無料会員募集中
.国際  投稿日:2020/5/13

挑発する北朝鮮と米軍の動き


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・「金正恩身辺異常説」を誤報と決めつけるのは時期尚早。

北朝鮮、労働新聞が韓国軍監視哨所への銃撃を非難する報道。

・北朝鮮の動きに、米軍や在日米軍基地の活発な動きを見せる。

 

北朝鮮の金正恩委員長は5月1日、4月11日以降20日ぶりに順川(スンチョン)燐肥料工場に姿を現した。このことで、韓国政府と一部の言論機関・ジャーナリストは、「金正恩身辺異常説」すべてを全くの誤報と決めつけた。しかし、その判断材料は北朝鮮のメデイアが流したプロパガンダ映像だけだ。金正恩の声すらも聞かされていない。

この映像だけでは、死亡説や重体説は一応否定できるかも知れないが、金正恩の身体に何らかの異変があったことまで否定できるものではない。「韓国政府が否定しているから信ずるべきだ」と言う人たちもいるが、韓国政府も具体的根拠は何も示していない。

北朝鮮が提供した宣伝用映像を見せられだけで「健康不安説」を全くの誤報だと決めつけるのは早計だ。姿を隠していた20日間の行動が全くわかっていないだけでなく、なぜ金日成の誕生日の4月15日に、錦繍山太陽宮殿参拝を欠席したのかも解明されていない。この点については韓日の専門家だけでなく、北朝鮮住民でさえいまもって疑問視している。

この問題に対する真実判定は、もう少し時間をかけて観察する必要があると思われる。「異常兆候なし」とせっかちに主張する人たちこそが、むしろ北朝鮮の情報操作に踊らされているかも知れない

北朝鮮は、「順川燐肥料工場ショー」が終わるやいなや、金正恩健康異常説の詮索から逃げるかのように軍事挑発に出てきた。また7年2ヶ月ぶりの人民武力省報道官談話で韓国非難の度数を高めた。こうした行動も、その背景に金正恩の健康不安が絡んでいる可能性がある。米軍も北朝鮮急変事態に合わせて新たな動きを見せている

 

■  北朝鮮軍による韓国軍GPの銃撃

北朝鮮軍は5月3日、非武装地帯(DMZ)内にある韓国軍の最前方監視哨所(GP)へ、4丁の機関銃を束ねた14.5ミリ機関銃(高射銃)で銃撃を加えてきた。引き金を一度引いたら3-4発が連射される種類の重機関銃で、最大射程は8キロ、有効射程は1.4キロとされているが、過去の韓国国会への報告では、有効射程は3キロと報告されている。

韓国軍当局は「偶発的な銃撃の可能性が高い」と語っているが、専門家らは、「14.5ミリ機関銃は反動が非常に大きいので、両手でしっかりつかんで撃たないと目標に命中させるのは難しい。1.5キロ以上離れた所から20cm四方にしか見えない韓国側監視所に命中させるのはなおさら困難だ。偶発的命中はありえない」としている。

ポンペオ米国務長官は、今回の事件について「偶発的だと思う」とコメントしたが、この発言には、緊張を高めないための政治的意図が含まれていると思われる。

▲写真 非武装地帯(DMZ)を警備する北朝鮮軍 出典:パブリックドメイン

 

■  北朝鮮人民武力省報道官が韓国非難の談話

北朝鮮は、韓国軍監視哨所に対する銃撃を謝罪するどころか、その後韓国側に対する非難を強めている。北朝鮮人民武力省報道官は5月8日、「労働新聞」などを通じて発表した談話で、韓国の空軍と海軍が5月6日に実施した西北(ソブク)島訓練に対して、「全民族の前で約束した(南北)軍事合意に対する全面的な逆行であり、露骨な背信行為だ」として、「軍事対決の極致」と非難した。

また、「全てが2018年の(南北)首脳会談前の原点に戻りつつある」とし、「必要な対応をしなければならない状況だ」と脅迫した。人民武力省報道官のこうした談話が発表されたのは、2013年3月以来のことである。

ここで注目すべきは、対外用メディアである朝鮮中央通信ではなく、朝鮮労働党の意思伝達機関である労働新聞に報道させたということだ。

 

■  米国防長官発言と米軍の動き

こうした北朝鮮の動きに対して、金正恩身辺異常情報を収集してきた米軍は、このところ慌ただしい動きを見せている。

エスパー米国防長官は5月4日、米国ブルッキングス研究所が主催した会議に出席し、「現在、在韓米軍兵力は良好な状態で、軍事的準備態勢を維持しながら、敵の悪い行動を抑止している」と明らかにした。そして「韓半島に必要なら、今夜にでも戦う準備態勢を維持している」と語った。

この言葉を裏付けるように、米軍は新型コロナウィルス感染で機能不全に陥っていた原子力空母を再整備し、東アジアに再び兵力を集結し始めている。

韓国のシン・インギュン国防TV(ユーチューブチャンネル)によると、原子力空母と海兵隊を載せた強襲揚陸艦合わせて6隻が朝鮮半島周辺に集結中だという。

すでに武器弾薬を搭載した事前配置船4隻が、韓国鎮海(チネ)軍港とその近海に停泊中で、この内の2隻は空軍弾薬船で、あとの2隻は機甲部隊車両輸送船だ。

また新型コロナウィルス感染で機能不全に陥っていた原子力空母打撃群も再稼働に入ったようだ。横須賀を母港とする原子力空母ロナルド・レーガンが5月5日に出港し、横須賀沖合で戦闘機離着陸訓練を開始しており、イージス護衛艦も待機中にある。訓練が終われば間もなく戦闘船団を組んで行動を開始するようだ。そのために2日後の7日には、貨物弾薬補給艦「リチャード・E・バード」が海上でロナルド・レーガンに横付けして武器補給作業を行った。

▲写真 ロナルド・レーガン 出典:Wikimedia Commons

一方約1000名もの新型コロナウィルス感染者を出し、機能不全に陥いり、艦長解任で指揮官不在となっていた原子力空母セオドール・ルーズベルトも、グアムで再整備が完了し、新しい艦長(カルロス直前艦長が復帰)のもとで、イージス巡洋艦とともに出港準備を終えた。護衛のイージス駆逐艦は、横須賀と佐世保で待機しているので、間もなく合流して空母打撃群を編成するものと思われる。

そればかりか、米国ワシントン州シアトルにあるブレマートン海軍基地で待機していた、原子力空母ニミッツも4月27日に基地を出て、東太平洋で配置前訓練(Comtuex)に入ったようだ。まもなくイージス巡洋艦と3隻のイージス駆逐艦に合流して5月下旬には西太平洋海域に到着する予定だと言う。そうなれば2017年以来、西太平洋での空母3隻体制が実現することになる。

また強襲揚陸艦アメリカ、ワスプと空母エセックスなど3隻が、佐世保、横須賀、沖縄に集結している。こうして原子力空母3隻と7000名の海兵隊を載せた強襲揚陸艦3隻が朝鮮半島周辺に集結しつつある。

注目すべきは、在日米軍基地の活発な動きだ。電波撹乱を行うグラウラー編隊が日本の三沢基地に到着し、また米軍要人輸送機や物資輸送機も在日米軍基地に頻繁に飛来している。主要偵察機はこの間、毎日のように朝鮮半島を飛行したが、これはすでに周知の事実だ。地上爆撃用のB1-B爆撃機4機がグアムに配置され、B2爆撃機も西太平洋に飛来しているという

 

■  ポンペオ長官「我々はできるすべてのことを行う」

こうした中で、ポンペオ米国務長官は5月7日、ラジオ・インタビューで「金正恩は生きている」とした上で、「北朝鮮で何が起こっているかを注視してきた。トランプ大統領もこの間、私に監視をおろそかにしないようにと極めて明確に指示・強調した」と語り、

「彼らの責任者が誰であろうが、我々は、我々ができるすべてのことを行いたい」と語った(VOA・2020・5・9)。

「彼らの責任者が誰であろうが」との言葉は、金正恩身体異常説が飛び交う現在の北朝鮮情勢を考えると意味深長な発言だ。また「すべてのことを行いたい」との発言からは、米国の一貫した強い意思が読み取れる。

トップ写真:金正恩委員長 出典:Flickr; The White House


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."