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.国際  投稿日:2021/7/20

東南アジアで中国製ワクチン有効性疑問


大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・東南アジア各国がワクチンを中国製から米英製に切り替え。

・中国製ワクチンの接種を受けた医療関係者の感染者が増加。

・中国からワクチン提供を受けたインドネシアでは在留外国人の退避が相次ぐ。

 

東南アジア諸国連合(ASEAN)各国で使用されている中国製のコロナウイルスワクチンに対して、その有効性、安全性への疑問が広がっている。このため中国製ワクチンの接種を取りやめたり、米英のワクチンへの切り替えを進めたりという動きが顕著になりつつある。

中国は感染拡大予防のために東南アジア各国に対して感染拡大当初の早い時期から中国製ワクチンを積極的に各国に供与する「ワクチン外交」を展開、インドネシア、ミャンマーなどの国には中国の王毅外相が直接訪問してワクチン提供を申し出たりした。

東南アジアだけでなくアフリカや南米などに対しても中国は「人道支援」を唱えて「ワクチン外交」を展開してきたが、根底にあるのは習近平国家主席が独自に進める「一帯一路」構想に基づく、中国側への取り込みを意図したものとされている。

欧米や日本では中国製ワクチンの安全性が確認できないとして米英が開発したワクチン接種を進めている。中国当局は自国製ワクチンの詳細な情報公開をしていないとされ、提供を受けた国は独自に検査、研究機関でその有効性、安全性を確認した上で使用を認可、接種に踏み切っている。

 

インドネシアで医療関係者感染相次ぐ

こうした中でインドネシアでは2020年の感染拡大を前に中国から提供されたワクチンを医療関係者に優先接種したのだった。しかし2021年6月以降、中国製ワクチンを接種した医療関係者の感染が拡大し、感染死する医師や看護師が増えだした。その数は感染した医療関係者約300人、そのうちの感染死者が10人となっている。

こうした現象はインドネシアだけでなく、マレーシアやタイでも報告されており、米紙「ニューヨーク・タイムズ」は6月22日に「中国ワクチンに頼った国は今感染拡大と戦っている」との記事を掲載して、中国製ワクチンの有効性、安全性に疑問を投げかけた。

インドネシアでは中国製の「シノバック・バイオテック」「シノファーム」製の2種類が国民の多くに接種されているが、このうち「シノバック社製」を接種した医療関係者に感染が広がっているとして、「ワクチンの中身は水ではないか」とか「死のバックワクチン」などと東南アジア各国から陰でささやかれ、中国製ワクチンの接種を躊躇する動きも出ている。

こうした動きに加えてインドネシア政府は7月13日、これまで中国シノバック社製のワクチン接種を終えた医療関係者約147万人に対して、「流行が著しいインド株に対応するため」として3回目の接種として米モデルナ社製ワクチンを接種する方針を明らかにいている。

インドネシアではこれまでに確保したワクチンの総数は1億2274回分でそのうち中国製ワクチンは約1億回分に達しているといい、依然として中国製が中心の接種となっている。

写真)墓地でCovid-19による死者を埋葬する様子 インドネシア、ジャカルタ2021年7月18日
出典)Photo by Oscar Siagian/Getty Images

 

マレーシア、タイも中国製に懸念

7月15日、マレーシア政府は全土で中国製ワクチンの接種を中止する方針を明らかにした。アドハム・ババ保健相はケランタン州政府が中国製「シノバック」ワクチンの接種を停止するとの方針を受けて「いずれ全国での同ワクチンの接種を停止することになる」との姿勢を明らかにした。

その理由に関しては「ファイザー社製など他のワクチンが十分に確保できそうだから」として、中国製ワクチンの有効性や安全性への疑問を明確にはしなかったものの、国民の多くは「中国製ワクチン接種への不安」を抱えていることが背景にあるのは間違いないとみられている。

タイは7月17日に1日の感染者数が初めて1万人を超えた。政府はバンコクに「ロックダウン(都市封鎖)」「夜間外出禁止令1を出すなど強力な感染防止策を講じている。その一方で、これまでに1回目に中国製ワクチンの接種を受けた国民に対して2回目接種をアストラゼネカ社製ワクチンに変更して受ける計画であることを明らかにした。

これは中国製ワクチンを2回接種した看護師が感染死したことを受けて中国製ワクチンの有効性に疑問が生じたためと言われている。

 ベトナムも南部の中心都市ホーチミン市を中心に感染拡大が続いており、特にこれまでのワクチンの効き目が薄いとされるインド株による感染拡大が深刻化しているという。

 

親中の国は中国製ワクチン頼り

一方でカンボジアやラオスなど「親中国」とされる国では依然として中国製ワクチンの接種を積極的に国民に推奨している。約99万回分の提供を受けている。両国では中国製ワクチンへの不安や不信は政府による「言論統制」の影響もあり、今のところ公には伝えられていない。

ラオスはこれまでの感染死者数は、公式発表では4人となっているが、カンボジアは1000人を超えている。

中国系国民が多いシンガポールは、そもそも中国製ワクチンに関しては「信頼できる有効性に関するデータがない」として国民の接種に関する公式データには「希望して接種した中国系住民や在留中国人」を含めていない状況だ。

 

日本政府もワクチン提供で支援

インドネシアはさらなる中国製ワクチンの導入を進める一方で7月1日には日本政府から英アストラゼネカ社製ワクチン100万回分の緊急提供を受けた。そして7月に入ってファイザー社製ワクチンの使用を緊急認可して、複数のワクチンで国民の接種希望に応えられる数の確保を進めている。

同じように日本からアストラゼネカ社製ワクチンの提供を受けたのはフィリピン(100万回分)、タイ(105万回分)となっており、フィリピン、タイでも中国製ワクチンから米英のワクチンへの移行が進んでいる。

 

在留外国人の脱出相次ぐ インドネシア

こうした過酷な状況の中、インドネシア在留の外国人の「脱出・避難」も始まっている。日本人に続いて韓国や台湾、ベトナムも自国民のインドネシア退去を進めている。

またその一方、感染拡大でいまや東南アジアだけでなく世界で深刻な感染国になってしまったインドネシアからの入国を制限する国も出てきている。

これまでにサウジアラビア、アラブ首長国連邦、オマーン、台湾、香港がインドネシア人の入国を原則禁止し、近くフィリピンも制限に踏み切るという。

 このように在留外国人の脱出、インドネシア人の入国制限と「孤立」するインドネシアだが、ジョコ・ウィドド大統領は相変わらず地方で続くワクチン接種を視察するのが主な仕事となっており、閣僚からも「コロナ対策に全力を挙げている政府を信用するように」と唱えるだけで、ロックダウンや夜間外出禁止令などの徹底的な感染防止策には踏み切れない状況が続いており、感染拡大を必死に防止するという姿勢はみられない。まさに「命に関わる危機」がインドネシア国民に差し迫っているというのに。

トップ写真)プランバナン寺院群でのドライブスルーで中国Sinovac Biotech 社製のワクチンの投与を受けるジャワの伝統的な衣装を着た男性 
インドネシア、ジョグジャカルタ2021年4月5日
出典)Photo by Ulet Ifansasti/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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