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.国際  投稿日:2020/1/22

金正恩、経済の窮状を認める


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・金正恩が経済に対して今までに見られない危機感を口に。

・「国家経済発展5カ年戦略」を放棄。「人民生活向上」も消える。

・統制経済で経済活発化させる魔法なし。金正恩の方針は行き詰まる。

 

これまで日本でも北朝鮮に対する経済制裁は効いていないと主張する一部親北的ジャーナリストや学者がいたが、昨年末の朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会報告で、金正恩委員長はそれとは全く異なる報告を行った。

金正恩は報告で、現在の状況を「前代未聞のかつてない厳しい難局」と表現し、今後は米国に対して「正面突破戦」で対抗するとし、この「正面突破戦」は「自力更生と制裁との対決」であり「基本は経済戦線」だとした。

報告の中では「経済活動で隘路が多い」「大胆に革新できず沈滞している国家管理と経済活動」などなど、経済に対して今までには見られない危機感を口にした。

そして、内閣からの指示では、地方幹部たちが動かなくなっている状況を踏まえて、金正恩自らが経済課題を各部門に提示し、課題を遂行しなければ厳罰も免れないという姿勢を示した。報道には出ていないが、内部からの情報では経済幹部に激怒したという。

▲写真 朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会(2019年12月30日)出典: 労働新聞ホームページ

 

1、深刻な北朝鮮経済

北朝鮮経済状況の深刻さはまず「国家経済発展5カ年戦略」を事実上放棄せざるを得なくなったことに示された。

金正恩委員長は、2018年から続いた米朝対話への期待と希望が間違った道であったと結論付けて、201520年の「国家経済発展5カ年戦略」遂行を断念した。この戦略は、2016年5月に金正恩が36年ぶりに開催した第7回党大会で提示したもので、正常な計画経済運営への回帰を狙った野心的な計画だった。その目玉は、2016~20年の5年間、経済成長率年8%を達成し、これまでもっとも好調だった1980年代初期の水準に戻そうとしたものだ。

それゆえ同戦略の遂行は国家経済の最大の課題として進められ、新年の辞をはじめ重要な会議の場でその都度継続的に言及されてきた。北朝鮮メディアは同戦略の進行状況について随時報道もした。しかし、今回の中央委員会総会では同戦略に関する言及は一切なかった。

現実に北朝鮮経済は2017年以降マイナス成長(-3.5)を記録している。2018年はマイナス4.1%だった。昨年も厳しい状況が続いている(国連統計では1.8%成長と推定しているが根拠は示されていない)。現在国営企業の多くが操業を停止していると平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えている。

次に経済の深刻さは、金正恩が「人民生活向上」のスローガンを掲げられなくなったことに示された。

金正恩は最高指導者に就任直後の2012年4月15日、金日成誕生100周年の記念日の演説で、「わが人民が二度とベルトを締め付けず、社会主義の富貴栄華を思う存分に享受するようにすることがわが党の確固たる決心」と述べ、関心を集めた。その後、機会があるごとに「人民生活向上」を力説し、毎年の新年辞で「人民生活向上」の単語が抜けることはなかった。

それから8年近く過ぎた今回の総会では「人民生活向上」との表現がなくなった。その代わりに「ベルトを締め付けて自力富強、自力繁栄」との表現が使われた。人民の耐乏生活が不可避であることを公式に認めたのだ。

これで「2度と国民を飢えさせない」と公約した2012年4月の演説は「真っ赤なウソ」となってしまった。

▲写真 平壌の農場で今年最初の金曜労働を行う省庁などの役人ら(2020年1月17日)出典: 労働新聞ホームページ

 

2、矛盾に満ちた課題の解決法

金正恩は、金日成が最も困難だった1956年8月の党中央委員会総会(8月宗派事件)で着用した白い夏服を着て現れ、「国家経済発展5カ年戦略」に代えた新たな目標として、「10大展望目標」というものを提示した。しかし、その実現方法は矛盾した内容となっている。

まず、「自力更生」の方針を掲げながら「統制と指導を強化せよ」と主張していることだ。

自力更生は国家単位の自力更生だけでなく、地域と機関及び企業、引いては個人単位の自力更生で、事実上「各々で生きる」ことを意味する。それは地域と機関及び企業と個人単位が分権化されなければ成功しない。ところが今回金正恩は、経済に対する内閣の統制と指導を強化せよと言っている。金正恩が強調した「国の経済組織者的な役割強化」と「自力更生」は正面から矛盾する。

次に「社会主義商業の原則を固守しながら国の利益と人民の利便を保障できるよう商業奉仕事業を改善せよ」と要求していることだ。

商業に対する国家の統制を強化しながら、消費者の多様なニーズに合わせよというのは相反する要求だ。

3つ目は、金委員長は内閣責任制、内閣中心制を強調するとともに「党の内閣に対する指導も強化せよ」と主張したことだ。

党の内閣に対する統制とは金正恩の内閣に対する統制であり首領独裁の統制だ。しかしこの統制があったから、これまで経済担当者の創造性は発揮できず内閣中心制が機能しなかった。

政治権力の経済活動に対する統制を緩めて経済活動の自由度を高めてこそ、すなわち改革開放に進んでこそ北朝鮮経済は復活するのだが、金正恩は統制を強めて経済の活性化を高めよと主張した。これでは経済の再生はありえない。

結局、金正恩は統制経済で経済活動を活発化させよと要求しているのだが、そんな魔法のような方法があるわけがない。金正恩が提示した方針はまもなく行き詰まるだろう。

今後、実務陣の悩みは深くなるとみられる。北朝鮮国内の混乱から目を離すことができなくなってきた。

トップ画像:農場を視察する金正恩委員長(2019年12月6日) 出典: DPRK twitter


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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