バイデン候補、弱みの歴史
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・バイデン候補、キノック党首の演説を何度も模倣した過去。
・バイデン氏の事実錯誤の連発から認知症疑惑も持ち上がった。
・米軍将校の言動を告げる美談もバイデン氏の記憶違い。
「なぜ私がキノック家の何世代ものなかで初めて大学へ行けたのか。なぜ私の妻が彼女の家族の歴史で初めての大学入学者となったのか」
「なぜ私がバイデン家のなかで初めて大学へ行けたのか。なぜ私の妻が彼女の家族のなかで初めての大学入学者となったのか」―――
この二つの言明は「キノック」と「バイデン」を交換すれば、まったく同じ表現だといえよう。実はこの一致がこれから本格化するアメリカ大統領選挙で話題となりそうなのだ。
同大統領選ではジョセフ・バイデン前副大統領が正式に民主党候補に決まった。共和党側も24日からの党大会でドナルド・トランプ現大統領を正式の候補に指名する。そして本番の選挙戦が火ぶたを切る。
この戦いではバイデン候補の過去の言葉の誤用が焦点の一つになることは確実である。バイデン氏には放言、失言や他者の言葉の盗用がこれまであまりに多かったからだ。共和党側はその点を突こうと手ぐすねをひいている感じなのである。
バイデン氏と言葉といえば、最初に大統領選に立った1988年の言葉の盗用が最も広く知られてきた。英語でいうとplagiarism (プレイジャリズム)、剽窃(ひょうせつ)、つまり言葉の盗用だった。公人にとってこの非難を浴びせられたときの重みは深刻となる。
バイデン氏は上院議員から大統領に立ち、その初期の演説の冒頭で上記の言葉を述べたのだ。だがすぐにその言葉はその数カ月前に当時のイギリス労働党のニール・キノック党首の演説と同じだったと指摘された。調査の結果、このバイデン演説にはそのほかにも多数のキノック演説の模倣があることが判明した。
▲写真 ニール・キノック氏(2007) 出典:Flickr; Olya & Richard
バイデン氏もすぐにその模倣を全面的に認めて、謝罪をした。だがこの盗用は時のアメリカ大統領選の冒頭に起きただけに大きな波紋を広げ、その後、長く「バイデン氏の剽窃」として記憶されることとなった。
バイデン氏はその率直でオープンな人柄で庶民的な人気は高い。「いっしょにビールを飲みたい政治家」というアンケートではいつも上位となる。だがその一方、言葉に関するトラブルが絶えなかった。
バイデン氏の2回目の大統領立候補の2008年にもトラブルが起きた。対抗馬のバラク・オバマ氏を評して「言語明快、聡明で清潔で見かけのよい初めての主流のアフリカ系アメリカ人だ」述べたのだ。とくに問題なのは「清潔(clean)」という言葉だった。これまでのアフリカ系アメリカ人、つまり黒人は清潔ではない、という意味が露骨だからだった。この言葉もバイデン氏はすぐに撤回し、謝罪した。
バイデン氏は3回目の2020年の大統領選立候補でも、黒人の一般有権者に向かって「あなたが私に投票しないなら、あなたは黒人ではないぞ」と述べて反発を生んだ。トランプ氏がもし「私に投票しないならば、あなたは白人ではないぞ」などと発言したら、民主党支持の大手メディアは天地がひっくり返るほどの勢いで糾弾を続けるだろう。
バイデン氏はこの言葉についても謝罪した。しかしバイデン発言がいま問題視されるのは実はこの種の明らかな放言や失言ではなく、事実関係の重大なミスである。
アメリカでのコロナウイルスの死者が12万だったときに、1億2千万と断言したり、自分がいまいる場所の州や集会所を間違えたりという種類の発言である。この種の錯誤の連発からバイデン氏への認知症疑惑がすでに広まったわけだ。
さて認知症をも懸念させる事実関係の大きな間違いという点ではバイデン氏の「アフガニスタン戦争体験談」が有名である。
バイデン氏は2019年8月ごろからのニューハンプシャー州での予備選関連の集会などでの演説で繰り返して、以下のような「体験」を語った。
「私は副大統領としてアフガニスタンでの戦争にかかわる米軍将兵の激励に行き、コナー地域での激戦を目撃した。その戦闘ではアメリカ海軍大佐が20メートルほどの深さの谷間に取り残され、敵の猛攻撃を受けている部下をロープを伝わって助けるのをみた。その後すぐに私はその海軍大佐に副大統領として銀星勲章を授与することになった。だが大佐は助けた部下が結局、死んだので、勲章を辞退しようとした。なんとすばらしい話ではないか」
米軍の勇敢で誠実な将校の言動を告げる美談だった。
ところがすぐにこの話の具体的な部分がほとんど事実と異なることが判明したのだ。
バイデン氏がアフガニスタンを副大統領として訪れたことはなかった。だからその戦闘での救出を目撃したという話にも根拠はなかった。バイデン副大統領が似たような戦闘での功労者に銀星勲章を与えたという記録もなかった。確かに似た戦闘はあったが、そこで部下の救出にあたったという軍人は海軍大佐ではなく陸軍士官だった。その士官もバイデン氏から勲章を受けたことはなかった。
だがバイデン氏は今回の大統領選キャンペーンでその同じ話を何度も繰り返していたのである。同氏はもちろん自分の「記憶の非」を認めた。
これから11月にかけての大統領選の終盤戦ではバイデン候補を立てた民主党陣営はトランプ大統領のほぼすべてを否定する戦闘的なキャンペーンを展開する構えを固めたといえる。対抗するトランプ陣営がこれまたバイデン氏の欠点、弱点を拡大して反撃することも確実である。その過程ではバイデン氏のこれまでの言葉のトラブルが大きく取り上げらえることもまた確実だといえよう。
トップ写真:バイデン候補 出典:Flickr; Gage Skidmore
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。