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.国際  投稿日:2022/9/26

米中対立とASEANの立場


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・豪シンクタンク:「ASEANは、中立・内政不干渉の立場を崩すことはない」。

・タイの学会:「ASEANは米中の間で“均衡”を保つ必要があり、米の影響力増大を歓迎するも、米の軍事プレゼンスを望んでいる訳ではない」。

・インド太平洋地域に対する米国の影響力不足は否めない。米国の学者は、米軍に対し平時の準備態勢を改善するよう求めている。

 

よく知られているように、近年、中国は軍事力を増強し、南シナ海を“我が領海”と主張している。そのため、米中は東南アジア諸国(以下、ASEAN)で鋭く対立するようになった。

ここでは、まず、昨2021年7月、『The Interpreter』に掲載された「米中対立:ASEANにとって何が重要なのか?」(a)という優れた論考の一部を紹介しよう。

(以下、引用)

対ASEAN外交については、イデオロギー(特に、民主主義)の偏重は効果的なアプローチとは言えない。ASEANは、米中対立を「民主主義国家」対「権威主義国家」の係争とは捉えていないからである。

なぜなら、この2大国間の紛争で敗者となるのは、中間に位置する小国、特に紛争地域となる弱小国である。

インド太平洋地域の安定と安全に関して、ASEAN諸国は、米中が“忠誠心”と引き換えに安全保障を約束することに対し、警戒心を持つようになった。したがって、ASEANは“中立・内政不干渉”の立場を崩すことはないだろう。

ASEANは、イデオロギーの強調には懐疑的であり、それがASEAN加盟国の国際関係を決定する要因になるとは限らない。

例えば、社会主義のベトナムが中国と緊張関係を続けているが、民主主義の日本とは協力関係を強めている。同様に、フィリピンは、米国と歴史的なつながりがあるにもかかわらず、ワシントンとはついたり離れたりする“シーソー・ゲーム”を続けている。

ASEANの市民は、開発と社会福祉を実現するための政府の能力と有効性について、多くの関心を寄せている。他方、総じて、ASEANが必要としているのは、主要国からの援助である。新型コロナの被害から生き残り、コロナ流行前の状況に回復する事が、当面、ASEANの中心課題となるだろう。

(引用おわり)

次に、近頃、タイの学会(ランシット大学中国・タイ協力交流センター)が「中国の役割と新世界秩序」というシンポジウムを開催(b)した。その中では、ASEANが今後の世界情勢の変化に適応していくための方向性が示されている。

(以下、引用)

基本的に、ASEAN諸国は米中の間で“均衡”を保つ必要があるだろう。したがって、この地域における米国の影響力増大を歓迎している。だが、だからと言って、ASEANはインド太平洋戦略の下での日米印豪の「QUAD」や米英豪の「AUKUS」のような戦略的安全保障に焦点を当てた軍事プレゼンスを望んでいる訳ではない。

他方、中国は常に「ウィン・ウィン」外交の原則を掲げているが、「弱肉強食」・「大魚が小魚を食べる」という伝統的な戦略感覚から脱却できていない。

また、中国はたとえ「国際ルール」があっても、「核心利益」については一歩も譲る気がない。南シナ海や台湾問題に対する北京の態度を見ればわかるが、絶対に「核心利益」は守るという考え方がはっきりしている。

会議の中で、地域大国・中国に対して、ASEAN各国は「中国と共存しながら、自分の立場を貫く」というベトナムの元外交官の原則が引用されている。

(引用おわり)

これが、ASEANの現実なのではないだろうか。

実際、既存の世界秩序は、深刻な問題に直面している。しばしば、米国は中国が国際ルールを破っていると非難する。だが、米国の対中貿易戦争・半導体戦争などによって、米中両国こそが世界を「無秩序」な状態へと進化・発展させている面も否定できないだろう。

▲写真 米-ASEANサミットで演説する米ハリス副大統領(2022年5月13日、米国・ワシントンDC) 出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images

中国は、世界に対し「中華秩序」(かつてジョン・フェアバンクが唱えた「中国的世界秩序」の拡大版)の支持を求める。しかし、米国はこれを受け容れない。そのため、米中超大国間の対立が表面化し、世界に不確実性をもたらしている。一方、中国は米国の世界的支配を受け容れず、ロシアと共に新しい世界秩序を形成するよう協力し合っている。

ところで、地政学的に、インド太平洋地域に対する米国の影響力不足は否めない。そこで、米国の多くの学者が、インド太平洋地域における中国の“挑戦”に対処するため、米軍に対し平時の準備態勢を改善するよう求めている(c)。

ある研究者は、米軍は中国との競争に対処するための準備が十分ではないと主張する。米国の政策立案者は常備軍の平時訓練を強化し、戦時のギャップを埋めるため、同盟国間で情報を共有するシステムを確立すべきだと提言している。特に、平時において、米国は同盟国と一緒に共通の相互研究システムに統合する方法を見つける事が、軍隊の創造性を豊かにするのに役立つのではないかと指摘している。

確かに、米軍と同盟国の協力が効果的であればあるほど、統合された戦争遂行能力を向上させることができるだろう。

ちなみに、今年2月、ホワイトハウスは、米国のインド太平洋戦略に関して、同盟国を時代とともに再調整するという方針を打ち出した。そして、新しいパートナーシップを強化しながら、中国との競争に向き合って行くと強調している。

 

〔注〕

(a)「The Interpreter」(2021年7月22日付)

US-China rivalries: What matters for ASEAN | Lowy Institute

(b)『rfi』「タイ学界:中国の役割と新世界秩序」(2022年4月9日付)

泰学界:中国角色与新世界秩序- 曼谷专栏

(c)『RFA』「米国の学者:平時の準備態勢を改善し、中国の課題に対応」2022年9月22日付)

美学者:提高和平时期备战能力 应对中国挑战— 普通话主页

トップ写真:米豪印日の共同軍事訓練「マラバール」(2021年10月13日) 出典:米海軍




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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