太陽光発電に負ける石炭火力
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・経産省による石炭火力の整理は太陽光にコストで敗北した結果である。
・石炭火力は十余年でなくなる。ガス火力も原発もなくなる。
・発電関連業界は今後様相を一変する。
経済産業大臣が石炭火力発電の見直しを発表した。3日の記者会見で脱炭素社会の実現を目指すため石炭火力は2030年に向けてフェードアウトさせる旨を明言した。(*1)
だが、同時に石炭火力を残存させたい希望もにじませている。まず「非効率石炭[火力発電]の早期退出」とフェードアウトの対象を限定している。そして質疑では「高効率の石炭火発」や「償却が終わりに近づいているとか終わったプラント」を残したい本音を示唆している。
石炭火力は将来どの程度残るのだろうか?
まずは残らない。なぜなら石炭火力の縮小決定はコスト敗北の結果だからだ。それからすれば石炭火力は遠くないうちに絶滅するのである。
■ フェードアウトはコスト敗北の結果
石炭火力はなぜフェードアウトするのか?
その本当の理由はコスト敗北である。石炭火力発電はすでに太陽光発電よりも割高である。そして今後10年余で太陽光+蓄電池にも負けるためだ。
これは昨年ころから盛んに言われている。
機関投資家向けに金融サービスを提供する国際的金融グループ、ラザードは現時点でも太陽光が最安値としている。(*2) 2019年の段階で石炭火力の発電コストは1kw/hあたりで11円、対して太陽光は4円と算出している。ちなみに風力は4.1円、原子力は15.5円だ。これは『経済』7月号で紹介されている。(*3)
ガーディアンやブルームバーグも同様の記事を出している。(*4,*5) どちらもIRENAレポート中の「石炭火力と太陽光の発電コストは19年に逆転した」判断に基づいた内容である。
カーボントラッカーはさらに「2034年には太陽光+蓄電池が圧勝する」としている。(*6) 減価償却が終わった石炭火力を運転するよりも太陽光+蓄電池を新設したほうが安くなるのである。これは岩波の『世界』6月号で紹介された内容だ。(*7)
▲写真 ①は新設火力と新設太陽光のコスト逆転(2016年)、②は減価償却が完了した既存火力と新設太陽光の逆転(2024年)、③は新設火力と再エネ+蓄電池の逆転(2026年)、④は既存火力と再エネ+蓄電池の逆転(2026年)である。出典)著者作成
つまり石炭火力は太陽光に負けたのだ。現在でも発電コストで負けている。そして32年には夜間電力供給可能な太陽光+蓄電池にも敗れるのである。
これがフェードアウトの理由である。経済性を失い衰退するのだ。
地球環境保護は取り繕いでしかない。これまで経産省は「石炭火力は経済的」と推進していた。その失策を認めたくはない。だから今まで冷淡だった地球温暖化対策、二酸化炭素削減を理由にしたのだ。
▲写真 太陽光発電の整備は急速に進んでいる。写真は上海電力日本によるSJソーラーつくば発電所、能力は3500kw。同社は日陰作物の耕作と太陽光発電の共存を図る点でユニークである。出典)上海電力日本株式会社
■ 石炭火力はなくなる
石炭火力はコストで敗北したのである。
それからすれば経産省が期待する石炭火力の残存はない。2030年には幾ばくかは残るだろうが2030年代中には運転は終わる。
まず今後には石炭火力の新設はなくなる。検討中や建設中の計画も含めて全て中止となる。利益が低いどころではない。将来には原価でも電力は売れなくなる。その点で事業として成り立たない。
また既存の石炭火力の操業も縮小する。2024年以降には既存石炭火力を動かすより太陽光発電所を新設したほうが有利となる。つまり太陽光ができた分だけ発電量は減るのだ。
その勢いも急だ。太陽光のコストは以降も低下し続ける。そのため建設は活発となる。また日本の場合は電力需要も縮小ベースにある。その分も石炭火力の縮小幅に加わる。
夜間電力供給の役割も長くはない。なにより2034年には太陽光+蓄電池が圧勝する。またそれまでの間も安泰ではない。蓄電池整備がある程度に進めば火力発電の役割はピーク運転にシフトする。その際には起動や停止が容易な天然ガスを燃料としたガスタービン発電が選ばれるからだ。(*8)
■ 原発も天然ガス火力もなくなる
当然ながら石炭火力以上の高コスト発電もなくなる。
原子力は近いうちに取りやめとなる。2030年までは持たない。
すでにコストは石炭・太陽光に負けている。上記の通り1kw/hあたり15.5円と石炭火力の1.5倍である。動かせば動かすほど損をする。だから今では原発を新設する意見はない。
再稼働の要望もそれほど長くはない。電力会社は購入済み核燃料を使い切りたい。だから運転再開を要望している。だが、それも電力価格が太陽光基準となれば終わる。燃料費を抜いた再稼働運転の発電単価でも原価割れとなるのだ。
天然ガス火力もいずれは縮小する。ピーク発電用としてしばらくは残るだろう。ただ、最終的には太陽光+蓄電池によりとどめを刺されるのだ。
▲写真 太再稼働もそれほど長くはない。すでに購入している燃料費を抜いたところで再稼働発電の単価はいずれ競争力を失う。そうなれば原価割れとなるため原発再稼働は終わる。写真は川内原発。出典)グーグルアースからキャプチャー。
■ 電力関連業界は一変する
さらに言えば石炭火力の消滅は電力関連業界の様相も一変させる。
従来の大規模発電所が成り立たなくなる。これは既述のとおりである。
その結果、電力会社は大幅な規模縮小を迫られる。送電以外は仕事がなくなるのだ。そして不良資産と化した発電所と抱えた余剰人員の整理に苦しむ。
また、関連企業も影響を受ける。収益の柱を失うからだ。
特に発電所設備に力を注ぐ会社は婉曲的に言えば深刻な影響を受けることとなる。高圧大型ボイラ火力発電所だけでしか使わない蒸気タービンは、加えて原発でしか使わない設備である。
採炭や輸送に関連する企業も同様である。海外に採掘権を持つ企業や採掘関連設備に関連する企業、また専用船で石炭を輸送する企業である。製造企業ほどではないにせよ影響を受けるだろう。
▲写真 もちろん悪い話ばかりではない。世界のCO2の3割は発電所から出ている。それが太陽光に置き換われば温暖化対策は一挙に進む。加えてもう一つのCO2発生源である高炉の問題が解決すれば排出量は半分近くに縮小する。写真は日本製鐵君津発電所。出典)takato marui
*1 「梶山経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」(経済産業省)2020年7月3日 梶山経済産業大臣の閣議後記者会見の概要 (METI
*2 ”Lazard’s Levelized Cost of Energy Analysis—Version 13.0” (Lazard) 2019年9月 Lazard’s Levelized Cost of Energy Analysis—Version 13.0 p.5
*3 佐藤洋「破綻する日本の石炭火力輸出戦略」『経済』298(2020年) pp.54-65.
なお、以下に列挙する各種主張は火力発電と再エネ、石炭火力と太陽光、風力等も含めた比較を切り口とするが単純にするためすべて石炭火力と太陽光の比較として整理した。
*5 Habboush, Mahmoud “Solar Power Will Soon Cost Less Than Coal” “Bloomberg Green” 2020年6月2日
*6 “The Trillion Dollar Energy Windfall”(Carbon Tracker) 2019年9月5日
*7 飯田哲成「複合危機をどう乗り越えるか」『世界』933 (2020年)pp.156-165.
*8 もちろん石炭でガスタービン回す選択肢もある。だが既存のガス化石炭によるガスタービンは設備煩雑であり短期運転や間欠運転には向かない。また34年に太陽光+蓄電池に負ける状況では微粉炭を燃料とするヘビー・デューティー・ガスタービンの新規開発もない。
トップ写真:経産省は高効率石炭火力を残置させたい。だが2024年に新設太陽光に、32年には新設太陽光+蓄電池にコストで敗北する見通しではそれも難しい。写真は磯子の石炭火力発電所である。 出典:「J-POWERアニュアルレポート2009」より入手。
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。