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古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・「トモダチ作戦への返礼」の柔道交流は東日本大震災救済への感謝。
・伝統ある柔道交流の中、今回は日本柔道家中矢選手の来訪。
・日本柔道は対外友好をも体現する国民的資産。
アメリカの首都ワシントンでいま語られる「日本」といえば、やはり中国発コロナウイルス感染の拡大である。
なぜ日本が中国以外で世界最多級の感染者を出したのか。安倍晋三首相が中国に遠慮して、ウイルス感染の危険が明白になっても中国からの日本入国を規制しなかったからではないのか。そんな批判的な論評がアメリカのメディアでは増えてきた。同時に日本での活動を予定していた米側官民の人物たちが訪日をキャンセルし始めた。
このところの日本といえば、そんな暗いイメージの話ばかりなのだ。
だがアメリカの首都でのその日本の曇天にほっとする晴れ間をもたらしたのが日本柔道家の中矢力氏の来訪だった。73キロ級で世界選手権を二度、獲得した中矢選手は柔道の国際普及を目的とするNPO法人「JUDOs」(井上康生理事長)からアメリカとの柔道交流のためにワシントン地区に送られてきた。2月20日からの来訪だった。
中矢選手の訪米目的はまず「トモダチ作戦への返礼」だった。
トモダチ作戦というのは2011年3月の東日本大震災での日本側の被災への大規模な救済にアメリカが国をあげて取り組み、米軍の大部隊が投入された活動だった。その主体となったアメリカ海軍への日本側からの感謝の意をこめて、将来の米海軍士官たちに柔道の指導をするというプロジェックトが「トモダチ作戦への返礼」なのである。
つまりワシントン近郊のアメリカ海軍士官学校の柔道部に日本の一流選手を送りこんで、懇切丁寧な柔道指導にあたるという交流活動なのだ。
写真)海軍士官学校で指導する中矢選手(中央)
提供)筆者
この「返礼」はいま日本オリンピック委員会の会長となった山下泰裕氏がNPO法人「柔道教育ソリダリティー」の理事長だったころに始まり、現全日本男子監督の井上康生氏に引き継がれた形の継続事業となった。
井上氏自身も2010年には海軍士官学校を訪れ、全校あげての歓迎を受けて、同校柔道部を復興させた実績がある。伝統ある同校ではなんと一世紀以上前に講道館の山下義韶師範を2年近く柔道教師として採用していたが、その後の100年以上も日本柔道家との直接の交流はなかったという。
だが井上氏の指導でその絆が復活した。以来、同ソリダリティーの事業として海軍士官学校には毎年、日本の東海、慶應、国学院、筑波など各大学出身の一流選手たちが送られ、柔道指導にあたってきた。
たとえば東海大学出身のトップ級選手では片渕一真、大川康隆、奥村達郎、熊代佑輔といった強豪たちがそれぞれ2、3週間から2,3ヵ月の期間、ワシントン地区に滞在して、アメリカ海軍士官学校柔道部を指導してきた。女性でも塚田真希、田知本愛という世界級の選手たちが同じように海軍士官学校で練習や指導を重ねてきた。
他の大学の出身者でも筑波大学の金丸雄介、慶應大学の藤井岳、国学院大学の川上智久という、これまた国際級の強豪たちがワシントンから車で40分ほどのアナポリスの海軍士官学校での指導にあたってきた経緯があるのだ。
その伝統ある活動の最新の動きが中矢選手の来訪なのである。同選手は2月24日から同士官学校柔道部を訪れ、毎週3、4回、元気あふれるアメリカ人の男女たちの柔道の質の向上を支援している。
写真)海軍士官学校学生と練習する中矢選手(中央)
提供)筆者
最初の訪問日には海軍士官学校の柔道部員30人ほどの間から有志を募って、まず練習試合をした。中矢選手に対して士官学校側の選手たちが次々に挑戦していくのだ。73キロ級の中矢選手は大学部員たちにくらべて小柄だが、勢いこんで挑んでくる米側選手たちを難なく投げて、8人に勝ったところで小休止となった。米側の男女は中矢選手の鋭利な大外刈、体落、背負投などの鮮やかさに驚嘆していた。
写真)海軍士官学校の柔道部員と練習試合をする中矢選手(中央)
提供)筆者
中矢選手はその後の海軍士官学校の練習では改めて基本の投げ技や固め技を解説し、多数の学生たちとの自由な乱取り稽古を続けた。3月4日までの2週間ほどの練習では学生たちは目にみえて、技術の進歩を示していた。
写真)海軍士官学校の柔道部員と練習する中矢選手(中央)
提供)筆者
同校柔道部長のラリー・アンガー教授は「やはり世界級の現役選手の技量のものすごさは学生たちもよく認識して、熱心に学んでいます。これほど高度の日本柔道に接する機会は当方にとっての幸運です」と述べ、中矢選手や「トモダチ作戦への返礼」への感謝を表明していた。
中矢選手は首都ワシントンの中心部にある「ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブ」でも指導にあたった。大学柔道部と町道場が合体した形の同クラブはアメリカ東海岸でも最大級の柔道場で、日本との交流も「JUDOs」の前身の「柔道教育ソリダリティー」との間で10数年も続けてきた。
写真) ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブでアメリカ人選手と組み合う中矢選手(左)
提供)筆者
中矢選手は同クラブでは男女50人ほどを相手に、まず背負投などの得意技を解説した後、乱取り練習を長い時間、続けた。地元選手たちは世界の強豪との手合わせとあって、先を争って挑んでくる。このクラブはアメリカ人の学生のほか弁護士、医師、公務員、軍人、企業家など多彩な職業人が大多数で、柔道歴が長いベテランの黒帯が多い。だから日米交流という点ではきわめて広範かつ多層となる。
乱取りでは中矢選手はゆったりと受けながらも、ときおり超スピードで巨漢の相手を投げあげ、満場の感嘆の声を浴びた。日本柔道の対外交流のまさにシンボルのような光景だった。同選手自身は「いやあ、アメリカ人選手たちの熱心さには驚きました」と語っていた。
写真)ジョージタウン大学ワシントン柔道クラブでアメリカ人選手を投げる中矢選手(中央)
提供)筆者
このように日本の柔道は日本のイメージが陰ってきたアメリカの首都地区でもそのイメージを明るく強くする効用を発揮しているのだ。日本の柔道は決してメダル獲得だけではない。日本のパワー、積極性、対外友好をも体現する国民的資産だともいえるようだ。
トップ写真)NPO法人「JUDOs」
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。
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