総裁選候補の公約ここが問題!
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・菅氏、「消費税10年上げない」は無責任。
・岸田氏、「ソフトパワー外交」の意義がよくわからない。
・石破氏、「連絡事務所開設」で金正恩の思うつぼ。
自民党総裁選を9月14日(月)に控え、12日(土)には日本記者クラブで3候補討論会が開かれたし、13日(日)朝のテレビの政治討論番組などでも3候補が自身の信条や政策について述べた。
自民党の中の選挙であり、政策にさして大きな違いはないだろう、と皆さんお思いだろうが、良く各候補の発言を聞いてみると、意外と差が浮き彫りになってくる。各候補の問題だと思う点を上げてみる。
■ 菅氏:「安倍路線継承」で大丈夫か?
▲写真 菅義偉官房長官 出典:菅義偉総裁選特設サイト
まず、菅官房長官。9月10日の民放テレビ番組で「行政改革は徹底して行った上で」と断わりはしたが「国民のみなさんにお願いして消費税は上げざるを得ない」と断言した。消費税を上げずに財政健全化が保てるとは誰も思っていないが、時は総裁選の最中だ。メディアはこぞって「菅氏、将来の消費増税容認」と書くに決まってる。これは失敗だった。
早速、菅氏は火消しに追われることになる。翌11日午前官邸の定例記者会見で、「安倍首相はかつて今後10年くらい上げる必要ないと発言した。私も同じ考えだ。昨日お答えしたのはあくまでもその先のことを念頭に置いた話だ。今後も当面は新型コロナ対策、さらには経済の再生に全力で取り組んでいく」と釈明した。(官房長官会見2020年9月11日午前)
筆者が問題とするのは、「今後10年くらい上げる必要ない」という部分だ。元は安倍首相の発言だが、10年という期間に何の根拠も無い。10年間消費税を上げずに済めばそれに越したことは無いが、行財政改革が進まなければ、消費増税の議論は必ず出てくる。
「10年上げる必要なし」という発言は無責任であり、今後の政策の自由度を縛ることになる。安倍首相も言葉が上滑りする傾向があったが、菅氏もこうしたリスク管理の甘い発言を繰り返すのではと懸念される。
そして何より、前記事でも指摘したが「安倍路線の継承」を謳っている時点で菅氏の経済政策には期待出来ない。
■ 岸田氏:売りは何なのか?
▲写真 岸田文雄自民党政調会長 出典:岸田文雄総裁選特設サイト
書くことに困るのが岸田氏だ。自民党の政調会長であり、かつて外相(一時は防衛相兼務)だった人物としては、あまりに政策が見えてこない。今回、自ら「発信力不足」と認めた。岸田氏の謙虚さ、と受け止めたいが、今更そんなことを言われても困るのは国民だ。
外交では、「科学技術、文化芸術等の日本が誇るソフトパワーを活用して国際社会における「分断から強調へ」を進めると共に、SDGsをはじめ国際社会におけるルール形成、核軍縮・不拡散を主導します」とHPの公約にある。
余りに漠としていて何をしたいのか分からない。「日本が誇る」ソフトパワーを活用するというが、国が鳴り物入りで作った官民ファンド「海外需要開拓支援機構」(クールジャパン機構)が全く上手くいっていないのは周知の事実。そもそも政府がソフトパワーの海外進出にどれだけのことが出来るのか、との疑問は当初から出ていた。
思うに、「ソフトパワー」は国が推進するものでは無く、民間が考えるべきものだ。日本のブランディングをより一層高めるには、地道な民間企業の努力と、なにより“時間”が必要なのは衆目の一致するところだ。岸田氏の「ソフトパワーと国際社会のルール形成、核軍縮・不拡散」というロジックが全くわからないのは筆者ばかりではあるまい。
どのような外交を目指すのか、安倍外交との違いはなんなのか、見えてこない時点で既に不安になる。
■ 石破氏:拉致問題解決するか?
▲写真 石破茂元幹事長 出典:さかおり
その点、今回総裁の目が無いに等しい石破氏は思い切りがいい物言いが目立つ。コロナ特別措置法は改正すべき、「森友学園」問題は再調査する、(新政権発足後直ぐにあると噂される)衆院解散・総選挙に反対、と、スタンスが明快だ。
外交でも岸田氏と比べ、石破氏のそれは具体的だ。総裁選特設サイトを見ると、「アジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設」が目を引く。
実はこの構想、石破氏の持論でもある。米、ニュージーランド、豪州のANZUS同盟を念頭に、それに多くの国が参加して集団安全保障のシステムを構築する、というものだ。
これに菅氏は反中包囲網になる、と反対したが、米中の軍事バランスが過去のものとは大きく変容していることや、習近平政権の露骨な拡大主義を見れば、日米同盟だけで日本の安全保障を守りきれないのは明白だ。こうした問題提起が他の2候補から出てこないのは残念だ。
ところで石破氏は、北朝鮮による日本人拉致問題で「東京と平壌に連絡事務所を開設して拉致問題の解決を目指す」としている。
しかし、「連絡事務所」による合同調査は、「被害者死亡の確認作業」に終わる可能性が高い、との懸念が出ている。横田めぐみさんらの死亡を通告してきている北朝鮮が、合同調査を通して今更生存を認めるとは到底思えない。むしろ、日本側がこれまでの北朝鮮の主張を認めざるを得なくなる危険性がある。
▲写真 金正恩朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領 2018年6月12日新馬ポールにて 出典:facebook : White House Official White House Photo by Shealah Craighead)
北朝鮮は圧力でしか折れないことはこれまでの経緯で明白だ。トランプ大統領の“脅し”によって金正恩が初めて対話の場に現れたことがそれを証明している。米朝の対話に一枚噛むことすら出来なかったことは日本にとって痛恨の極みだ。次期総理には、アメリカの圧力を最大限利用して拉致被害者を奪還するという胆力を持った人になってもらわねばならない。
「連絡事務所」にこだわり続けるのなら、到底、拉致問題解決は無理だろう。
明日14日には次期首相となる自民党総裁が決まる。私たちも無関心でいるわけにはいかない。
(了)
トップ写真:自民党総裁選候補 右から岸田文雄氏、菅義偉氏、石破茂氏 出典:自民党
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。