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スポーツ  投稿日:2019/12/19

私のパフォーマンス理論 vol.40 – 成功体験


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

 

【まとめ】

・成功体験は結果への要因分析を曖昧にさせる。

・成功体験は変化を妨げる。

・成功体験による世間の称賛は、自分を貫くことを妨げる。

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depth https://japan-indepth.jp/?p=49429 のサイトでお読みください。】

 

長く競技を行うならば、どのように成功体験を克服するかが重要になる。成功体験は人を縛る。人を過去に縛り付け、固執させる。ここでいう成功体験は、幼少期に努力してうまくいって自身を得るといった体験とは違い、ある程度目標も定め競技に労力も割いた結果得られる成功体験のことを指す。私の競技人生を振り返ってみて、何か大きな落とし穴にはまってしまった時、元々の原因は成功の瞬間にあったと思わされることも多かった。

成功がもたらす害悪は三つある。成功体験とはつまり記憶であり、成功体験の対処とは記憶への対処になる

1、原因をわからなくする

2、変われなくなる

3、世間に賞賛される味を覚える

以下、ひとつひとつ説明してみる。

1、原因をわからなくする

スポーツにおいて結果というのはあまりにも強力で、結果さえ出てしまえば全ては肯定される。それは言い換えると、いい結果が出たならば必ず勝利に貢献する何かをしていたはずだという発想に容易になってしまう。実際にはいい結果が出た時にも、間違えたこともやっているわけで、あくまで程度の問題でしかない。また原因はだいたい複雑で、何か一つが勝利の理由だったということもあまりない。負けた時は反省もしているので、この要因分析をもう少し丁寧にしつこくやるが結果が出た時には心が浮かれていて曖昧に終わらせてしまう。結果を出した人が言っているのだからそうに違いないと周囲も誰も突っ込まないので曖昧な要因分析が認められやすい。こうして、結果と関係のないものが成功の理由だったと誤学習してしまう

また相手チームは負けたわけだから、必死にこちらを分析する。勝利したチームと敗北したチームでは分析への執着心が違う。分析の精度は疑いの強さによって変わる。勝利したチームは勝ってしまっていて疑いを持つことが難しく、結果分析の精度が悪くなる。成功体験は、この分析への執着心をパーティーの喧騒の中で濁してしまう。こうして、勝利したチームは次回以降誤学習した成功の要因を信じ込んでそこから戦略を立てるようになる。

2、変われなくなる

成功体験はとても強いので、成功するまでに取り組んだこと、その時にやっていたことが自分にしっかりと焼き付けられる。これはもうほとんど自分でも抵抗し難いぐらいの強さで刷り込まれる。もちろん勝利した時のやり方がある程度有効だったからこそ勝利した可能性はあるが、しかし、ライバルもそれから自分もさらには環境も全ては常に移ろいゆく。何かが変わればあの時に通用した成功パターンは、いつしか通用しなくなり、新しいやり方への変更を迫られる。また相手チームもこちらを分析してくるのでそれによっても有効な戦い方は常に変化する。つまり変わり続けるしか勝ち続ける方法はないのだが、成功体験は自ら変わるということに強い制限をかけてしまう。なぜならばあのやり方であの時うまくいったという記憶を持ってしまっているからだ。

私自身、一度メダルを取ってスランプになった後、自分は新しい自分に変わらなければならないといつも思っていた。けれども少しでもうまくいかなくなるとまた前のやり方に戻ろうとしてしまった。古い手法は少なくとも慣れているし予想がつく。新しい手法は予想がつかないのでどうなるかわからない。人間は予想がつくものを好む傾向があり、特に過去に成功体験を持った人間はなまじこうすればうまくいくという記憶を持ってしまっているが故に古びていてもあの時のあのやり方に固執する。変われないことは例外なく衰退を招く。成功体験は変わらないでも戦えるという間違った学習を集団に植えつけてしまう。

3、世間に賞賛される味を覚える

世間は成功を褒め称える。世間なんてと思っていても、褒められれば悪い気はしない。私のような性格であれば余計に嬉しくなってしまう。この世間の賞賛は強い報酬になるから一度成功してこれを記憶してしまうと、世間の賞賛を求めるようになる。また真面目な選手であれば世間が期待することに応えようとするようになる。ところが、世間というのは情報量が溢れていることもありどうしても表面的なものにしか反応しない上に、慣れるという特性がある。選手が同じ成果を出し続けても(これがいかに大変なことか)次第に世間はそれに慣れていき反応しなくなっていく。もっともっとと求めていくうちに次第に、自分らしいやり方と乖離が生まれていく。

スポーツにおいて世間が民主的に出した答えよりも選手一人の過去の経験からくる直感の方が当たることが多い。成功する前は比較する対象もなく自分のやり方を貫くことができるが、成功してからは常に世間の期待が耳に入ってくるので、周囲の期待や賞賛を無視して自分のやるべきことに集中する能力が必要とされるようになる。成功体験を何度も繰り返した選手は、世間が盛り上がっても自分だけ冷めておくことができるが、最初の喧騒には多くの選手が巻き込まれてしまう。そして、その時覚えた世間の賞賛の味が忘れられなくなり、自分の競技をしているようで世間に振り回されながら漂っている選手も多くいる。

成功体験はただの記憶に過ぎない。ただ、この記憶は強烈な慢心を自らに刻み込んでしまう。全くの余談かつ、競技の世界の論理を当てはめていいのかわからないが、私にはこの国は集団的成功体験の呪縛から長らく逃れられていないように見えている

トップ画像:Pixabay by Free-Photos

 

 


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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