ハリス氏、女性初の米大統領になるか
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
【まとめ】
・バイデン大統領候補が副大統領候補にハリス上院議員を指名。
・「病歴のデパート」バイデン氏に万一があれば大統領に昇格も。
・〝ハリス大統領〟なら対北政策変更も。氏の外交方針に注視を。
民主党のジョー・バイデン米大統領候補(77)は8月11日、自身の副大統領候補にカリフォルニア州選出のカマラ・ハリス米上院議員(55)を指名した。新型コロナウイルスの大流行により、すっかり影が薄くなっていた大統領選の本格始動を告げる出来事である。
しかし同時に、選挙戦におけるハリス氏の重要性はさほど高くない。なぜなら、現職のドナルド・トランプ大統領(74)に仕えるマイク・ペンス副大統領(61)を含め、大統領選挙において副大統領候補が有権者の投票行動を左右することは稀だからである。
また、バイデン前副大統領が次期大統領に選出されても、国民皆医療保険などのイシューで左派的な立場を表明し、バイデン候補と政見を異にするハリス氏の政策観が、既に打ち出されたバイデン氏の公約を覆すことはない。「バイデン政権」は、あくまでもバイデン氏の意向で動く。
▲写真 米民主党・バイデン大統領候補(前副大統領) 出典:Joe Biden for President: Official Campaign Website
だが、11月の選挙で「バイデン大統領」が誕生したと仮定した場合、政策決定面でハリス氏の影は薄いかも知れないが、潜在的に彼女は非常に重要な人物であり続ける。なぜなら、高齢のバイデン候補は基本的には健康であるものの、数々の身体上の問題を多く抱えており、任期半ばで倒れる可能性が高くないとは言えないからだ。
万が一、バイデン氏が死亡あるいは辞任した、さらに免職されたなど職務遂行不能に陥った場合には、米国憲法第2条第1節の規定により、「ハリス副大統領」が大統領に昇格する。黒人女性初の米大統領が誕生するだけでなく、バイデン氏の政策から離脱した、独自の内政・外交政策を実行に移してゆく可能性がある。
それは、「バイデン大統領」の対日外交や米中・米朝・米韓関係などに関する基本政策の変更につながる可能性もある。そのため日本人は、現状で次期大統領に選ばれる可能性が高いバイデン氏の健康上の懸念と、民主党内の大統領候補選でハリス氏が明らかにした外交方針などを頭に入れておく必要があるのだ。
疾病のオンパレード
ライバルのトランプ大統領はバイデン民主党大統領候補のことを、「寝ぼけたような活気のないジョー《Sleepy Joe》」と呼び、大統領の職務遂行能力に欠ける人物だと示唆している。
▲写真 トランプ米大統領はバイデン前副大統領をしばしば「Sleepy Joe(寝ぼけたような活気のないジョー)」と揶揄する。 出典:White House
だが、バイデン氏は自身の健康について昨年12月17日に、懸念を払拭する健康診断の結果を発表した。バイデン氏が副大統領であった2009年当時から主治医を務めるジョージ・ワシントン大学のケビン・オコナー医師が行った診断の所見によると、同氏は「健康で活気に満ちあふれた77歳の男性であり、大統領職と軍最高司令官の職務を成功裏に遂行する能力がある」と太鼓判を押している。
オコナー医師は、「バイデン氏の良好な健康は、禁煙や断酒、週に最低5日のエクササイズを欠かさないことに求められる」という。
バイデン前副大統領の既往症などについては、「1988年に脳動脈瘤が2個発見されたが、1回は破裂していない。これに後で前立腺肥大や胆石、非癌性大腸ポリープ、別名エコノミークラス症候群とも呼ばれる肺血栓塞栓症、深部静脈血栓症、さらに胃食道逆流症(胸やけ)、皮膚剥離も加わったものの、いずれも制御されており、現在の健康には問題がない」との見解である。
バイデン氏ほどの年齢の男性であれば、この程度の病歴は珍しくないのかも知れない。だが、保守派の『ワシントン・エグザミナー』紙が報じた別の医師のセカンドオピニオンは、政敵メディアの報道であることは差し引く必要があるものの、興味深い内容だ。
バラク・オバマ前大統領(59)のかかりつけ医を22年間務めたデイビッド・シャイナー医師は、オコナー医師の所見を精査した上で、「彼(バイデン氏)は健康な男性ではない」と断言した。「高齢からすると悪くはないものの、(オコナー医師のオピニオンのように)健康に優れているとは思えない。本当に病歴がすごいからだ」と手厳しい。事実、米メディアは健忘の激しいバイデン候補の認知症疑惑を報じ続けている。
さて、こうした中で「バイデン大統領」は、4年間の任期を務め上げられるだろうか。シャイナー医師は、「バイデン氏には多くの放置された健康上の問題があり、潜在的に心筋梗塞発生の恐れがある」と懸念する。事実、1988年に脳動脈瘤の1個は破裂し、バイデン氏は危うく命を落とすところであった。同医師は、「核磁気共鳴画像法(MRI)やコンピュータ断層撮影(CTスキャン)を見たい。また、過去に睡眠時無呼吸症候群があり、副鼻腔炎の手術を受けたこともあるため、睡眠時の診断結果も閲覧したいと述べた。
▲写真 民主党・バイデン大統領候補(前副大統領)とハリス副大統領候補(上院議員) 出典:Democratic National Committee
ハリス氏のアジア政策
このように、「病歴のデパート」のようなバイデン氏であるからこそ、不測の事態に対する心構えと対処は必須だ。
アジア政策に関して、外交経験を持たないハリス氏が民主党大統領候補予選に出馬していた際の発言を基に、簡単にまとめてみよう。
まず、中国の東トルキスタン(「新疆ウイグル自治区」)や香港の人権抑圧に関しては、「中国の人権状況はひどいものだ。この件に関しては、放置しない」と斬り捨て、中国の「不公正な貿易慣行」にも反対だ。しかし、民主党の目玉政策である地球温暖化対策などでは「協力できる」としている。
北朝鮮に関しては、「私はトランプ大統領のように北朝鮮の金正恩(朝鮮労働党委員長)とラブレター交換などしない」と宣言。「トランプ氏は、相手側から見返りなしに金正恩に宣伝上の勝利を次々と与えた」と批判し、「北朝鮮を疑いつつ非核化交渉を行う」「同国を核保有国として認めるつもりはない」と明言している。
ただし、「北朝鮮が真剣に非核化を進めるならば、限定的に北朝鮮人民に影響する経済制裁の緩和をしたい」とも言明した。
日本に関してハリス副大統領候補は多くを語っていないが、「米国は日本を含む同盟国との関係に投資することで強大になれる」としており、従来からの日本との同盟国関係を強化する考えがありそうだ。しかし、「米国の利益にならない通商協定には反対する」と繰り返し述べており、日米貿易に関して強面で臨む可能性もある。
まだハリス氏の外交観はよく知られておらず、副大統領に就任してもバイデン氏を支える立場から発言や行動を行っていくものと思われる。しかし、「バイデン大統領」に万が一のことがあれば、特に北朝鮮に関しては独自の政策を打ち出す可能性もあり、引き続き注視してゆく必要があるだろう。
トップ写真:カマラ・ハリス米民主党副大統領候補(上院議員) 出典:U.S. Senator Kamala Harris
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この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト
京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。