なぜ国会は中国を論じないのか
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・コロナ、尖閣、経済の絆…中国は論じられるべき重要な存在。
・中国に言及しない日本。政府・議会挙げ糾弾する米と大きな差。
・惨劇繰り返さぬためにも、コロナでの対中調査・研究は不可欠。
日本にとって中国という国家の存在がますます重みを増してきた。この巨大な隣国をどう考えればよいのか。どう接すればよいのか。その国家の本質をどう認識すればよいのか。
いまの日本では官も民もこぞって論じ、語るべき対象である。
日本にとって中華人民共和国という国家がいかに重要か――よい意味でも悪い意味でも――は、まず新型コロナウイルスの大感染をみれば、まず最も容易に理解できよう。この恐るべきウイルスが中国で発生し、海を越えて日本に侵入してきた事実は誰にも否定できないだろう。
日本をこれほど傷つけたコロナウイルスがなぜ、どのように中国から入ってきて、日本を麻痺させたのか。
次にわかりやすい中国の重要性は尖閣諸島の日本領海への中国の武装艦艇の侵入である。
つい最近も3日にわたり、中国の武装艦艇が日本領海に侵入して、操業中の日本漁船を恫喝し、駆逐した。日本の主権の侵害である。
▲写真 尖閣周辺の領海に侵入した中国公船と中国漁船(2018年8月6日) 出典:海上保安庁ホームページ
一方、日本にとって経済面での中国との絆も重要である。だがその絆にはさまざまなしがらみがつきまとう。日本の産業界への妨害や威嚇もある。だが中国の巨大市場の魅力も、サプライチェーンという言葉で象徴される中国の生産拠点としての価値も、日本にとって重要である。
だがそんな重要な相手の中国について、日本の国政の場では奇妙なほど言及がないのである。民間では一部のニュースメディアがかなり積極的に、綿密に中国についての報道や論評を続けている。だが官の側での中国論議があまりに少ないのだ。とくにアメリカと比較すると、茫然とするほどの断層が存在する。
その点での私自身の実体験を改めて伝えたい。
私はこの3ヵ月ほどワシントンと東京の両方で中国発の新型コロナウイルスの大襲来を目前にみてきた。ともに悲惨な傷を負った日米両国が官民でまず感染者を救い、拡大を防ぐことに最大努力を注ぐ動きではまったく共通していたが、その他の反応での黒と白ほどの対照的な違いにショックを受けた。
その相違とはウイルス発生源の中国の責任に対する姿勢である。
アメリカでは中国非難は感染の当初から明確だった。武漢での新たなウイルス感染症の猛威を隠し、警告を発した現場の医師らを懲罰し、虚偽の情報まで流した習近平政権の対応こそ、この邪悪なウイルスを全世界に広げた主因だとする非難である。その基礎には共産党政権の独裁の過多がそんな異様な対処を生んだとする認識がある。
トランプ政権の国家安全保障会議でアジア政策を統括するマット・ポッティンジャー大統領補佐官の5月4日の異例の演説はその認識を集約していた。同補佐官はホワイトハウスの中枢から流暢な中国語で20分間、演説をした。インターネットでの全世界で視聴できる形の発信だった。
▲写真 中国政府非難の演説をするマット・ポッティンジャー大統領補佐官(2020年5月4日)出典: U.S. Embassy in Georgia
「武漢で危険なウイルス感染拡大を世間に知らせて弾圧された李文亮医師は自由な情報開示のできる民主的社会を望んだはずだ。中国の国民が抑圧的な政権のかわりに国民中心の政権を実現させるか否か全世界が注視している」
中国の共産党政権と一般国民とを区分しながらその政権のウイルス対策を糾弾するという挑戦的な姿勢だった。
この姿勢はトランプ大統領が「中国との全面的な断交」という過激な言葉を口にして、「この感染症は中国政府の不当な工作がなければ、パンデミックにはならなかった」と断言する政権全体の正面対決の対中政策と一致する。
▲写真 新型コロナウイルスへの対応について記者会見するトランプ米大統領(2020年5月11日 ホワイトハウス)出典:White House
アメリカ政府はいま司法省、国務省、国防総省、教育省、エネルギー省などが各分野で中国を抑え、締め出し、取り締まるという強硬な措置を取り始めた。
連邦議会はもっと過激な中国糾弾に満ちている。共和、民主両党の議員たちが中国当局のウイルス国際感染への責任を追及し、発生源の探索から国際法での罪状の訴追やアメリカへの損害賠償支払いの請求までを活発に進め始めたのだ。法案や決議案の提出、そして議会としての調査の推進である。
これらの動きの背後にはアメリカ国民一般の中国非難が存在する。ハリス社の4月中旬の世論調査ではコロナウイルスのアメリカでの大感染について「中国政府に責任がある」と答えた人が全体の8割近くという結果が出た。
▲写真 習近平・中国国家主席(2020年5月28日 北京)出典: 中国政府ホームページ
さて日本はどうなのか。
日本の政府も国会もウイルス感染に関連して「中国」という言葉を出すことは皆無だといえよう。タブーというか呪縛というか、中国の名を出してはいけないようなのだ。国際的にも中国に一切、言及しないコロナウイルス論議は異端の極である。このへんの日本の国政の異様さには身震いさせられる。
たとえコロナウイルスへの対策では日本がアメリカよりも結果としてずっと上手に対処したとしても、だからといって中国の責任についての議論をタブーにしてよいはずがない。
日本国民を苦しめ、傷つける惨劇を絶対に再発させないためにも、なぜこんな事態が起きたのかの探究は欠かせない。その作業では中国から日本になぜこれほど危険なウイルスが侵入してきたかの調査や研究は不可欠であろう。
まして日本の領土である尖閣諸島への中国の絶え間のない軍事攻勢、日本の領海への不当な侵入は日本の主権や独立にかかわる重大な出来事である。国家にとってのその重大な出来事を日本の国会がまったくとりあげないとはいったい、どういうことなのか。
トップ写真:第201回国会で安倍首相の施政方針演説に対する代表質問を行う立憲民主党の枝野幸男代表(2020年1月22日 衆院本会議) 出典:立憲民主党 facebook
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。