トランプ大統領3つの大統領令発出
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー【速報版】 2020#33
2020年8月10-16日
【まとめ】
・トランプ氏、TikTokとWe Chatへ取引禁止の大統領令を発出。
・中国企業と個人の国家情報収集活動に対する協力義務が問題の根底に。
・コロナ対策、法的根拠のない週400ドル給付を大統領令として発出。
今週は先週、先々週と大きく異なり、外交安保関係ニュースが豊作だった。中でも筆者が特に注目したのは、先週トランプ氏が立て続けに署名した3つの大統領令である。まずはIT関係から始めよう。この点については、今週のJapanTimesに英語のコラムを書いたので、お時間があればご一読願いたい。さて、本題に戻ろう。
ホワイトハウスは8月6日、米国で若者に人気のあるスマホ用アプリなどを運営する中国企業との取引を禁ずる大統領令を発出した。取引禁止となる中国企業と中国製アプリは、中国の北京字節跳動科技(ByteDance)の子会社が運営する動画投稿アプリTikTokと、中国の騰訊(テンセント)が運営するSNS「WeChat」の二つだ。同大統領令によれば、いずれのソフトも米国にとって「安全保障上の脅威」となるというのだが、果たして本当にそうなのか。実は筆者にも良くわからない。
恥ずかしながらTikTokは昨日初めて使ってみたが、面白いだけで直ぐ飽きてしまった。二十歳を過ぎた姪っ子によれば、「TikTokなんかもうやらない、あれは10代用のアプリだから」だそうだ。しかし、件の大統領令は、「TikTokは米国の個人・情報財産を収集し、中国共産党による個人の脅迫、米連邦職員の追跡、企業スパイ活動を可能とする恐れがある」などと大上段から断罪している。
▲写真 Tik Tok 出典:Pixabay; Nitish Gupta
おいおい、10代の若者用アプリでどうやって連邦職員の居場所を知ることができるかね。このように、トランプ政権のロジックにはよく分からない部分も多いのだが、まあ、半分は大統領選挙のキャンペーン、もう半分は米中覇権争いの新たなチャプターだと思えば、恐らく当たらずとも遠からずなのだろう。
問題の本質はTikTokやWeChatの機能ではない。全ては2017年の中国国家情報法第7条が規定する「中国企業と個人の国家情報収集活動に対する協力義務」なのだ。「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」、TikTokの創業者にはお気の毒としか言いようがない。あれだけ「非中国」企業になろうとしたのに、その努力は報われそうもない。
第三の大統領令は8月8日、トランプ氏が苦し紛れに出した新型コロナウイルス対策用の大統領令だ。今米国では、3月に始まったコロナ関連失業者に対する失業給付が先月末で失効したため、これを如何に継続するかにつき民主共和両党で交渉が続いている。民主党は週600ドル、共和党は200ドルを主張して譲らないのだ。
結局交渉は暗礁に乗り上げ、業を煮やしたトランプ政権が法的根拠のない週400ドル給付を大統領令で決めた。だが、予算の裏付けのない、つまり法律化されていない行政府による支出は厳密には違法行為だ。原稿を書いている今も交渉は止まったまま。これも、大統領選挙のキャンペーンの一環なのか。可哀想なのは失業者達である。
▲写真 コロナウイルス検査 出典:US Army
〇アジア
トランプ政権が台湾に厚生長官を派遣したのに対し、中国は空軍機を台湾側空域に派遣した。一方、香港では民主派運動家たちの拘束が今も続いている。北京の「誤算」が最も恐ろしいのだが・・・。
〇欧州・ロシア
「ドイツの軍・警察内部でネオナチ・グループが増殖中」という最近のNYT記事は深刻だ。旧東ドイツだけでなく、ハンガリーやポーランドなど旧東欧も同様らしい。しっかりしてくれよ、と言いたいぐらいだ。
〇中東
ベイルートでの大爆発は結局テロではなかったが、状況は反政府デモでテロ以上に深刻だ。国民意識の希薄な商人国家が遂に崩壊し始めたのか。極めて危険である。
〇南北アメリカ
先週もバイデン候補は副大統領候補を決められなかった。考えれば考えるほど、適任者がいないということか。しかし、バイデン氏に選択の失敗は許されない。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:10-16 出典:Flickr; The White House
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。