 

鳩山元首相に、単刀直入に伺いたい。

10月31日未明に起きた首里城の火災は、あなたが某国の工作員を雇って放火させたのではないのか。

基地問題から国民の目をそらすためだ、と仮定すれば、あなたには動機がある。

もともと問題がここまでこじれたのは、あなたが首相時代に県民の歓心を買うべく、市街地にあって、かねてから危険性が指摘されていた普天間基地の移転先を、

「最低でも県外」

などと明言し、米国大統領に対しては、実は具体的な解決策など考えてもいないのに、腹案がちゃんとあるなどとして、

プリーズ・トラスト・ミー(私を信用して下さい)

とまで言い切り、とどのつまりは収拾がつかない状況にしたからではないか。

写真)オバマ元大統領夫妻と鳩山元首相夫妻

出典)Flickr; U.S. Department of State

 

……お分かりだろうか。

今さら言うまでもないことだが、私が本気で「放火説」をとなえているわけではない。ただ、陰謀論など思いつきでなんでも言えるのだ、という例を挙げたまでのことである。

 

たしかに現在の安倍政権にしてみれば、桜を見る会をめぐる一連の騒ぎから国民の目をそらしたいだろう。少なくとも、そうなれば有り難いと考えるに違いない。しかし、そのために司法執行機関に特定の個人の逮捕を促したりしたら、不当な捜査介入であり、スキャンダルどころの騒ぎではない、法治国家の根幹にかかわる大問題となってしまう。

 

犯罪に手を染める動機がある、ということと、実際に犯罪が行われた蓋然性があるか否かは、まったく別の問題なのだ。

 

言うまでもないことだが、政治家のスキャンダルは厳しく糾弾されなければならない。

ジャーナリズムは野党的でなければならない

と喝破したのは、かの大宅壮一だが、これは、権力には常に厳しい目を向けるべきだということで、決して政府与党にはなんでも反対しろという意味ではない。

 

私とてジャーナリズムの世界で、決して短くはない経験を積んできているので、日本だけではなく、情報機関とか公安警察といった組織が、陰謀ないしは陰謀じみたことを年中やっているという話は、さんざ聞かされてきている。

 

そうであるからこそ、権力や政治を監視するという立場の人間が、安易に陰謀論に走るのは、自分で自分の首を絞める行為であり、それも「見当違いな正義感」のひとつの現れだと言いたいのだ。

 

トップ写真)桜を見る会

出典)首相官邸HP

 


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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