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.社会  投稿日:2020/5/28

ネットいじめによる自殺は言論規制では止められない


 

岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・ネットいじめに、政府が制度改正を含めた対応を始める。

・自殺をした人の中には自分を愛せないことが根本に存在してた例も。

・社会全体の子育てに対する態度や意識の変革が求められる。

 

女子プロレスラーの木村花さん(享年22)がソーシャルメディア上で匿名アカウントによる誹謗中傷を受けたことを苦に5月23日に自殺した問題で、高市早苗総務相(59)は5月26日、「匿名発信者の特定を容易にするなど、制度改正を含めた対応を、スピード感を持ってやっていきたい」と述べ、言論規制の議論に踏み込んだ。

高市大臣は2016年2月に、「放送局が政治的な公平性を欠く報道を繰り返した」と政府が判断した場合に、電波停止を命じる可能性を示唆するなど、言論統制に積極的と解釈されかねない発言を重ねており、議論を呼びそうだ。(なお、高市氏は後に、「電波を止めるといった発言をしたことはない」と否定している。)

一方、弁護士で、国際人権NGOである「ヒューマンライツ・ナウ」の事務局長である伊藤和子氏(54)も5月24日、「SNSの言葉の暴力は命を奪う」として、欧米の、特に女性に対するヘイトスピーチ規制の取り組みに触れ、「芸能人・著名人を守る仕組みを」「警察は罪の大きさに相応しい対応を」と訴えた。同じく言論規制の方向性が志向されている。

こうした中、フェイスブック日本法人やLINEなどSNS企業が参加する「ソーシャルメディア利用環境整備機構」は5月26日に緊急声明を発表し、「名誉棄損や侮辱を意図する投稿を禁止し、違反者のサービス利用を禁止する」「捜査や法令に基づく情報開示に適切に対応する」との立場を明確にしており、ネット上の言論規制が強まる可能性がある。

 

また、花さんが所属していた女子プロ団体「スターダム」のエグゼクティブプロデューサーであるロッシー小川氏(63)は「遺族を無視して独走できない」としつつも、プロレスラーの長与千種氏(55)ら関係者と話し合い、「そういう(誹謗中傷をした者に対する訴訟の)話にもなって、みんなでやった方がいいということになった」と明かし、法的措置を考えていると示唆した。

花さんは、自身が出演していたリアリティショーの架空の設定でヒール役を好演しただけであるにもかかわらず、それを現実の人格のように捉え、「やめろ」「死ね」「消えろ」「気分悪い」などと彼女の存在そのものを否定する書き込みがなされた。こうした者たちは言い訳ができず、厳しい社会的な制裁が相当であろう。

だが、花さんの死を奇貨に、言論の自由を統制する動きには注意が必要だ。リアリティー番組製作の当事者のひとつであるフジテレビに所属する三田友梨佳アナウンサー(33)が指摘するように、SNSだけに全ての原因があるとは言えない」のである。

さらに、言論規制や訴訟で第2第3の花さんのような自殺を防げるかと言えば、答えは「否」だ。ネットいじめは直接の自殺の引き金になったかも知れないが、根源的な問題は法が届かないより深い部分に存在し、それは社会全体の子育てに対する態度を改めなければ解決できないからだ。

写真)木村花氏

出典)Wikimedia Commons; Yoccy441

 

「愛されたかった人生でした」

 

公表された花さんの遺書には、「毎日100件近く率直な意見。傷付いたのは否定できなかったから」とする自殺の直接の理由の説明があり、言論規制や訴訟を示唆する部外者や関係者たちが好んで取り上げる部分である。

だが、遺書には生い立ちそのものに対する悲しみも綴られている。「死ね、気持ち悪い、消えろ、今までずっと私が一番、私(自身)に思ってました」と告白し、自己をありのままで愛せなかったことを振り返っている。

あんなに美しい娘さんなのに、心の中では自分を醜悪な存在だと見ていたのだ。そのため、自殺実行前にリストカットを行い、その写真をアップしてSOS信号を出している。そして花さんはさらに、遺書で最も核心的なメッセージを伝えている。

「愛されたかった人生でした」、と。

 

そして、お母様であるプロレスラーの響子さん(43)に感謝と謝罪の気持ちを表明している。

響子さんは、花さんを出産して間もなく父親であるインドネシア人の男性と離婚し、神奈川県でシングルマザーとして花さんを育ててきた。祖母が花さんの世話をよくしていたようだ。また、片親であるからこそ、響子さんは真っ直ぐな人間に花さんを育てようと、厳しく躾けたようだ。実際に、立派な娘さんに育て上げている。

だが、子供にはひとりひとり個性があり、同じ環境で同じ親から生まれ育った子供でも、適応力や耐性が違う。花さんは特に繊細で優しい心の持ち主であったようで、愛情に飢えていたように見える。いくら「多様な家族のカタチ」が持て囃されようと、彼女はフツーの家庭における実の父親の愛情と、母親の優しさにあこがれ、それを求めていたのではないか。

もし求めていた愛情を受けておれば、自分を愛することができ、卑怯なネットいじめにも耐えられたのではないかと思うのである。花さんと共通点が多い韓国のK-POPグループの元メンバーである具(ク)・ハラさんの自殺にも、同じメッセージが読み取れるからだ。

写真)ク・ハラ氏(2009)

出典)Flickr; KIYOUNG KIM

 

「自分を愛せなくてごめんね」

 

昨年11月24日に、ソウル市内の自宅で自殺による死亡が確認された元KARAのハラさん(享年28)も、韓国でのネット中傷を受けていた。ほんの少しの整形手術や元恋人がバラまいたリベンジポルノに関する誹謗の書き込みは、それはひどいものであったという。

彼女は努力家で頑張り屋さんであり、2011年3月の東日本大震災では1億ウォン(約720万円)という大金を被災者に寄付したり、2016年の熊本地震の際には直筆で日本語メッセージをファンクラブサイトに掲載するなど、共感力の高い、とても心の優しい人であった。そんな繊細なハラさんに対して、ネット民は容赦をしなかった。

ハラさんも、花さんのリスカと同じように2019年5月の自殺未遂でSOSを発していた。遺書では、花さんと似た最後の言葉を書き記している。

 

「自分を愛せなくてごめんね」、と。

 

ハラさんもあれだけの美貌でありながら、自己イメージが低かったのである。しかし、花さんと同様に、遺書には誰かへの恨みつらみのようなものは記されていなかったと言う。

それでもハラさんの自殺を受け、彼女の大親友で「フェミニズムのアイコン」でもあった元アイドルグループf(x)のソルリ(享年25)をも自殺に追い込んだネット民の誹謗中傷や、ハラさんのリベンジポルノをバラまいたゲスの極みの元恋人・崔鐘範(チェ・ジョンボム、29)などに非難が集中した。

これらもまた、自殺の直接の引き金であったかも知れないが、ネット言論を規制し、リベンジポルノを取り締まっても、やはりハラさんは生い立ちからして自分を愛せないことに変わりはなかった。

ハラさんの両親は幼い時に離婚しており、9歳の時に母親は家庭を捨てて家出し、音信不通となった。父親はその間、全国の建設工事現場を渡り歩いて生活費を稼いでいたが、やがてハラさんと2歳上の兄に対して、新しくできた愛人と一緒に暮らすよう誘った。兄妹は断ったという。彼らは親戚中をたらい回しにされ、最終的には祖母と叔母に育てられた。

そうした中でも実兄の浩仁(ホイン)さんは、親代わりのように妹を必死で支えたのだが、子供時代に必須の両親の愛情に代えることはできなかったのである。自殺の少し前に、ハラさんを心配した浩仁さんが、妹と交わしたメッセージの内容が公開されている。涙なしには読めないやりとりだ。

 

兄: お願いだ、オッパ(兄)がお願いする。良くない考えはやめて、病気せずに元気で、時間が流れて結婚もしてほしいし、子供も産んで残りの歳月を長く幸せに暮らして欲しい。悲しい時はいっぱい泣いて、吐き出していいから。全てを吐きだすことはできないだろうが…。愛してるよ、僕の妹。

ハラ: 愛してるよ、オッパ。 

ハラ: 心配しないで。

兄: 悲しいと思うけど。オッパも心が痛くて死にそうだ。日本で美味しいものいっぱい食べてファイト!

兄: 明日、料理する美味しいものを持っていくね。

ハラ: 分かったよ。

ハラ: (兄とのツーショット写真を送信)

 

ハラさんが死の直前に成し遂げた日本ツアーの最終日、「韓国から両親も来日してステージを見守っていた」との情報もあり、特に確執のあった母親が東京にまで現れたことが事実であるならば、それがハラさんの死の決意により大きな影響を及ぼした可能性がある。

実はハラさんは、うつ病治療の一環として2017年に母親と再会しているが、彼女の自殺後に母親が数億円とされる遺産目当てのパフォーマンスを行っていることから見て、「毒親と対峙して親起源のうつ病を直す」どころか、悪化させてしまったように見えるからだ。

日本公演最終日に親が現れたことで、「ハラさんは感極まって涙をこぼすシーンもあった」とされるが、それは彼女が健全な自己イメージを持つことを阻んだ家庭環境に対する悲しみの涙ではなかったか。

 

幼少時の家庭の大切さ

離婚家庭や、片親・両親を失った子供のすべてが人生に耐えられなくなるわけではない。逆に、大半はたくましく生きてゆく。また、両親が揃った家庭でもグレる子はいる。

だが子供にとって、自分をこの世にもたらしてくれた、その両親の下で愛情を受けることは心の安定につながり、成長する過程で安心して翼を広げられる。つまり、両方の直接の出自に愛されれば、よりよく自分を知り、愛せるようになるのである。

そうした安定性があれば、たとえ理不尽ないじめに遭おうとも、本当の自分の価値を知っているので、耐えやすくなる。

写真)親子の手(イメージ)

出典)Pixabay; Wendy Corniquet

 

木村花さんや具・ハラさんの自殺を受けて「書き込み犯」が処罰されても、ネット言論の統制を行っても、リベンジポルノが規制されても、同様の自殺は防げない。臭いものに蓋(法による規制)をしても、根源的な問題は消えないのである。本当に効果的なのは、親子のつながりという根源問題に取り組むことだ。子が自分を愛せるようになる安定した家庭環境を、国と社会が犠牲を払って作り上げることだ。

「愛してほしかった」「自分を愛せなくて申し訳ない」という悲痛な遺書をなくすには、子が親の都合の犠牲になるのではなく、親が子のために自己の都合を犠牲にするという本来の子育ての姿を取り戻さねばならない。それができれば、多くの子供たち、ひいては社会全体が救われるからである。

 

トップ写真)いじめ(イメージ)

出典)Pixabay; Linus Schütz

 

 


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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