ミャンマー和平が最大の課題 【2023年を占う!】東南アジア
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ミン・アウン・フライン国軍司令官が率いる軍政はASEANとの「合意」受け入れを頑なに拒否。
・2023年もこの状態が継続する限り、ミャンマー問題の根本的解決は難しく、ASEANにとって「足かせ」になる。
・軍政が来年予定している民主的選挙の実施は困難で、戦闘状態が今後も続き、市民の犠牲、人権侵害が増え続けるだろう。
東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟の10カ国は2022年にフィリピン、マレーシアで新政権が誕生して新たな時代へ踏み出した一方で、域内最大の懸案事項であるミャンマー紛争への対応が行き詰まっており、今後どう対応するのかが焦点となる。
また実質的な軍事政権が続いているタイでは2023年3月に下院が任期満了を迎えることから総選挙が実施される見通しだが、プラユット首相を支える政権与党への逆風もあり予断を許さない状況となっている。
さらにインドネシアでは2024年の大統領選に向けて2023年10月には選挙運動が始まることからすでに水面下では選挙活動が始まり、各政党による合従連衡の動きが今後本格化するなど活発になることが予想されている。
■ミャンマーがASEANの足かせに
2021年2月1日にアウン・サン・スー・チーさん率いる民主政権をクーデターで転覆させ、政権を奪取した軍は民主政府メンバー逮捕するなどの弾圧を続けスー・チーさんは複数のいわれなき容疑で身柄を拘束され裁判の被告となっている。
武装市民組織による軍との戦闘、ゲリラ活動は全国に拡大し、国境周辺の少数民族武装勢力とともに軍との戦いを続けている。
国連や欧米諸国のミャンマー制裁と一線を画しASEANは地域連合として独自の和平・調停に乗り出してきたものの、ミン・アウン・フライン国軍司令官が率いる軍政はASEANとの「合意」受け入れを頑なに拒否しており、ASEANの活動は行き詰まり状態となっている。
11月にタイ・バンコクで開催されたASEAN首脳会議でもミャンマー軍政の代表を招かず、「満場一致」「内政不干渉」を原則とするASEANはミャンマーを排除して和平の道を探るというまさに「ミッション・インポッシブル(不可能な使命)」状態に直面している。
2023年もこの状態が継続される限りミャンマー問題の根本的解決は難しく、ASEANにとって「足かせ」となっている。
軍政は2023年中に民主的選挙を実施するとしているが、全国の治安が不安定のままではいくら官製選挙といえどもその実施には困難が付きまとう可能性が高く、戦闘状態が今後も続き、一般市民の犠牲、人権侵害が増え続けることになるだろう。
★タイ総選挙は不確定要素多く不明
ミャンマーと国境を接し、実質的な軍政状態にあるタイはプラユット首相の独裁的政権が続いている。
ただ国民の支持は野党である「タイ貢献党」が東北部などの農村地帯では強く、政権の不安定要素となっている。
「タイ貢献党」はプラユット氏によって2014年に失職したインラック前首相とその兄タクシン元首相が率いた政党で海外滞在中のインラック、タクシン兄妹と連絡を取り合って政権打倒策を練っているともいわれている。
このほど実施された首都バンコクの知事選やバンコク都議選でタクシン派が躍進するなどしており、プラユット首相は総選挙後の政権維持に与党連合で圧倒する方策を探っているという。
タイ総選挙は下院(定数500、任期5年)が2023年3月23日に任期満了となり、そうなれば5月7日の投票が予定されており、反タクシン、反軍政のデモなどが再び激化する可能性もあり目が離せない年となりそうだ。
■大統領に向けて各政党動き出す
インドネシアでは2024年2月の大統領選に向けてすでに各政党が動き始めている。各種世論調査でトップを争う最大与党「闘争民主党(PDIP)」のガンジャル・プラウォノ中部ジャワ州知事、「グリンドラ党」党首のプラボウォ・スビアント国防相、アニス・バスウェダン前ジャカルタ特別州知事らが具体的にあるいは水面下で多数派工作や他党との連携を探っている状況だ。
インドネシアは首都移転や高速鉄道建設などの巨大プロジェクトも抱えており、閣僚が大統領選に集中する中、3選禁止規定で出馬できないジョコ・ウィドド大統領のレームダック化への懸念も潜在している。
このように2023年の東南アジアはミャンマーという「厄介」な問題の解決への道筋をなんとか見出そうとしながらもミャンマーの最大の後ろ盾である中国への配慮、忖度をみせるラオス、カンボジアとミャンマー強硬派のシンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどとの温度差をいかに解消するかも喫緊の課題となる。
そうしたASEANとしての課題と同時にタイやインドネシアは選挙を巡る年となる一方で新政権が誕生したマレーシア、フィリピンはそれぞれアンワル首相、マルコス大統領による政権運営の手腕で社会の安定、経済の回復、コロナ対策などがどこまで進むかも注目されており、目が離せない2023年となりそうだ。
写真:抗議デモで、アウン・サン・スー・チー氏の画像を使ったプラカードを掲げる仏教僧たち(ミャンマー ヤンゴン 2021年2月13日)
出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。