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.国際  投稿日:2020/4/28

金正恩重体説、当局沈黙の謎


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・北朝鮮の金正恩委員長が表舞台から姿を消して2週間。

・北朝鮮当局の沈黙で金委員長重体説が再び持ち上がっている。

・金正恩死亡のフェイクニュースが拡散、内部から海外に消息尋ねる動きも。

 

北朝鮮の金正恩委員長が表舞台から姿を消して2週間が過ぎた。そうしたことから金正恩の身辺異常報道がますます熱を浴びている。身辺異常問題が大きく取り上げられるようになったキッカケは4月20日の「心血管手術を受け回復中」との韓国デイリーNK報道と次の日の「手術を受けて重体に陥った」とするCNN報道だった。

特にCNN報道は、世界的に有名な米国の報道機関だったために大きな反響を呼び、金正恩の身辺異常情報を噴出させた。植物人間説、死亡説、手術を受けて回復中説、新型コロナウィルス感染避難説を始め、さまざまな説が世界を駆け巡っている。中には世界の注目を浴びるための戦術ではないかとの「深読み」的な説まで出ている。そればかりか朝鮮中央テレビの報道をまねた「金委員長が死亡」と伝える「フェイクニュース動画」までユーチューブなどに流されている。

こうした玉石混交のニュースと「フェイクニュース動画」がいま北朝鮮に流入し、北朝鮮当局を慌てさせている。

▲画像 Kim Jong-un 出典:The Presidential Press and Information Office

■ 金委員長への権威毀損に反応しない当局

金正恩委員長の身辺異常説がここまで露骨な形で報道され、権威が大きく毀損されているにもかかわらず、北朝鮮当局は今の所ほとんど反応を見せていいない。従来ならば最高尊厳を毀損したとして北朝鮮のすべてのメディアを総動員して大騒ぎしているはずだ。

4月27日になってやっと、雑誌「今日の朝鮮」が「このようなデマを信じる人々がどこにいるのか」とし「(金委員長の)健康異常説は、大衆をばかにしている海外メディアの姿である」と反論したが、これはメインの宣伝機関ではない。

この間に北朝鮮で伝えられた金正恩関連ニュースは、対外関係では、シリア独立74周年に際してアサド・シリア大統領に祝電(17日)、独立40周年を迎えたジンバブエのムナンガグワ大統領に祝電(18日)、還暦となったキューバのカネル大統領に祝電(20日)を送ったのと、シリアのアサド大統領が金日成誕生日に送ってきた電報への謝意の答電(22日)、南アフリカ大統領への祝電(27日)などだ。

国内向けでは、リ・シンジャとリ・シフプ2名の功労者に「温情に満ちた誕生祝いを送った」(21日)、「三池淵市の整備に誠心誠意支援した幹部や勤労者らに感謝を送った」(26日)「元山のカルマ海岸観光地区の建設に参加した労働者に感謝の意を表した」(27日)との報道が全てだ。しかしこれらの案件は、金正恩委員長が姿を消す前にすでに決済されたと思われるので、身辺異常説に対する反証とはなりにくい。沈黙の継続で金委員長に対する重体説がいま再び持ち上がっている。

▲画像 Kim Jong-un visiting Berlin. 出典:flicker by driver Photographer

■ 外部に金正恩情報を求める平壌のエリートたち

北朝鮮に流入している「フェイクニュース動画」は「元帥様(金委員長)が現地指導の途上で急病に亡くなった」とする朝鮮中央TV報道シーンを実際のように模倣したものだが、中国から流入したという。北朝鮮の内部消息筋は「これが社会的問題として提起されて緊急検閲と統制が行われている」と伝えてきた。

その内容は、錦繍山太陽宮殿を背景に「敬愛する最高指導者、金正恩同志が現地指導の途上で逝去された」という文言から始まる約5分の映像だが、そこには金委員長が25日未明0時30分現地指導中に死亡したということと、金与正党中央委員会第1副部長が革命偉業を継承するという内容が盛り込まれている。信憑性を高めるために、過去の金正日の追悼式のシーンや「人民朝鮮」という名前の捏造された新聞の1面の画像なども挿入している。

▲画像 金与正 北朝鮮 朝鮮労働党 中央委員会第1副部長 出典:Kim Jinseok (Official photographer of Republic of Korea), Blue House (Republic of Korea) 大韓民国大統領官邸

北朝鮮に流入した海外メディアの身辺異常情報とこうした「フェイク動画」は、いま北朝鮮の携帯電話を通じて平壌にまで浸透している。そうしたことから最近では平壌のエリート層から中国の貿易商や韓国の脱北者に「金正恩元帥様は本当に死亡したのか?」という問い合わせが来ているという。金正恩の動静が全く報道されないので北朝鮮内部の人たちが金正恩情報を外部に問い合わせるという笑えない異常現象が起こっているのだ。

▲画像 President Trump Meets with Chairman Kim Jong Un 出典:flickr : The White House

■ 物価の急騰と慌てふためいた買い占めの横行

金正恩身辺異常説が平壌に流入し、当局の沈黙が続いていることから、「平壌では、輸入果物や野菜などの食料品価格が急騰し、洗剤・タバコなど、自国製品にも買い占め現象が起きている。平壌のエリートたちまでが、表には出さないが、金委員長の死亡の可能性をめぐり憶測を巡らせ不安を募らせている」と内部情報筋は伝えてきた。

金日成死亡説や、金正日死亡説の時はこのような現象は見られなかった。中国の消息筋も「過去にも北朝鮮の指導者の死亡説があったが、今回の噂は状況が違って見える」と語り、より具体的な噂が不安心理を刺激しているとも語った。もちろん携帯電話が普及したためだとも説明できるが、最大の原因は、北朝鮮メディアが一切金正恩情報を流さないことと金正恩が姿を見せていないことにある。

トランプ米大統領は27日、ホワイトハウスで行った記者会見で、金委員長について「そう遠くないうちに、あなたたちはおそらく知らせを耳にするだろう」と語ったが、今週中にも金正恩委員長が姿を現さなければ、北朝鮮の混乱はさらに深まるだろう。

トップ画像:朝鮮民主主義人民共和国 国旗 出典:pixabay by Chickenonline


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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