鳩山元首相「エリカ逮捕は陰謀」横行する「危うい正義」その4
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・政権によるスキャンダル隠しに芸能人逮捕が利用されるとの論争。
・ロッキード事件やリクルート事件では芸能人逮捕はされていない。
・鳩山元首相の安易な陰謀論説は「見当違いな正義感」である。
女優の沢尻エリカが逮捕された。容疑は違法薬物の所持と使用。
来年放送のNHK大河ドラマ(史上初めて、明智光秀が主人公だとか)に準主役で出演することが決まっていて、すでに10本分ほど撮影が終わっていたのだが、これが取りやめとなり、急遽代役に川口春奈が抜擢されたという。
Japan In-depthは川口春奈を応援します!
……などと書く権限は、もちろん私にはないので(編集部の皆様ごめんなさい笑)、あくまでも個人的な意見だが、今の20代の女優の中では容姿・演技力ともにトップクラスだと思うので、このキャスティング自体は、まあこれでよかったかも知れない。誰かの代役からスターダムに登った芸能人は、過去にも大勢いる。
問題は沢尻エリカで、数年前から「実はクスリに手を出しているのではないか」という疑惑が取りざたされていたのに、どうしてまた大河ドラマへの出演などオファーしたのだろうか。さすが天下のNHKともなると、ネットの噂話など相手にしないのだろうか。『週刊文春』も彼女をマークしていたのだが。
念のため述べておくが、彼女を断罪するのが本稿の目的ではない。もちろん入手ルートなどすべて明らかにして、罪をちゃんと償わねばならないが、11月24日に掲載された、『沢尻エリカさんに社会はどう対応すべきか』という記事の、彼女の再起を応援するような社会であって欲しい、という論旨には全面的に賛成である。ただ私の場合、女優の名前に敬称をつけないのは、むしろ好意的な表現だと考えるので、さん付けはしない(彼女が一時期〈エリカ様〉と呼ばれたのは、まったく別の話)。
ではなぜ、わざわざこの話題から始めたかと言うと、実はこの逮捕に関して、ネット上でおかしな「論争」が持ち上がっているからだ。ある芸能人が、
「政治家のスキャンダルが出ると、決まって誰か芸能人が逮捕される」
などと投稿したのが発端で、これに高名なIT企業の社長が、
「こいつ脳みそにウジ湧いてんな」
などと噛みついたことから、両者に対して賛否両論の書き込みが殺到したというもの。
ここまでなら、オタク同士は仲良くしなさいよ、で済ませておける話なのだが、なんとこれに、鳩山由紀夫・元首相までが参戦したとか。もちろん、政権によるスキャンダル隠しだとする側で。
【鳩山由紀夫元首相のツイッター】
沢尻エリカさんが麻薬で逮捕されたが、みなさんが指摘するように、政府がスキャンダルを犯したとき、それ以上に国民が関心を示すスキャンダルで政府のスキャンダルを覆い隠すのが目的である。私も桜を見る会を主催したが、前年より招待客を減らしている。安倍首相は私物化し過ぎているのは明白である。
— 鳩山由紀夫 (@hatoyamayukio) November 18, 2019
写真)鳩山由紀夫・元首相
出典)Flickr; Richter Frank-Jurgen
これは、笑えない。
ここで言われている政治家のスキャンダルとはなにかと言うと、例の「桜を見る会」をめぐる騒ぎである。
繰り返し大きく報道されているので、今さら詳しい説明は不要だと思われるが、要するに後援者のための半ば私的なイベントに公費(=税金)が支出され、野党が出席者名簿の提出を要求したら、数十分後にシュレッダーにかけられたとか、いわゆる反社会的勢力の人間が招待されて官房長官とツーショット写真まで撮ったとか、たしかにケシカラン話ではある。が、だからと言って、陰謀めいたことまでして国民の目をそらすほどの問題だろうか。私見、今や有権者の多くは、シュレッダーを皆で見学に行ったりする野党に対して、
「他にやることがあるだろう」
というように冷めた目を向けつつあると思うのだが。
そもそも、今次の騒ぎとは比較にならない規模のスキャンダルであった、ロッキード事件(1976年)やリクルート事件(1988)が発覚した直後、誰か有名人が逮捕されたりしているのか。
つまり、有名女優の逮捕を政権のスキャンダル隠しなどと考えるのは、脳みそにウジがどうのとまでは言わないが、常識的な思考とはほど遠いと言える。
前述のように、オタク的な芸能人が投稿している分には、どうせ炎上商法だろう、で済ませてもよいが、かつて首相の地位にあった人が言うのは、持つ意味が違う。
鳩山元首相に、単刀直入に伺いたい。
10月31日未明に起きた首里城の火災は、あなたが某国の工作員を雇って放火させたのではないのか。
基地問題から国民の目をそらすためだ、と仮定すれば、あなたには動機がある。
もともと問題がここまでこじれたのは、あなたが首相時代に県民の歓心を買うべく、市街地にあって、かねてから危険性が指摘されていた普天間基地の移転先を、
「最低でも県外」
などと明言し、米国大統領に対しては、実は具体的な解決策など考えてもいないのに、腹案がちゃんとあるなどとして、
「プリーズ・トラスト・ミー(私を信用して下さい)」
とまで言い切り、とどのつまりは収拾がつかない状況にしたからではないか。
写真)オバマ元大統領夫妻と鳩山元首相夫妻
出典)Flickr; U.S. Department of State
……お分かりだろうか。
今さら言うまでもないことだが、私が本気で「放火説」をとなえているわけではない。ただ、陰謀論など思いつきでなんでも言えるのだ、という例を挙げたまでのことである。
たしかに現在の安倍政権にしてみれば、桜を見る会をめぐる一連の騒ぎから国民の目をそらしたいだろう。少なくとも、そうなれば有り難いと考えるに違いない。しかし、そのために司法執行機関に特定の個人の逮捕を促したりしたら、不当な捜査介入であり、スキャンダルどころの騒ぎではない、法治国家の根幹にかかわる大問題となってしまう。
犯罪に手を染める動機がある、ということと、実際に犯罪が行われた蓋然性があるか否かは、まったく別の問題なのだ。
言うまでもないことだが、政治家のスキャンダルは厳しく糾弾されなければならない。
「ジャーナリズムは野党的でなければならない」
と喝破したのは、かの大宅壮一だが、これは、権力には常に厳しい目を向けるべきだということで、決して政府与党にはなんでも反対しろという意味ではない。
私とてジャーナリズムの世界で、決して短くはない経験を積んできているので、日本だけではなく、情報機関とか公安警察といった組織が、陰謀ないしは陰謀じみたことを年中やっているという話は、さんざ聞かされてきている。
そうであるからこそ、権力や政治を監視するという立場の人間が、安易に陰謀論に走るのは、自分で自分の首を絞める行為であり、それも「見当違いな正義感」のひとつの現れだと言いたいのだ。
トップ写真)桜を見る会
出典)首相官邸HP
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。