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.社会  投稿日:2025/1/10

ネット安全・熟慮断行の時(下)【2025年を占う!】社会


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・ネットが詐欺ツールとしての利用や誹謗中傷など、その安全性について問題視されている。

・英国や豪州では未成年のSNS利用を規制する法律が立てられた。

ネット安全ネット規制。「有害」の定義が曖昧なまま規制を進めるのは違和感が残る。

 

 前回、ネットが「詐欺ツール」として利用されている現状について述べたが、海外ではSNS上での偽情報の拡散が問題視され、法規制に踏み切った国もある。

 最初の例となったのは英国で、SNSなどの運営会社に対して有害コンテンツの管理・規制を求める「2023年オンライン安全法」がすでに施行されている。

 もう少し具体的に述べると、運営会社は18歳未満のユーザーに有害なコンテンツを視聴させてはならず、13歳未満にはアカウントを持たせてはいけないとされている。

 管轄は情報通信省で、上記の規則に違反した運営会社に対しては、年間売り上げの10%を上限とする制裁金を課すことや、広告主やプロバイダーに対して、規制に従わないプラットフォームへの協力を停止するよう求める権限まで付与されている。

 問題は、なにをもって「有害」と定義するかで、実際問題として、法案が審議される過程において、

「有害の定義が曖昧なまま、規制ありきで議論が進むのはよろしくない」との問題提起は早い段階から行われていた。

 この法案はその名の通り、2023年10月に成立したものだが、BBCなどが報じたところによれば、この年の暮れには、さらに踏み込んで16歳未満のSNS使用を禁止する法案も準備されていたらしい。

 しかし、首相の腹案がリークされた段階で、世論の反発が相当強いことが分かり、こちらは先送りにされたまま、2024年7月の総選挙で労働党に大敗し、下野することとなってしまった。

 ここではリークという表現を用いたが、いわゆる内部告発とは違って、政府筋が意図的に準備中の法案に関する情報をマスメディアに流し、世論の反応をうかがう手法は、わが国でもしばしば用いられ、メディアの内部では「観測気球(を上げる)」などと呼ばれていた。

 話を戻して、まさに政権交代が実現した24年7月の末に、イングランド中部で17歳の少年が子供のダンス教室にナイフを持って侵入し、女の子3人が刺殺されるという衝撃的な事件が起きた。

 本連載でも以前に取り上げたことがあるが、事件直後からSNS上に、

「犯人はボートでやってきたイスラム移民だ」

 という根拠のない情報が書き込まれ、拡散された。

 その後各地で、反移民・反イスラムをとなえるデモが暴動化し、1380人が検挙される騒ぎになってしまったのである。

 検挙者の中には、意図的に偽情報を発信した者も大勢含まれており、事態を重く見た政府は、SNS規制の強化を検討した。

 従前の「安全法」では、児童ポルノや性暴力など有害とされるコンテンツの削除を怠った運営会社には罰則が科せられるが、これを一歩進めて、偽情報が拡散されるのを放置しただけでも制裁対象になる、というように改定することを考えていたようだ。

 しかしながら、いや、読者ご賢察の通り、こちらも早い段階から、言論の自由との兼ね合いでどうなのか、という反対論や慎重論が沸き起こり、議論は未だ決着を見ていない。

 一方オーストラリアでは、昨年11月に16歳未満のSNS利用を禁ずる法律が議会で可決され、今年中には施行される見通しだ。

 この法案で規制の対象となるのは、インスタグラム、X(旧ツイッター)、TikTokなどで、これらの運営会社に対して、16歳未満が利用できないようにする処置を講ずることを義務づけ、違反した場合には巨額の罰金(邦貨にして最大約49億円とか)が課せられる。

 ただ、YouTubeやオンラインゲームは規制の対象から外されているし、子供や保護者に対する罰則規定はない。

 もともとかの国では、SNSがいじめや性犯罪を助長しているとして、保護者の間から子供の利用制限を求める声があったと聞く。実際、NHKが報じたところに依れば、同国民の77%がこの法案を支持しているそうだ。

  そのNHKが渋谷駅周辺で(手近なところで済ませたな笑)、子供を持つ親世代、若い世代それぞれ15人ずつの計30人から聞き取り調査をした結果、親世代では15人中12人が規制に賛成、若い世代では真逆で、15人中13人が反対、という意思表示をした。

 オーストラリアでも、同様に世代別の調査を行ったなら、似たり寄ったりの結果になるのではないかと思われる。

 これらの点を踏まえ、日本ではどうすればよいのだろうか。

 私個人としては、やはり拙速なネット規制は、言論の自由・表現の自由との兼ね合いでよろしくない、と言わざるを得ない。

 とは言え、偽の情報や誹謗中傷、詐欺もしくは詐欺まがいの迷惑メールについては、これ以上放置してはならない。

 前回、1億円当選しました(受け取るには手数料が必要)というメールを受け取った人が、発信元を特定して、本当に払え、という訴訟を起こしたとの報道を紹介した。

 このような動きを「国策」として支援して行くことは不可能ではあるまい。

 具体的には、国選弁護人の制度を援用して、詐欺や誹謗中傷の被害に遭った人に対しては、費用や時間の負担を気にすることなく司法判断を仰ぐことができるようなシステムを整備するのがよい。

 国選弁護人制度については、税金で犯罪者の人権を守るのか、との批判もあると聞くが、たとえ凶悪犯罪者であろうとも、弁護人付きで裁判を受け、有罪を宣告された上でなければ、いかなる刑罰も課されることはない。これが、近代法の基本的な精神なのだ。

 言い換えれば、貧しくて弁護士を雇うことができない人も裁判で不利にならないように、という制度なのである。

 ならばこの制度を民事でも活用できるようにすればよいのではないか。

 現状でも、誹謗中傷などの行為に対して、発信元を特定すること自体は容易になっており、政治家など公人の場合、前述のような書き込みに「いいね」をしただけでも名誉毀損に該当する、との判例もすでにある。

 言うまでもないことだが、公人・私人を問わず言論の自由・表現の自由はきわめて大切だ。しかし、誹謗中傷やいわゆるネットいじめもまた「自由」だなどと考える人はいないだろう。

 したがって、批判と誹謗中傷の線引きは、今後も繰り返し議論の対象になるだろう。と言うより、その議論を曖昧にしたまま安易に規制に乗り出すのはよろしくない。これが、私が「熟慮断行」を求めるとした意味だ。

 私が求めてやまないのは、あくまでもネット安全で、それは決してネット規制とイコールではないのである。

(前記事:ネット安全・熟慮断行の時(上)【2025年を占う!】社会

トップ写真:SNSによるインターネット流行のイメージ

出典:inomasa by Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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