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.国際  投稿日:2020/10/22

菅首相初外遊 無難な滑り出し


   

 宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#43

2020年10月19-25日

【まとめ】

・日本と良好な関係にある東南アジアを舞台にした菅外交の無難な滑り出し。

・インド太平洋構想で、法の支配や自由などの基本的な価値観の共有を確認。

・国際ルールを無視し、覇権主義的な行動を続ける中国の動き。

 今週も掲載が通常より遅れてしまった。理由は多々あるが、菅首相の初外遊(この言葉も考えてみれば変な表現だ)の結果を見たいという気持ちもあった。首相の海外出張については先週書いたので、ここでは繰り返さない。一日待ったことが幸いしたのか、既に一部本邦日刊紙が社説を書いている。ここで若干コメントしてみよう。

 毎日新聞は「アジア外交進めるてこ(梃子)に」、日経新聞が「東南アジアと信頼関係深めよ」、産経新聞は日本出発前に「平和と繁栄へ声そろえよ」という見出しをそれぞれ付けている。三者三様の社説だが、基本的には毎日が書いた通り「日本と良好な関係にある東南アジアを舞台にした菅外交の無難な滑り出しといえる」だろう。

 筆者が特に注目したのは、讀賣新聞がハノイでの政策スピーチに触れたことだ。「菅首相はハノイでの演説で、ASEANが昨年まとめた独自のインド太平洋構想について、『多くの本質的な共通点を有している』と語った。法の支配や自由などの基本的な価値観を共有していることを確認した意義は大きい。」うんうん、この視点は重要だ。

▲写真 菅首相のベトナム訪問 出典:首相官邸HP

 更に、讀賣社説は南シナ海情勢について、「法の支配や開放性とは逆行する動きが起きている」と述べ、名指しを避けつつ中国を牽制した。国際ルールを無視し、覇権主義的な行動を続ける中国の動きは容認できない。日本は米国や関係国と緊密に連携し、中国に粘り強く自制を求めねばならない」と指摘している。筆者もほぼ同様の観点から今週のJapanTimesにコラムを書いたので、お時間があればどうぞ。

 だが、今週筆者が最も注目したのは、同じASEANでもタイ内政の混乱だった。報道によれば、「タイの反政府グループは20日、バンコク首都圏の都市鉄道の全駅に同日午後5時50分に集結するよう呼びかけた。首相退陣、民主的新憲法制定、王室改革、民主活動家の釈放などを要求し、政府が要求を受け入れない場合は『ビッグサプライズ』がある」とし、混乱はタイ全土に広まりつつあるという。

 毎度のことではないか、という向きもあるだろう。確かにそうだが、今回筆者が懸念するのは「タイ王室」が果たす役割の変化だ。東南アジアは専門ではなく自信はないのだが、従来タイではエリートの既得権層と一般大衆との間の緊張が高まる度に国王が節目節目で介入し国内安定に向け一定の役割を果たしてきたと理解している。

 ところが今回は反政府勢力の要求の中に「王室改革」が入ってしまった。逆に言えば、今や王室は国内の様々な政治勢力から一定の距離を置ける中立的存在ではなくなりつつあるかもしれないのだ。タイはASEAN諸国の中で最も重要な国の一つである。同国の安定は地域全体の安定に不可欠だけに、ちょっと気になるところだ。

▲写真 タイ反政府デモ    出典:MSN

〇アジア

ロシアの情報機関が東京五輪・パラリンピックの関係団体にサイバー攻撃をしていたと英政府が発表した。ロシアは全く変わっていないようだが、米国では日本以外の国々への攻撃が大きく報じられている。日本の場合、対象は主催団体やスポンサー企業だったらしいが、国家安全保障に直結する問題であれば実に由々しいことだ。

〇欧州・ロシア

アルメニアとアゼルバイジャンの首脳が、両国軍の戦闘が続くナゴルノカラバフについて協議するためモスクワで会談する用意があると表明したそうだ。うーん、ロシア外交も強かだなあと言わざるを得ないが、本当にその程度の会談で問題が解決するのかといえば、それは無理だ仮に停戦に合意しても、長続きはしないだろう。

〇中東

 最近イランの動きが気になるところだが、イランについて現役の在テヘラン外交官が「抵抗か協調か、イランの民意を左右する米大統領選」と題した小論を寄稿している。いくら専門家とはいえ、在外勤務の日本の現役外交官がネット上に文章を書くなんて、これは滅多にないこと。一読に値すると思うので、ここにご紹介しておきたい。

〇南北アメリカ

 退院後のトランプ氏が連日吠えている。これを断末魔の叫びと見るか、一発大逆転の兆しと見るかは、人によって異なるだろう。筆者には2016年の苦い思い出がある。「逆張り」するのは簡単だが、我々は競馬の予想屋ではない。だが、バイデンが大差で勝たなければ、米国の民主主義は変質していく。筆者の最大の懸念はここにある。

〇インド

 インドが、毎年日米と行う合同海上演習今年はオーストラリアが参加すると発表、その大義名分は「インドは海上安全保障分野で他国との連携強化を進めており、オーストラリアとの防衛協力拡大を踏まえ、2020年のマラバールには豪海軍が参加する」ということらしい。なるほど「クアッド」はかなり着実に進んでいるようだ。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ画像  日・インドネシア首脳会談   

出典:首相官邸HP




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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