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.政治  投稿日:2020/6/8

拉致「棄民OK」から脱却を


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・日本は「国民を守れない棄民日本」からの脱却を目指すべき。

・国民を護ることさえ憲法第9条で放棄していることが原因。

・拉致被害者全員帰国の為、自己を犠牲にした横田夫妻の愛情に学べ。

 

「めぐみちゃん、お父さんです。元気に帰ってきて」

1977年11月の新潟市在住中に、愛娘のめぐみさん(当時13、現在55)を北朝鮮の工作員により拉致された横田滋さんは、北朝鮮向けのラジオ放送や動画メッセージで会えぬ娘に呼びかけ続けてきた。しかし、6月5日、遂に力尽きて亡くなられた。87歳であった。

娘の失踪から20年がたち、産経新聞が1997年2月に「北朝鮮による拉致」を報じるまで、時間が止まった中で子供を探し続けた。しかし、めぐみさんは金王朝の権力中枢で日本語教師として働かされたため、秘密を知る彼女は未だ奪還できていない。

さらに北朝鮮はあろうことか、めぐみさんが自殺したとの作り話をでっち上げ、偽の遺骨を日本に送ることまでしている。こうした中、40年以上にわたり引き離された娘と会えず、気持ちの区切りをつけられずに亡くなる無念はいかばかりであったか、誠に痛ましいことである。

 

 金正恩や金与正の高笑い

一方で加害者の金王朝は、わが世の春を謳歌しつつある。日本人拉致のそもそもの大目的である、北朝鮮主導の南北統一に向けた70年来の対南工作が功を奏して、韓国の文在寅政権は「従北」の路線を明確にし、朝鮮半島全土の支配に向けて前進を重ねているからだ。

北朝鮮の最高指導者である金正恩朝鮮労働党委員長や、妹で権力ナンバー2の金与正は、滋さんら拉致被害者の親が次々と鬼籍に入ることで、犯罪の忘却と無処罰につながると、高笑いをしているだろう。このままでは、滋さんの霊は安らかに休むことはできない。

▲写真 金与正氏(右) 出典:Flickr; U.S. Department of State

滋さんが娘に再び会えず亡くなった今、改めて肝に銘じたいのは、めぐみさんはわれわれ日本人のひとりひとりの象徴であり、彼女を見捨てて北朝鮮との国交樹立に向けて動くことは、国民保護の義務を怠ってもよいという「棄民OK」のメッセージを日本政府に送ることになるという事実だ。めぐみさん拉致は、現在も進行中の、身近な出来事なのである。

彼女やその他の拉致被害者を決して忘れず、どのような困難を伴っても救出を世界に訴え続け、日本政府をして救い出させることこそ、われわれ日本人ひとりひとりの命と生活を護ることになる。めぐみさんたち日本人拉致被害者を取り戻せるのは、日本人だけだ。

そのためには、改めて朝鮮半島情勢に対する正確な認識を持ち、日本人拉致がなぜ起こったのか、また教訓として日本はどのような道を歩めばよいのか、国民ひとりひとりが自らを振り返る時である。

滋さんたちの無念を晴らすためには、まずめぐみさんやその他の日本人拉致被害者、およびその家族をひとり残らず取り戻すことが何より大事だ。そのため、政府に外国勢力による加害からの国民保護を、憲法レベルで義務付けなければならない

それに連動する具体策として、「国民を守れない棄民日本」からの脱却を目指し、必要とあらば国民救出のための対外派遣も可能な「国民保護軍」を新たな陸海空軍として創設する。戦前や戦中の陸海軍のように正当化できない侵略や、満洲や南洋において敗走を重ねる中で居留民を棄てて悲惨な目に遭わせた「組織防衛のための棄民組織」ではなく、基本的に国内の国民の保護を目的とした軍事組織で人々を護り、覇権主義的な統一朝鮮や中国やロシアにはわれわれの命に指一本触れさせない強固な意志と軍事行動を国際的に示すことだ。

▲写真 金委員長 出典:Flickr; driver Photographer

 

 国民を護れない日本のあり方が原因

そもそもの問題として、めぐみさんら日本人被害者はなぜ北朝鮮に拉致されてしまったのか。端的に言えば、敗戦によって日本が米国をはじめとする連合国によって軍事的に去勢され、その丸腰状態を北朝鮮が最大限に自国の利益のために悪用したからである。また、北朝鮮歴代の最高指導者である金日成と金正日は、日本政府に国民保護の強い意思がないことも見抜いていた

北が一方的に南を侵略した朝鮮戦争は、1953年に一時休戦となったが、金日成首相(当時)が率いる侵略側の北朝鮮は武力や工作による南北統一を諦めなかった。当初は韓国から拉致した人々を訓練の上、スパイとして南側に送り込んだり、そのような拉致被害者に工作員の韓国人化教育をさせて南側に浸透させていたのだが、次第に韓国側による摘発が厳しくなり、より容易に「南朝鮮」に潜入するための手段が必要となる。

そのため、情報収集や破壊工作のため韓国に送り込む多くのスパイを、北朝鮮の回し者と怪しまれにくい日本人に偽装させる決定がなされる。そのためには、日本語や最新の日本の文化習慣を工作員に教える教育係が必要であった。めぐみさんをはじめ日本人拉致被害者の多くは、スパイに日本人化を施す教育係として日本からさらわれたのである。

このようにして北朝鮮は、日本の領土において主権を侵害しながら、白昼堂々と数十人以上の日本人を誘拐していった。これを防げなかったのは、1947年に成立した日本国憲法が、主権者たる国民を護るための戦争を禁止するという、お話にならないレベルの欠陥法典であったからだ。

戦前の軍部が交戦権を悪用したという事実を以って、一番大切な国民を護ることさえ「戦争放棄」の第9条を通して放棄するという、およそ憲法としての正統性を持ち得ない代物であった。そのようにして日本は去勢され、外国に軍隊を送れないことで、近隣国に舐められている。

だが、主権者を守れない政体は存在意義を持てない。そのような正統性のない枠組みが70年以上も継続できたのは、日本を保護国化することで去勢状態に置いておきたい、宗主国たる米国の意思と、国民保護に関心のない歴代政権の怠慢があったからだ。

また、拉致被害者の救出を訴える日本や拉致被害者家族に対し、ブッシュ(息子)やトランプなど歴代の米政権は、米朝交渉で拉致問題を利用できる時には利用し倒し、結局は裏切って対北朝鮮融和に走り、日本はその都度はしごを外されてきた。

しかし、米国が衰退を始め、北朝鮮の核兵器保有の容認と、北朝鮮主導による南北統一や在韓米軍撤退へと傾きつつある今、そして覇権国家の中国が南シナ海や東シナ海、さらには台湾や尖閣諸島にまで支配を広げる野心を隠さない中で、日本は本気で国民保護を自前で行う意思表示を行う必要がある。国として当たり前過ぎることに向き合うのだ。

国民保護の意思を統一朝鮮・中国・ロシア・米国に明確に示し、国民救出のための対外派遣も可能な「国民保護軍」を創設する憲法改正を行い、既存の日米軍事同盟をより平等なものに改定しなければ、日本は生き残れない

核武装を完成させた北朝鮮との交戦は、現段階では現実的でない。だが、国民を護る強い決意と、朝鮮半島有事の際にめぐみさんら拉致被害者を含む日本国民救出作戦を実行できる意思と能力は、統一朝鮮や中国に対する最大の抑止力になる。もう二度と、日本人の命には手出しはさせない。そう決意せねば、われわれの命が脅かされる。その決心をするために参考になるのが、滋さんの生き様だ。

 

 横田滋さんに学ぶべき愛情と忍耐

滋さんは、本当に愛情深い方であった。娘を慈しむ眼差しは、子供時代のめぐみさんを撮った写真によく表れている。彼女が拉致され、北朝鮮に抑留されていることが判明しても、世間は拉致被害者家族に冷たかった。それでも諦めずに署名運動のうねりを起こし、国民保護に腰の重い日本政府を動かし、不可能を可能とされた。決して弁舌ではない滋さんは、娘の救出のために弁舌になられたのである。

また、北朝鮮が「めぐみさん自殺」との虚偽の通知を行い、ショックに陥った後も忍耐強く救出運動を率いられた。北朝鮮当局が、「めぐみさんの娘で、滋さんの孫にあたる金ウンギョンさんに会わせてやるから、日本人拉致問題は幕引きにしろ」と甘い言葉で囁いた時も、孫に会いたいその気持ちを懸命に抑え、日本人拉致被害者の全員一括帰国までは会わないと決意された。(その後、拉致被害者奪還運動を放棄しないことを条件に、2014年3月に第3国のモンゴルでウンギョンさんと赤ちゃんの曾孫に、一度だけ面会している。)

▲写真 オバマ元大統領と面会する横田夫妻 出典:Flickr; Obama White House

滋さんと妻の早紀江さんは、日本人拉致被害者全員の帰国のため、自己を犠牲にされたのである。それは、日本人すべてのための犠牲でもあった。ご夫妻は、他の拉致被害者家族を差し置いて孫に面会せず、北朝鮮に利用されることを拒絶された。

そのお気持ちを無駄にしてはならない。拉致被害者奪還の望みが限りなく薄くなっても、日本人ひとりひとりは心をひとつに、めぐみさんや他の被害者を必ず、滋さんや拉致被害者家族に代わって取り戻すことを誓いたい。

彼らは、われわれの家族であるからだ。ますます闇が深まっても、それでも拉致被害者を棄民にしてはいけない。決して諦めてはならない。

こうした中、日本と同じように北朝鮮による拉致被害者やその家族を抱える韓国は、同胞被害者や家族を裏切り、拉致犯罪国である北朝鮮に恭順の意を示している。あまつさえ、「北朝鮮に対する警戒は過剰なものであり、必要がなくなった」という核心的なメッセージを忍び込ませた、韓国女性と北朝鮮軍人の愛を描くテレビドラマ『愛の不時着』が、文在寅政権の従北政策に呼応する形で製作され、韓国や日本でハマる人が続出している。

そうした中でも日本人は、北朝鮮の反人道性の真実を忘れることなく、不可能を可能とされた滋さんの愛情と忍耐に学びつつ、国民を護れる国へと、日本を改造してゆかねばならない。

トップ写真:横田夫妻(真ん中、右から2番目)出典:Flickr; East Asia and Pacific Media Hub


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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