習近平国賓来日反対、民間研究所
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・習近平国家主席の日本への国賓招待計画が内外で議論広げる。
・民間有力研究機関が習氏の国賓来日に反対する書簡を首相に提出。
・習氏の国賓来日への抗議が安倍政権を支持してきた陣営内でも拡大。
中国の人権弾圧などの動きが国際的な懸念を生むなかで、日本政府が予定する来年春の中国の習近平国家主席の日本への国賓としての招待計画が改めて内外での議論を広げてきた。
国際的な非難を受ける中国共産党政権の最高指導者を国賓としていまの状況下で招くことは中国の言動を認知することにつながる、という主張が日本国内でもあちこちで噴出してきた。
そんな現状のなかで日本の外交や防衛について調査、研究の活動を続ける民間の有力研究機関「日本戦略研究フォーラム」が安倍晋三首相あてにこのほど「習近平主席の国賓来日に反対する意見表明」の書簡を提出した。
同フォーラムは著名な政治評論家の屋山太郎氏を会長として、政財界、官界、学界、言論界の識者から構成され、日本の国家戦略の構築を活動目標とする。メンバーは理事や顧問だけでも国会議員多数を含む現役の政治、経済のリーダー200人以上が名前を連ねる。
今回の安倍首相への抗議は屋山会長(代表理事)を中心にあくまでメンバーのなかの有志がその意思を表明した。全員が必ずしもその趣旨に賛同するということではない。しかし同フォーラムは1999年の創設以来、自民党政権、とくに安倍政権の外交や戦略に賛意を述べることが多かったため、今回の習近平主席国賓来日への反対はきわめて異例であり、この来日への抗議がこれまで安倍政権を支持してきた陣営内でも広がってきたことを示すといえる。
▲写真 日中首脳会談(2018年10月26日 北京)
出典: 首相官邸ホームページ
この反対の書簡は12月9日、首相官邸で屋山太郎氏から首相補佐官の木原稔氏に手渡された。
同書簡の内容を以下、全文、紹介する。
《 令和元年12月9日
内閣総理大臣 安倍晋三殿
一般社団法人日本戦略研究フォーラム 代表理事 屋山太郎
習近平主席の国賓来日に反対する意見表明
一般社団法人日本戦略研究フォーラム(JFSS)は、2020年春に習近平中華人民共和国国家主席を国賓として日本に招くことに断固反対いたします。
当フォーラムは政財官界、学界、言論界の有志多数から成る日本の安全と繁栄のための国家戦略を研究する機関です。私どもが習近平主席の国賓としての来日に反対する理由は第一に、中国の日本に対する政策や行動になお敵対姿勢が強いことです。
中国は最近、日本への言辞を軟化させていますが、従来の敵対的な対日政策は少しも変えていないどころか、尖閣諸島周辺の日本の領海と接続水域には中国人民武装警察海警局の武装船艇がほぼ常続的に侵入し、日本の主権を侵害し、あわよくば我が国の警戒態勢が緩んだ間隙を突き尖閣諸島を武力で占拠する構えをみせています。
更に中国共産党政権は訪中している日本人を次々に逮捕して、長期間拘束していますが、その理由の開示もしていません。同時に中国政府は年来の「抗日」の名の下での反日教育を続け、戦後の日本の総力を挙げた平和努力、誠意を込めた対中友好努力には蓋をし続けています。
中国はまた経済面でも米国企業に対する不公正な政策と同様に、日本企業に対しても中国側との合弁の強制、知的所有権の収奪など不透明、不公正の慣行を続けています。
第二には、習主席の国賓招聘が象徴する日本の対中融和政策は、米国のトランプ政権の対中政策に逆行し、唯一の同盟国である米国との摩擦が生じる恐れがあることです。
トランプ政権は発足直後から中国の不公正な経済慣行、無法な軍事的領土拡張などを非難して、中国抑止の強固な政策をとっています。米国は、習体制下の中国を米国の基本的な国益や価値観だけでなく、米国主導の国際秩序を根幹から崩す挑戦勢力だと断じてきました。
トランプ政権はペンス副大統領やポンペオ国務長官の対中演説において、中国を米国主導の世界秩序への挑戦者と位置づけ、競争国に指定しました。中国が、自発的に国際秩序に従う国になることはもはや期待できない。現在の厳しい対中貿易政策の実行のみが、中国を責任ある国になるとの米国政府の立場を明確にしています。(★)
それが実現するまでの間は、中国とは協力から競合へ、そして交流は縮小するとしたうえで、民主主義諸国は団結して対決しよう、と呼びかけています。この対中強硬政策は、米国の共和党のみならず、野党の民主党も一致して強く支持しています。
日本の現在の対中政策は米国側のこの動きへの逆行だけでなく、米国の対中政策に対する妨害行為とさえ見なされます。現にトランプ政権周辺からは日本の対中融和政策は米国の努力を阻害し、トランプ大統領による安倍首相糾弾という最悪の事態さえ生みかねないという指摘もあります。
第三には、習主席が国際社会で人権弾圧の首謀者として非難の対象となっていることです。
中国共産党政権は香港の民主化運動に対する警察の必要以上の実力行使の容認やウイグル人、チベット人への大規模な人権弾圧により、国連を含む広範な国際社会の厳しい非難を浴びています。習主席は、人権弾圧政策の最高責任者として米国や欧州諸国から厳しく糾弾されていますが、中国はそれらの非難を「不当な内政干渉である」として一蹴しています。さらに、習主席が推進する「一帯一路」構想も、経済という衣の下に隠された中国の世界覇権の追求や共産主義的価値観の拡散の野望を具現する手段として民主主義諸国から忌避されています。
こうした国際情勢下で日本が習主席を国賓として招くことは、日本が中国の側に立った国と見られることにもなりかねません。
以上の理由から我々JFSSは、中国の習近平国家主席を国賓として招待することは断固容認できません。我が国政府に対して、百年後の史家の評価に耐えうる健全な判断を切望する次第です。》
トップ写真 : 木原稔首相補佐官に書簡を手渡す屋山太郎氏。(2019年12月9日) 筆者提供
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。