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.国際  投稿日:2020/7/25

平壌総合病院建設現場で金正恩激怒


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・金委員長、工事遅れる平壌総合病院建設現場で責任者全交代指示。

・未曽有の外貨不足と食糧不足で金委員長の統治力弱体化背景に。

・全ての責任は主観的願望と思いつきで計画押し付けた金正恩自身にある。

 

7月19日に80日ぶりに経済分野の視察を行った金正恩(キム・ジョンウン)委員長が、朝鮮労働党創建75周年(10月10日)記念日までの完成を目指して進めている平壌総合病院の建設現場で烈火のごとく怒った。

朴奉珠、朴泰成の朝鮮労働党中央委員会の両副委員長、金才龍内閣総理と平壌総合病院建設連合常務の活動家たちを前にして、責任者を全て交代させるよう指示したのだ。

朝鮮中央通信を始めとした北朝鮮メディアは20日、金正恩の発言を伝える際、「厳しく指摘された」「手ひどく叱責された」「威厳を持って批判された」などの表現を使った。驚くべきことにその怒りの内容を労働新聞1面で9枚の写真付きで報道した。

前日の朝鮮労働党軍事委員会拡大会議でも、100人ほどの幹部を集めて身振り手振り話す姿が朝鮮中央テレビで伝えられたが、その表情を見ると、この会議でも明らかに何かを強く叱咤している様子だった。

朝鮮中央通信は、「人民軍指揮メンバーの政治・思想生活と軍事活動で提起される一連の問題を指摘し、党の思想と要求に即して人民軍の指揮官、政治活動家に対する党の教育と指導を強めるための問題が討議された」と伝えたが、この指摘からも兵士の規律が緩み、将校の不満も重なり、思い通りに金正恩の統制が取れていない様子が伺えた。

金正恩の健康不安の中で登場した北朝鮮の「正恩・与正の兄妹体制」は、うまく機能していないようだ。北朝鮮の現状を無視した主観的政策が乱発されて空回りし、民心をますます遠ざけている。

 

■半月で正反対の評価を下した金正恩

平壌総合病院の建設は、経済制裁と新型コロナウィルス対策のための国境遮断という厳しい状況の中で、「全面突破戦」の成果を見せるための目玉政策として打ち出した事業だ。3月の起工式で金正恩自らが演説を行って200日で建設せよと指示していた。

未曾有の外貨不足と食糧不足が重なり統治力が弱まる中で、「人民愛」を見せることで権威の回復を図ろうとしたのであろうが、労力の強制動員、上納金の強要などが重なり、むしろ民心の猛烈な反発を買ったようだ。

わずか半月前の7月2日の政治局拡大会議では「建設者の非常な精神力と献身的な努力によって、困難で不利な条件を果敢に克服し、日程計画通りに推進されていることに満足の意を表した」(朝鮮中央通信)としていた金正恩であったが、住民の反発に遭遇し、半月後にはそれと正反対の叱責を行った。こうした「手のひら返し」の行動を見ても金正恩の統治力がいかに弱体化しているかがわかる。

 金正恩委員長は工事現場で報告を受けた直後「建設連合常務(任務遂行チーム)が今に至るまで建設予算もしっかりと立てられず、無鉄砲な形で経済組織事業を進めている」と指摘し、さらに「党が構想する意図に反する形で、設備や資材保障事業において政策的に深く脱線している」「各種支援事業を奨励した結果、人民には逆に負担を強要している」などとも述べ、さらに「このまま放置すれば、わが人民のための栄光かつやりがいのある建設闘争を発起した党の崇高な構想と意図が歪曲され、党のイメージに泥を塗ることになる」と指摘した。

大衆の面前で最高幹部を始めとした幹部たちを露骨に叱責するなどとの姿は、金日成時代は勿論、金正日時代にも見られなかった姿だ。更にそれを全国民が目にする労働新聞で報道するなどという発想は「我慢ができない」金正恩ならではの行動と言える。

 

■金正恩の思いつきプランがもたらした結果

そもそもこのプランは、金正恩の思いつきで突然始まったものである。昨年暮れの党中央委総会の金正恩の報告には全く言及されていなかった。コロナ防疫で急きょ思いついたのか、起工式を3月17日に行い、出席は予定していなかったとしながら長々とした演説をまでぶった。

労働党創建75周年を迎え、病院建設は「最も重要でやりがいのある闘争課題」「万年大計」と位置づけ、建設工事は、元山葛麻観光地区の建設に投入されていた「私が一番信頼する建設部隊である近衛英雄旅団と第8建設局に任せることにした」との力の入れようであった。

しかし現在、北朝鮮内部からの情報では「平壌総合病院の骨組みや外壁は完成しているものの、資金不足で内部に設置する医療設備や資材が準備されていない」「中国などに派遣された貿易担当者が必死で交渉に当たっているが、容易ではない」という。

病院は様々な医療施設、機器など中身が重要だ。「全世界が羨むよう」(金正恩)な病院というのだから、最先端の医療機器が不可欠となる。もちろん輸入するしかないのだが、巨額の外貨が必要だ。また外貨があったとしても、制裁の中では軍事に転用可能な最先端機器の輸入は出来ない。そうしたことを承知の上で進めたのなら、それなりの緻密な計画が必要だったが、演説だけぶって丸投げした結果「人民には逆に負担を強要している」との結果をもたらしたのだ。この事態は、幹部たちに責任があるのではなく、主観的願望と思いつきで計画を押し付けた金正恩自身にある。

10月10日には5月1日の順川肥料工場竣工式のように、医療設備抜きの建物だけの竣工式となるのは間違いない。

トップ写真:平壌総合病院完成予想図 出典:rfa.org


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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