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.国際  投稿日:2020/6/20

金与正、文在寅脅迫2つの狙い


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・金与正談話の予告通り、開城南北共同連絡事務所が爆破された。

・不安定化する北朝鮮では金与正氏への権力の分担を行っている。

・金与正氏の狙いは、韓国の国連制裁破りと米との亀裂の深まり。

 

韓国の脱北者団体が5月31日に飛ばした風船ビラを口実にした北朝鮮の文在寅政権圧迫は、金与正談話で明かされた予告通り開城南北共同連絡事務所の爆破に至った。

北朝鮮の朝鮮中央テレビは「16日14時50分、大きな爆音とともに北南共同連絡事務所が惨(むご)たらしく破壊された」と発表し、「クズたちとこれを黙認した者たちの罪の代価を、払わせなければならないと激怒した民心に応えて、北南間の全ての通信連絡線の遮断に続き、わが国の担当部門では、開城工業地区にあった北南共同連絡事務所を完全破壊する措置を実行した」と伝えた。

南北連絡事務所は、2018年4月27日に板門店(パンムンジョム)南北首脳会談の成果として、2018年9月にリホーム費用168億ウォンをかけて開所したものだ。

▲写真 南北首脳会談 出典:南北首脳会談準備委員会

では金与正第1副部長は今回の強硬策で何を狙っているのか?

それはまずは国内の結束と自身の功績づくりだ。

現在、北朝鮮国内は、金正恩政権始まって以来の不安定状態にある。住民の思想意識は、金正恩体制から離れつつあり、金正恩に対する信頼は経済難に比例して低下している。そして北朝鮮社会には生活防衛のため、さまざまな私組織・闇組織が出現している

こうしたことから北朝鮮は6月19日にも労働新聞を通して「全ての活動家、党員、労働者らは党の革命思想で徹底的に武装し、今日の全面突破戦で不屈の精神力を高め、発揮しなければならない」と、またもや「思想での一心団結」を強調した。それほど金正恩に対する忠誠心が低下しているということだ。

こうした難局の中でストレスをためた金正恩は、健康を悪化させているようだ。死亡説や重体説はさておいても、従来のような活動ができない状態となっている。

それは彼の動静が極端に減少していることを見ても明らかだ。直近の3ヶ月の動静を見ても4月は3回、5月は2回、6月に至ってはまだ1回しか報道されていない。そして何よりも、妹の金与正が金正恩の権限を代行する動きまで示している。今回の韓国圧迫過程で、金与正は最高指導者だけが行使する軍に対する「指示」までも出すようなっている。このようなことは、北朝鮮の最高教典である「党の唯一領導体系」の原則に反するもので、金正恩が健康であればありえないことである。

▲写真 金正恩氏 出典:ロシア大統領府

金与正はいま、金正恩の失政をすべて韓国に転嫁し、国民の関心を韓国の風船ビラと文在寅への憎しみに向けさせている。北朝鮮の統一戦線部、外務省、社会団体、企業がこぞって脱北者と韓国政府を糾弾している。そして労働新聞まで毎日のように韓国を敵とする論陣を張っている。そればかりか軍にまで「1号戦闘命令」を発令してこの動きを担保する行動をとらせている。まさに戦争前夜の状態と言える。

韓国を「敵」と主張し緊張を激化させることで、内部の不満を外に吐き出させようとしているのである。そしてここの数年間で目立ち始めた韓国や米国に対する「好感」を抑え込もうとしている。

今回の韓国脅迫戦術が成功を収めれば、その功績は勿論金与正のものとなるだろう。そういった意味で北朝鮮の今回の「大博打」は、金与正の権威を高めるためのものと言える。

今回南北共同連絡事務所を爆破した次の日に総参謀部報道官が、金剛山観光地区と開城工業団地、非武装地帯(DMZ)内GP(監視警戒所)に軍部隊を再配置すると発表したが、この計画はすでに先月、金正恩委員長主宰で開かれた党中央軍事委員会拡大会議で決定されていたもので、それを爆破の後に発表させたのは、金与正第1副部長の指示であるかのように見せるためだと内部消息筋は伝えてきた。そして最近のすべての出来事の中心には金与正党副部長の績積作りがある」と述べた。

それは金与正の権力基盤を強化させることが北朝鮮の権力構造を強化させることにつながるとの判断からだ。しかしこのような権力の分担がいかなる結果をもたらすかはわからない。金正恩の求心力を高めようとする今回の「大博打」が、成功しようが失敗しようが、金正恩体制は更に大きな試練を迎えるに違いない。

つぎにその狙いは制裁破りの強要と米韓の離間である。

北朝鮮は、結局米国から韓国を切り離さない限り、自分たちの思うように操れないとの結論に達した。そして文在寅政権を「裏切り者」と追い詰めている。それは、従北朝鮮の文在寅政権であっても、米国との関係と国際関係を無視してまで北朝鮮支援に出られないとの現実を目にしたということだ。

だから金与正は、米国にいちいちお伺いを立てる「事大主義」を捨てろと言っているのだ。守れもしない約束ならはじめから「ホラ」を吹くなともいっている。戦争瀬戸際政策で文在寅政権が「戦争の恐怖」に囚われ、国連安保理制裁を無視して北朝鮮支援に踏み出せば、米国との亀裂も深まる。これは経済支援と米韓の亀裂を同時に得る一石二鳥の策となる。この策は金与正談話の一つの柱となっている。

▲写真 文在寅大統領 出典:Flickr; Janne Wittoeck

北朝鮮は、韓国が制裁破りに進めば米軍撤退の促進につながることも承知している。金正恩政権の最終目標は、韓国の吸収併合だ。その最大の障害は駐韓米軍である。今回の戦争瀬戸際政策で、戦争を恐れる韓国民が米国に対する反感を強めれば、反米・反日意識の強い文在寅政権は、駐韓米軍撤退世論を公然と盛り上げることができる。

北朝鮮の思惑通り、いま韓国の政府与党内では、米国責任論が浮上している。共に民主党の尹建永議員や元大統領秘書室長の任鐘ソクなどは公然と米国と手を切ろうと主張している。文在寅政権は米国と手を切る反米世論を作り上げようとして反米市民団体の反米デモまで容認している。また駐韓米軍の費用負担で米国に譲歩しない姿勢を示してトランプの駐韓米軍撤退論に火をつけようともしている。文政権と与党「共に民主党」がすぐさま「終戦宣言決議案」を提案したのもそうした動きの一つだ。

30才そこそこの金与正から罵倒されるだけ罵倒され、国民の血税で建てた南北共同連絡事務所を破壊され。特使派遣の内密情報まで暴露されても、文在寅大統領の対応策は「忍耐」だという。すでに李度勲(イ・ドフン:朝鮮半島平和交渉本部長)を米国に派遣し、北朝鮮支援を米国に願い出ている。北朝鮮は今後、文大統領が大ボラを吹いて渡したUSBの中身を暴露すると脅迫しているかも知れない。文政権が制裁を無視して経済支援に出てくるまで北朝鮮の対韓国攻勢は続くものと思われる。

トップ写真:金与正氏と文在寅大統領 出典:韓国大統領府


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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