米、中国の虚偽情報に反論せよ
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中国政府、米軍による「ウイルス持ち込み説」を明言。
・米議会上院議員3名、虚偽情報への特別対策機関をトランプ政権に要請。
・米中間の対立は益々激化する見込みである。
アメリカ議会上院の有力議員3人が連名でトランプ政権に対して「中国政府の新型コロナウイルスに関する虚偽情報に反論する特別機関を政府部内に設置することを求める」という書簡を送った。中国側の一部の政府高官が「今回のコロナウイルスは米軍が中国に持ち込んだのだ」と言明したことへの反発だった。ウイルス感染をめぐってはアメリカ側では中国へのさまざまな非難や憤慨が広がっており、こんごもその種の米中衝突は激しくなるとみられる。
アメリカ上院の共和党のマルコ・ルビオ、ミット・ロムニー、コーリー・ガードナーの3議員は連名で3月末、「中国政府の悪意ある虚偽情報に反論し、論破するための特別機関をトランプ政権の国家安全保障会議内に新設することを求める」という趣旨の書簡をトランプ大統領あてに送った。
これら3議員はいずれも与党の共和党内で影響力の強い政治家たちで、ロムニー議員は2012年の大統領選挙では共和党の指名候補となった。
▲画像 ミット・ロムニー氏 出典:BIOGRAPHY Mitt Romney Biography
同書簡は次のような骨子だった。
・中国政府はいまのパンデミック(全世界的に大流行する伝染病)を利用して、その原因がアメリカ側にあるとする虚偽の情報を拡散しているが、その言動はアメリカの国際的な立場を弱めるだけでなく、アメリカ国内のウイルス感染の抑止対策を妨害する悪質な謀略情報の流布だ。
・中国はそんな虚偽情報の拡散により、グローバルなウイルス大感染の責任を不当にアメリカに押しつけ、自国がそのウイルスを拡散した真の責任を逃れようとしている。その結果、国際的にもアメリカの立場を低くして、中国自身の影響力を強めようと意図している。
・アメリカ政府はマイク・ポンペオ国務長官らが個別に反論してきたが、政府としての公式の体系的な抗議や非難がないため、国家安全保障会議に特別の対策機関を新設して、対応し、中国側のその種の陰謀説的な言辞に継続して反撃する政策を確立すべきだ。
書簡の要旨は以上のようだった。
その背景には中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染のグローバルな拡散に対してアメリカ側官民にはまず習近平政権がその感染症の発生自体を一ヵ月以上も隠したことへの強い非難の声があった。習政権が感染症の広がりを隠蔽せずに情報を開示して、早期に対策をとれば、これほどの大感染にはならなかった、という非難だった。
なおこのあたりの当時の実情を私は中国事情に精通する産経新聞前北京特派員の矢板明夫記者との最近の共著『米中激突と日本の針路』のなかで詳しく解説している。
▲画像 「米中激突と日本の針路(古森義久・矢坂明夫 共著)」 出典:海竜社「米中激突と日本の針路」
中国の武漢でこのウイルス感染症が昨年12月ごろから爆発的に広がり、習近平政権もついに隠しきれず、今年1月20日ごろにはその拡散の事実を公式に認めて、武漢市全体の封鎖など大規模な対策を次々に取り始めた。
その当時は中国政府も非公式に新型コロナウイルスが当初、武漢市内の海鮮物市場で発生したことを認めていた。
ところが今年の2月ごろから中国側の民間で「このウイルスはアメリカが中国への細菌戦争として広めたのだ」とか、「アメリカの軍人が昨年秋に武漢に危険なウイルスを持ちこんだのだ」という陰謀説的な怪情報が流れ始めた。
武漢市では確かに2019年10月に「世界軍人陸上競技大会」というスポーツイベントが開かれ、各国の軍人が参加したなかに米軍将兵約170人がいた。しかしその「ウイルス持ち込み説」にはなんの根拠もなかった。
▲画像 世界軍人陸上競技大会2019 開会式 出典:独防衛省
民間の責任のない男女がウワサとして広めているうちは問題はないが、この説は中政府高官からも発信されるようになった。
中国政府外務省の趙立堅報道官はまず3月4日の公式の記者会見で「このウイルスが中国で最初に発生したことの証拠はない」と言明したのだ。「中国で最初に発見されたかもしれないが、起源が中国だという結論は出ていない」とも述べた。
趙報道官はそしてその後の自分のツイッターで「このコロナウイルスはアメリカ陸軍の軍人たちによって武漢へ持ちこまれたかもしれない。アメリカ政府はその説明をする義務がある」と記したのだった。
▲画像 「コロナウイルスは米軍により持ち込まれたかもしれない」という内容が記されたツィート。 出典:Twitter tweeted by LijianZhao
この種の「コロナウイルスは中国で最初に発生したとは断定できない」という趣旨の言明は中国政府のさらに上位の高官たちによってもなされるようになった。外交担当国務委員の楊潔篪氏、外務大臣の王毅氏、駐アメリカ大使の崔天凱氏らだった。
中国外交の頂点にいるこれら高官たちは習近平政権全体の意向として「コロナウイルスは中国が起源とはいえない」とか「米軍が武漢に持ちこんだかもしれない」という説を明言、あるいは示唆するようになったのだ。
もっとも崔天凱駐アメリカ大使だけはその後、「アメリカ陸軍の持ちこみ」説を否定するような言明もした。
トランプ政権も抗議はした。
ポンペオ国務長官は3月16日に北京の楊潔篪国務委員に電話をして以下のような抗議を伝えたという。
「中国政府高官らがコロナウイルスについてその責任をアメリカ側に押しつけるための反米陰謀説を述べていることに強く抗議する。いまはそのような虚偽情報や途方もないウワサを広げるときではない。各国が協力してウイルスへの防疫の当たるときだ」
この国務長官の抗議に先立ちデービッド・スティルウェル国務次官補(アジア太平洋担当)も3月13日、崔天凱中国大使を国務省に召喚して、同様に中国側のウイルス感染の責任をそらすような発言は容認できないとするアメリカ政府の立場を伝えていた。
だが議会上院のルビオ議員やロムニー議員はそれでもなお不十分だとして中国政府がこれからも続けていくことが確実なアメリカ攻撃のプロパガンダやディスインフォーメーション(虚偽情報)への対策を専門の作業班、あるいは部局を設けることによって政策的に保持することをトランプ政権に要請したというわけである。
米中両国の対立はますます激化することが予想されるのだ。
トップ画像:Forbidden City, Beijing, China 出典:flickr photo by Alan
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。