自民総裁選候補、外交に触れず
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー【速報版】 2020#37
2020年9月7-13日
【まとめ】
・総裁候補者の公約、日中、日露、日韓にほとんど言及せず。
・総裁選、ヒラの党員の一票と国会議員の一票との間に「格差」。
・米大統領選挙もまたバランスの取れた候補者が選ばれない。
8日に自民党総裁選が正式告示されるというのに、大多数の国民は既に結果を知っている。先月末の安倍総理の電撃辞任表明から僅か10日しか経っていないのに、日本の国内政治はもう新たなチャプターに突入した。これが政治だと言われれば身も蓋もないが、こうした流れの速さの底流で何が起きているかを知るのも重要だ。
まずは自民党総裁選から。東京発ロイターが外交安保に関する三候補の「公約」を簡潔に纏めている。これによれば、各公約は概ね次の通りだ。古今東西、この種の公式発言等を読む場合には、「何が書かれているか、語られているか」ではなく、「何が語られていないか」に注目することが必須だ。そうした観点から読んで欲しい。
菅官房長官:外交安全保障は日米同盟が基軸。「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)」を戦略的に推進、中国など近隣国との安定的な関係を構築、拉致問題に注力。
石破元幹事長:シェルターなどを整備、FOIPを継承・発展。日米関係の実効性高め、アジア版NATOを創設。東京と平壌に連絡所を開設、拉致問題解決を目指す。
岸田元外相:科学技術や文化・芸術などソフトパワーを活用、国際社会で進む分断を協調へ変えていく。持続的な開発目標をはじめ、国際社会のルール作りを主導する。
うーん、三者三様だが、なんだか良く分からない。一つだけ分かることは、日中、日露、日韓についてほとんど言及がないことだ。ある意味、これらはいずれも安倍外交の「積み残し案件」なのだが、本当はこれらについて踏みこんだ議論が必要ではないかと思う。今後の討論会等で自民党内の議論が深まることを期待したい。
▲写真 ポスト安倍の1人、岸田元外相 出典:外務省HP
今回もう一つ気になったのが、自民党の総裁選のあり方だ。今回は任期満了ではないので、党員投票は行わず、国会議員票(衆参両院議長を含めない)394票と都道府県代表票141票の計535票で行うことが決まった。一部には、これでは党員の意思が十分反映されないという批判もあるという。だが、この議論も良く分からない。
任期途中での総裁辞任で簡易形式の総裁選が行われるのは12年ぶりだというが、問題の本質は別にある。そもそも、この「党員選挙」「予備選挙」なるものは、同じく予備選挙をやっている欧米諸国と比べても、実に摩訶不思議である。この制度、構造的にヒラの党員の一票と国会議員の一票との間に驚くべき「格差」があるからだ。
自民党の党員数は1991年で公称約547万人だったがその後減少に転じ、2001年に200万人を割り、2009年には結党以来初めて100万人を割ったそうだ。最低は2012年の約79万人だったが、2016年には100万人の大台を回復したという。だが、国会議員も党員なのだから、議員票もこの100万票の一部という見方も成り立つ。
例えば、米国大統領選挙の予備選では、連邦議会議員や知事も一党員に過ぎず、一票の価値は平等だ。実は、米民主党にこれらの党幹部を「スーパー代議員」とする制度もあるのだが、決して評判が良い訳ではない。日本の自民党だって、筋論から言えば、百余万の党員が平等に総裁を選ぶのが最も理に適っていると思うのだが。
他方、党員による完全予備選挙が常にベストとは限らない。最近の例でも、米国民主共和両党の予備選挙は本来の趣旨を逸脱している。元々は「党幹部による密室政治」の打破が目的だったが、次第に一部強硬派活動家による予備選挙の「占拠」が常態化し、バランスの取れた候補者が選ばれないという弊害が出てきたからだ。
これに比べれば、現在の自民党内の議論はまだ健全なのかもしれない。党員票を394票にするか、3X47=141票とするかの違いであって、100万党員全員に平等な一票を、ではないからだ。万一そうなれば、今の自民党は完全に変質する。一般国民は民族主義・大衆迎合主義の強硬派が跋扈する政党など支持しないだろう。
最後に米大統領選について。2016年と2020年の比較を書こうと思ったのだが、ここで紙面が尽きてしまった。要するに、全国レベルでどちらの候補が何%リードしているか知ってもあまり意味はない。特定の州ごとに、白人労働者層、郊外の女性票、非白人層の人口動態などにつき詳細な分析が必要だからだ。この続きは次回書こう。
〇 アジア
金正恩委員長は台風の被災地を視察、対策の不備を認め、現地の党幹部を解任し、党員向け公開書簡で復旧支援を呼びかけたそうだ。可哀想な地方党幹部たち。
▲写真 金正恩委員長 出典:ロシア大統領府
〇 欧州・ロシア
ベラルーシで大規模デモが4週間続き、6日首都ミンスクでは10万人超が参加したという。この我慢比べ、背後に誰がいるか知らんが、かなり長引きそうだ。
〇 中東
どうしたことか、中東からのニュースが途切れがちだ。アラブ首長国連邦に次いでイスラエルと国交正常化に反対する勢力も追随する国も、ないということなのか。
〇 南北アメリカ
トランプ候補は戦没兵士や戦争捕虜を「お人好しの負け犬suckers and losers」と呼んだそうだ。それならイラク戦争後のバグダッドに赴任した筆者だって負け犬だ。
〇 インド亜大陸
インドのCOVID-19感染者が増え続けている。このままでは世界一になるかも。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:安倍総理記者会見 出典:首相官邸Facebook
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。