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.国際  投稿日:2020/4/25

ジョー・バイデンは外交通か


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・外交姿勢は安定と多国間協調を旨とする現状維持派、「国務省派」。

・テロ勢力には非常に安心。中国、北朝鮮、イランには宥和政策か。

・共和党が上院で多数維持なら、早々にレイムダック化へ。

 

民主党の大統領候補に事実上決まったジョー・バイデン(77)は長く「外交通」を以て任じてきた。彼の回顧録『守るべき約束―人生で政治で』(Promises to Keep: On Life and Politics, 2007 未邦訳)を通読しても、国際政治の知識と経験では誰にも負けないとの自負が溢れている。だが、果たして実際そうか。

バイデンは、権威ある連邦議会上院において、44才で司法委員長、その後数次にわたって外交委員長を務めた。これは特に優秀だったからというより、異例の若さで初当選したことが大きい。

実力主義を掲げ、「異例の抜擢」が当たり前のアメリカ社会でも、上院は例外的に年功序列が基本の世界である。各州平等という憲法の建前上、人事に関し、当選回数以外の基準を採用しにくいからである。

上院議員は就任時30才以上と憲法で定められているが、バイデンは29才で当選、数週間後に誕生日を迎えて年齢要件を満たした。

当時バイデンは市会議員を1期務めただけの無名の弁護士だった。ところがベトナム戦争が泥沼化し、旧来の政治への不信が高まる中、共和党のベテラン現職を僅差で破る大番狂わせを演じたわけである。

バイデンの地元デラウェア州は人口が少ない(現在でも約97万人)。ほとんどの州は下院議員の定数が上院議員のそれ(各州2人)を上回るが、デラウェアは上院2人に対し下院1人の「逆転州」で、野心ある下院議員からの挑戦を受けにくい。バイデンは以後、順調に当選を重ねた。

なお初当選の直後に、交通事故で夫人と長女を失う不幸に遭っている。そのため党執行部はバイデンに何かと気を使った。通常1回生議員は入れない外交委員会にも席を与えられた。当時、民主党重鎮のほとんどが南部選出の「人種分離主義者」だったが、種々面倒も見てくれる彼らとバイデンは良好な関係を築いていく。

昨年6月、ある集会でバイデンがそうした過去の長老議員2人の名前を挙げ、「共に仕事をした。彼らは私を決してボーイと呼ばず、常にサン(息子)と呼んだ」と語ったのに対し、他の民主党候補から次々批判の声が上がった。

特に黒人のコーリー・ブッカー上院議員は、「尊大な人種分離主義者たちと組んだ」過去を楽しげに振り返るような人物は国を1つにまとめられない、「黒人をボーイと呼ぶ悪弊を冗談の種にしてはならない」と論難し、バイデンに発言の撤回と謝罪を求めた。

▲写真 コーリー・ブッカー上院議員(2019年8月7日 米・フィラデルフィア)出典: flickr; Michael Stokes

バイデンは、「何に謝れというのか。コーリーこそ謝罪すべきだ。私の体内に人種差別のかけらもないことを彼はよく知っているはずだ」と反発したものの、結局「発言に配慮を欠いた」と謝罪に追い込まれた。特段の悪意はないが状況を読めないこの手の失言がバイデンには多い。

さて自らを中道左派と位置付けるバイデンは、外交問題では安定と多国間協調を旨とする現状維持派である。「国務省派」というのが正確かもしれない。

例えば1980年代にレーガン大統領が打ち出したミサイル防衛構想(SDI)にバイデンは強く反対した。米ソ関係が不安定になる、が主たる理由だった。しかしレーガンの対ソ政策はまさにソ連崩壊、すなわち積極的な不安定化を目指したものだった。

そうした姿勢はバイデンには理解できない。米ソ関係は半永久的な平和共存以外あり得ず、ソ連崩壊など素人の危険な夢想に過ぎないのである。実際の歴史は、バイデンの固定観念はおろかレーガンの「夢想」すら超える急展開を見せたわけだが…。

バイデンは、自分は次のような批判を受けてきたと率直に振り返る。

 ①しゃべり過ぎる、②論理でなく感情に動かされる、③汗をかいて結果を出す姿勢に乏しい。

バイデン自身が引用するあるベテラン記者の総括によれば、「ジュージュー焼き音は聞こえるがステーキが出てこない。鑑賞馬であって労働馬ではない」といいうことになる。

要するに、熱い立派な演説をするが成果が見えないというわけである。こうした不都合な論評も回顧録に引く辺りバイデンらしく、一定のファンを持つ所以だが、大統領にふさわしい資質とは言えないだろう。

今年1月3日、トランプ政権は、イランの対外破壊活動部門の中核ソレイマニ司令官の殺害作戦を実行し、成功させた。

▲写真 トランプ政権が殺害したソレイマニ司令官 出典:Wikimedia Commons

民主党は大勢として、外国の「政府高官」を狙った違法な「政治的暗殺」である上、本格戦争を招きかねない無謀な作戦だったと批判した。

バイデンもその一人で、「ソレイマニによる差し迫った攻撃の危険があったという証拠はなく、自分なら(殺害命令を)出さなかった」と語っている。

もっともバイデンが副の立場で仕えたオバマ大統領は、テロリスト除去作戦にむしろ積極的だった。

テロ集団アルカイダの首魁オサマ・ビンラディン殺害作戦が典型だが、その際政権内で、「失敗(標的を取り逃がしたり、特殊部隊に死者が出たりなど)した場合の政治的打撃が大きい」と最後まで異を唱えたのがバイデンだった。テロ勢力にとっては非常に安心できる米大統領となろう。

中国との関係でも、トランプ政権と違い、国務省に伝統的な平和共存・微調整路線に戻るはずである。

▲写真 フランク・ジャヌージ氏(現マンスフィールド財団会長)出典: The Maureen and Mike Mansfield Foundation

北朝鮮政策は、上院議員時代に補佐官として重用した名うての宥和派フランク・ジャヌージ(現マンスフィールド財団会長)に委ねる可能性が高い。イラン政策も、圧力路線からオバマ時代末期の宥和路線に回帰しよう。

独裁政権にとってのみならず、国務省など米官僚機構にとっても、情熱的ポーズは取るが根は現状維持派の「バイデン大統領」はやりやすい上司だろう。もっとも年齢的に2期8年は考えにくい。共和党が上院の多数を維持し続けた場合、早々にレイムダック化するのではないか。

トップ写真:ジョー・バイデン前副大統領(2019年8月11日 アイオワ州デモインでの銃規制を求める集会で)出典:Joe Biden facebook


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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