「真の敗者」はバイデン氏(上) 「再トラ」ついに現実に その1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ドナルド・トランプが大統領選で再び勝利し、132年ぶりの「返り咲き」が話題に。激戦州を制し早期に勝利宣言。
・日本の著名人もトランプ勝利を予測しており、ハリスの多様性アピールが一部層に反発を招いたと指摘。
・ハリスの当選は実現せず、特に黒人労働者層の支持不足が要因とされている。
いささか意外な結果であった。
現地時間の5日に投開票が行われた米大統領選挙だが、ご案内の通り共和党のドナルド・トランプ前大統領が当選を果たした。
8年前に当選し、4年前には再選を狙って果たせなかったが、今回はその雪辱を果たしたわけだ。こうした「返り咲き」の例は、19世紀のクリーブランド大統領以来、実に132年ぶりのことだという。
意外というのはそのことではなく、直前までの世論調査では、民主党のカマラ・ハリス副大統領との間で、史上類例を見ないほど支持率が拮抗しており、
「結果が確定するまでには数日かかるだろう」
という見方が、メディアの大勢を占めていた。もう少し具体的に述べると、3日の段階でも全米平均で、ハリス氏が1.5ポイントほどリードしていたが、これはまあ、誤差の範囲内でしかないし、また、2016年の選挙でトランプ氏が民主党のヒラリー・クリントン女史を破った時もそうであったが、総得票数で上回ったのに当選できない、ということもあり得る。そういう選挙システムなのだ。
今や日本でもよく知られる通り、各州で最多の得票を得た候補者が、その州に割り当てられた「選挙人」を総取りすると言う方式で(一部の州は例外)、270人の選挙人を書くとすれば過半数=当選となる。
なので、即日開票の結果だけでは勝敗が確定しないのでは、と見る向きが多かった。
日本での事前投票に当たる、郵便投票の結果が判明するまでに時間がかかることや、州によっては得票率の差が一定以下だった場合、集計のやり直しが法的に義務づけられていることなどがその根拠で、上記の予測に疑義を挟む人はあまりいなかった。
しかしながら蓋を開けてみれば、激戦州と称された7州のうち5州でトランプ氏が早々と「当確」を出し、現地時間の6日未明(日本時間の同日午後)には、支持者を前に、
「我々は歴史を作った」
と勝利宣言を行った。
日本でも幾多の著名人が予測を開陳していたが、メディアを通じて、
「トランプ氏が勝つ」
と明言した人が二人いた。
一人は経済アナリストの森永卓郎氏で、個人的にトランプ氏はあまり好きではない、としながらも、ハリス陣営は、
「女性初、アジア系として初、ということを強調しすぎではなかったか。そういうことに反発する層は結構多いのですよ」
「デリケートな問題なので、マスコミはあまり言及しませんが」
などと語っていた。
結果論ではあるが、かなりの程度まで正鵠を得ていたと言える。
もう一人は(個人攻撃だと思われては不本意なので、実名を出すのは差し控えるが)、民放のある老コメンテイターが、
「今度もトランプは圧勝する」
と断言したが、この人のドヤ顔はあまり見たくないな、と思った。
今度も、と言うのは、8年前にもトランプ氏の当選を的中させたからだが、その根拠は、
「民主党政権が2期8年続いたから、今度は共和党が勝つ番」
というだけのことであった。さらにさかのぼること数年、ギリシャの経済破綻が取り沙汰されていた時、この人は民放のキャスターだったが、ちょうどボージョレー・ヌーボーの解禁時期であった時期で、その話題に触れつつ、
「来年の今頃、ユーロはあるかな」
などとのたまわったのである。
「ドイツのように働くことを美徳としている人たちの国と、ギリシャみたいな国とが同じ通貨を使うこと自体、無理がある」
というのがその根拠であったらしい。あまりのことに、私は『国が溶けて行く ヨーロッパ統合の真実』(電子版アドレナライズ)という著作の中で当該の主張を論難し、
「この老キャスターがご存命の間は、ユーロ崩壊はない」
と記しておいた。4年前にトランプが再選を目指してならなかった際には、どのような発言をしていたか、詳しく知りたいものだ。
さらには、こんな話もある。
前に本連載でもちらと紹介させていただいた、YouTubeの『世界ミステリーch』という動画サイトを通じて知ったのだが、英国レスター大学で教鞭を執るセレナ・ウィズダム女史が、古代メソポタミアの「内蔵占い」で、今次の大統領選挙を占ったという。
羊の肝臓を煮て、表面に現れる模様で吉凶を占いというもの。紀元前3000年頃からバビロニアを中心に広まった占いで、現在のイラクで発見された粘土板に、模様の見方、すなわち占いのノウハウが書かれていたのだとか。
もともと彼女の専攻は古代メソポタミアの民俗宗教で、占いは公開講座に人を集めるための方便として「実演」するようになったのだが、今では、彼女の研究のメインテーマとなっているのだとか。なんでも、この占いで8年前にトランプ氏が当選すること、4年前には再選を果たせないことを、いずれも的中させただそうだ。
今回は、トランプ氏の再登場ありやなしや、を占ったところ、凶兆の方が多く、
「当選できないだろう」
とのことであった。
まあ前述の通り、ある設問に対してYESかNOかを占うだけなので、あらかじめ50%の的中率は担保されているではないか、と見ることもできるが、それでも3回続けての的中となると、統計学的な見地からも興味深い、ということになったと思われる。結果はご案内の通りだったので、彼女の研究が今後どうなるのか、という話だが。
いずれにしても、アジア系の血を引く黒人女性が、初めて米国の大統領になる、という「新たなアメリカン・ドリーム」は現実のものとはならなかった。
その主たる原因は、本来ならば彼女を最も強力に支持しそうな、黒人労働者層の票が逃げてしまったからだと、米メディアなどはすでに報じている。
具体的にどういうことなのか、タイトルの深意も含めて、次回もう少し詳しく見る。
写真)選挙夜のイベントで、メラニア・トランプ前大統領夫人とともに支持者を指差す共和党大統領候補ドナルド・トランプ氏(2024年11月6日 アメリカ・フロリダ州)
出典)Photo by Joe Raedle/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。