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.社会  投稿日:2020/8/22

コロナで見えた地方ルネサンス


出町譲(経済ジャーナリスト・作家)

【まとめ】

・コロナの感染拡大で、地域のトップの重要性を見せつけられた。

・北海道知事鈴木直道は、道民の命最優先のメッセージを送った。

・石川県知事谷本正憲の発言は「危機感がない」と批判の声が噴出。

 

今回の新型コロナの感染拡大で、私たちは、地域のトップの重要性を改めて見せつけられた。その手腕は、地域住民の安心させる場合もあれば、逆なでするケースもある。その際、重要になるのは、経験よりも、いかに、住民の生活や気持ちに寄り添えるか。そして、その姿勢を世論にアピールできるか。今回のコロナでは、経験値のない首長がベテラン以上に、難局をうまく潜り抜けていることが目立った。

そんなことを踏まえると、今後、従来型の権力構造が転換するかもしれないと私は思う。振り返れば、14世紀にヨーロッパでペストが大流行した際、中世の教会の権威は崩れ、ルネサンスにつながった。今回のコロナの流行で地方でも、新たなリーダーが躍進する時代に突入するかもしれない。感染症は世界の風景を一変する。

その変化を彷彿とさせるのは、発信力のある首長の台頭だ。わかりやすい言葉で説明し、次々に実行する姿に、地域住民さらに国民は熱狂した。

ポピュリズムという批判もあるが、私は、政治は言葉の力が大事だと思う。発信力、そして実行力を同時に兼ね備えなければならない。

そのうちの1人は、北海道知事の鈴木直道だろう。旧聞に属する話だが、鈴木は2月末に緊急事態宣言を行い、道民に週末の外出自粛を求めた。法的根拠を伴わない宣言で、衝撃が走った。全国ニュースとなり、鈴木の会見は、何度も取り上げられた。道民の命を最優先というメッセージを送った。

鈴木は、頻繁に記者会見し、自分の言葉で話す。「政治判断は結果がすべて。結果責任は私が負う」。歯切れのいい言葉は、圧倒的な支持につながった。支持率は実に88%だ。

4月の2回目の緊急事態宣言の際には、札幌市長の秋元克広と共同で会見を開き、協調路線をアピールした。最大都市の首長と足並みを合わせるのは、住民の安心につながる。全国では、知事と県庁所在地の市長がいがみ合うケースもあるが、鈴木は札幌市長とも協調する。私は、その政治手腕に驚いた。

鈴木はそもそも「よそ者」だからだ。去年知事選に当選したばかりで、候補者選びの際には、異論も少なくなかった。経験値の少ない若手が知事のポストに就くのは、反対意見があって当然だ。それなのに、短期間にまとめ上げる手腕を見せつけた。

鈴木はもともと、東京都の職員として、夕張市に派遣され、夕張市長選に立候補した。年収250万円の夕張市長としては、借金返済に奔走した。つまり、財政再建だ。そのために自ら現場に出向いた。私が以前取材した際、鈴木のこんな言葉が印象的だった。「財政再建は痛みを伴います。飲食店に呼び出され、4時間も住民からお叱りを受けることもあります。ただ、人はどんなに怒っていても、しばらくすれば収まってくるのです」。

忍耐強さが持ち味だ。人の話をじっくり聞く。それもそのはず。鈴木はもともと、高卒で都庁に入り、法政大学の夜間に通った苦労人だ。菅官房長官とも昵懇で、ある野党の国会議員は「緊急事態宣言にしても、鈴木知事は菅のいいなり」と批判する。

しかし、政治というのは実現するためには、根回しが必要だと思う。その上で、首長が自分の考えとして発信する。ただ、批判はすべてその首長が引き受ける。「結果責任は私が負う」。その姿勢が道民からの支持につながった。メモを読む官僚答弁では、説得力にはつながらない。

鈴木とは対照的に、強い批判を浴びたのは、石川県知事の谷本正憲だ。3月27日に、「無症状の人は(東京から)お越しいただければ」と県内への観光をアピールした。観光が大きな産業となっている石川県内の事業者を意識した発言かもしれないが、国内での感染者が急増している際の発言だ。

▲写真 谷本正憲石川県知事 出典:谷本正憲石川県連合後援会

「危機感がなさすぎる」と、全国で批判の声が噴出した。その後、石川県の感染者数は急増し、発言を撤回しているが、軽率のそしりは免れない。

谷本は、現職で最多の当選7回の知事だ。元自治官僚で、行政経験は長い。危機管理のノウハウは圧倒的に、経験値があるはずだ。

これまで日本では、官僚出身の知事が主流だった。とりわけ総務省。右肩上がりの時代には、それが無難だったのだろう。

しかし、今回のコロナ問題をきっかけに、そんな流れが変わるような気がする。コロナはそもそも経験のないような感染症だ。前例がほとんどない中、次々に判断を下さなければならない。法律や条例順守、前例踏襲とは違う手法だ。

人口減少という目下、日本が抱える大きな課題も、前例がない。右肩上がり、人口増加を前提に、行政は行われてきた。

首長は今後、地方においてますます重要になってくる。その判断は、住民の命に直結する。さらには、間違えれば、地域は衰退するリスクも十分あるのだ。

これは何も今に始まったことではない。これまでも首長の存在というのは、地域の将来を左右してきた。今後、このコーナーで、首長のリーダーシップをシリーズでお伝えしたい。

トップ写真:会見する鈴木直道北海道知事(2020年8月21日) 出典:twitter:@suzukinaomichi


この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。


テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。


その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。


21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

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