中国への日米の対応の違い
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中国への対応では、軍事という要素があたかも存在しないかのごとく、軍事忌避を通してきた日本もついに認識せざるをえない。
・米中関係を考えるうえでの最初の入り口、あるいは最大の要素は軍事である。
・日本では中国の軍事力について、そもそも国会でもまずまったく言及しない。
7月末に東京からワシントンに戻った。ワシントンは私の本来の報道活動の拠点である。
このところコロナウイルスの世界的な大感染のために日本で過ごす時間が増していたから、久しぶりのワシントンだった。
そのワシントン復帰のタイミングはニュースを追う人間にとっては幸運だった。アメリカ連邦議会のナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪問し、その訪問に反発した中国が大規模な軍事演習という形で抗議を表明し、さらにアメリカ政府がその軍事行動を非難して、と、米中関係が一挙に緊迫を増したからだった。
米中関係のこうした緊迫はもちろん日本にも直接の大波をぶつけることになる。日本も中国の乱暴な軍事行動にはアメリカとともに批判の姿勢を明確にするわけだ。日本はアメリカの同盟国なのだからその立ち位置はそう変わるはずはない。
しかしそれでもなお日本とアメリカとでは中国に対する姿勢や態度が異なる。その相違はいまのような危機の状態でこそ、より明白となる。いやそもそも中国に対する日本とアメリカとの基本的な姿勢の違いだともいえよう。
今回、東京からワシントンに戻って感じたのはとくに日米両国間での中国論議の重点の違いだった。いま日米両国とも中国の威迫的な言動に反発を高めてはいるが、対中関係の核心の議論では日本では軍事という要素の追及があまりに薄い。つまり中国との関係における軍事という特殊な局面に対するアメリカと日本のアプローチは大きく異なる、ということなのだ。
日本では中国との関係を考え、中国の言動を論じる際に軍事という要素が大きな課題にはならない、のである。大きな課題にはしない、課題にすることを避ける、ともいえよう。
一方、アメリカでは中国への対処の究極の重点を軍事という局面におくようなのだ。中国が軍事力をどう使うか、そして米中両国の戦争となればどうなるか、という具体論にまですぐ発展していくのだ。
この点を私自身のワシントンでの8月冒頭前後のほんの数日間の体験から報告しよう。
「習近平氏が中央軍事委員会の主席としてその委員会の副主席の人民解放軍代表に『明日から台湾攻略作戦を始めれば、目的を達成できるか』ともし問えば、『達成できるが、その結果、わが海軍力の半分を失うかも知れない』と答えるだろう」
アメリカの歴代政権で対中政策に関与してきたボニー・グレイザー氏が8月3日の米中経済安保調査委員会の議会公聴会でずばりと軍事を衝くこんな言葉をさらりと述べた。グレイザー氏は中国の軍事や戦略を長年、研究してきた著名な女性学者である。
グレイザー氏は「中国の政策の挑戦」と題する公聴会で証人として発言したのだった。この公聴会ではペロシ下院議長の台湾訪問を踏まえての議論が熱を高めた。私も朝から夕方まで傍聴したが、主題はやはり軍事となったのである。
同委員会のランディ・シュライバー議長(元国防次官補)の「台湾問題は中国が加工した『激怒』の背後でどんな軍事戦略を立てているかが最大焦点だ」という総括がその集大成だった。
日本では中国について官でも民でも、軍事の動向について、ここまで直接的に議論することは絶対といってほど、ない。
翌8月4日に民間の大手研究機関のヘリテージ財団が開いた「台湾の将来」と題する討論会もまず軍事だった。私もこの討論会に出かけて、じっくりとその展開を追った。
基調報告者のジャック・キーン陸軍大将が「今回の中国の台湾包囲の大軍事演習は中国が年来の台湾上陸作戦から海空での台湾封鎖へと基本戦略を変え始めた兆候だ」と指摘した。
歴代大統領の軍事顧問をも務めたキーン大将は「アメリカ軍部は一貫して中国が台湾を攻撃した場合の対中国戦争計画を保持してきた」と明言した。彼自身がその米中戦争の模擬演習である戦争ゲームに何度も参加してきた、とも述べた。
▲写真 台湾の装甲兵員輸送車が漢光演習の最中に海を渡る(2022年7月28日)出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images
実際に私も長いワシントン駐在の間に国防総省や国防大学での米中戦争のシミュレーション(模擬演習)について頻繁に聞かされてきた。数十人の専門家に米中双方の軍事関連当事者の役割を与え、数日間をかけ戦争遂行をさせ、その結果を検証する作業である。
米中関係を考えるうえでの最初の入り口、あるいは最大の要素は軍事であることを示す一例なのだ。中国は軍事力を使う意図がどこまであるのか。その中国の軍事力はアメリカの軍事力と衝突した場合、どうなるのか。こうした領域での思考が米中関係における軍事の要素という意味なのだ。
アメリカが最終的に中国との戦争に踏み切るか否かは大統領レベルの政治決定だとはいえ、アメリカ軍当局は常にその戦争遂行の計画を保持するという基本姿勢である。日本にとって想像を超える悪夢のような米中戦争という事態も実際にありうるとする構えなのだ。
この基盤にはトランプ前政権が2018年の国家防衛戦略で最も直截に表現したような中国との戦争を防ぐ最善の方法は「想定される戦争への準備をして、勝利できる能力を保持する」という抑止の原則がある。
この点、日本では中国の軍事力について、そもそも国会でもまずまったく言及しない。まして中国軍が日本の自衛隊と衝突した場合にどうなるか、などという議論はタブーのように避けられる。これこそが中国に対してのアメリカと日本との姿勢の決定的な違いなのだ。
アメリカ側の民間研究機関でも「米中戦えば」の具体的な研究は多い。ついこの7月下旬、ワシントンの大手研究所の「AEI(アメリカン・エンタープライズ・インスティテュート)」も「中国との長期戦争に備える」という長大な報告書を発表した。
2016年にランド研究所が出した「中国との戦争」という調査報告も大きな話題を呼んだ。
米中両国の対立にはこうした軍事衝突への危険が現実の可能性としてからむのである。この現実はこと中国への対応では、軍事という要素があたかも存在しないかのごとく、軍事忌避を通してきた日本もついに認識せざるをえないだろう。ワシントンではまずそんなことを痛感させられたのだった。
トップ写真:台湾の戦闘機がチハン空軍基地を飛び立つ(2022年8月6日) 出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。