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.国際  投稿日:2020/12/21

〝焼き音すれどステーキ出ず〟のバイデン 【2021年を占う!】米国


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・バイデンは演説は立派だが、政策構想力と決断力に乏しい。

・元政権同僚が回顧「彼は40年間、外交安保政策で判断誤ってきた」。

・日本政府はバイデンの〝はしご外し〟に常に備え、収拾策の用意を。

2021年1月20日に、アメリカで民主党バイデン政権が誕生したとき、その対外政策はどのように展開されていくか。またその中で日本はいかなる政策を取るべきか。

まず、ジョー・バイデンという人物の特徴を押さえておく必要がある。

かつてソ連崩壊を実現するに当たって主導的役割を果たしたロナルド・レーガン大統領は、バイデン上院議員(当時)について、日記に次のように記している(1987年6月15日)。

「(政権幹部らと)今、大統領選に出馬しているバイデン上院議員について若干話した。昨晩、ハーバード大学のジョン・F・ケネディ・スクールで彼が話している様子をCNNで見た。弁舌さわやかだが純粋なデマゴーグだ。レーガン・ドクトリンからアメリカを救うため立ち上がったそうだ」

鋭い観察である。果たして、その後バイデンが、「弁舌さわやかだが純粋なデマゴーグ」から脱したと言えるか。

国際政治が、アメリカを中心とする自由主義陣営と中国共産党政権(以下中共)とが本格的に対立する「新冷戦」時代に入ったいま、バイデンの対中姿勢は、彼のかつての対ソ姿勢と変わらないのではないか

バイデンの認識においては、ソ連崩壊といった「かなわぬ夢」を描いて締め付けを強めるレーガン的行き方は、危険きわまりない冒険主義として排されねばならない。安定を旨として、2国間交流を深め、半永久的な平和共存の枠組を目指す、いわゆるデタントの立場こそが正しい。

しかしデタントには重大な欠陥があった。「パートナー」たるソ連は一向に侵略主義を捨てなかったのである。ソ連は、互いの勢力圏を認めあい安定的な共存を図るという「暗黙の合意」に同意する風を装いつつ、その実、米ソ正面の安定を奇貨として、中南米、中東、アフリカなどの周縁部において、親ソ政権の樹立に向けた工作活動を続けた。ソ連の戦略においては、米ソ関係を表面上安定させるデタントと周縁部における自由主義陣営掘り崩しは、あくまでセットだったのである。

この点、オバマ時代に習近平が米側に持ち掛けた「新型大国関係」も同様の狙いを秘めたものだったと言える。

こうしたデタントの罠から自らを解き放ち、「悪の帝国」ソ連共産党の弱体化を本格的に進めたのがレーガンであった。レーガンの対ソ締め付け策を危険で愚かと非難し、ことごとく阻止を図ったバイデンは、単にデタントを、長期の戦略もなく惰性で維持しようとしたに過ぎなかった。

バイデンは、中共との新冷戦においても、レーガン的要素を濃厚に持ったトランプ路線を捨て、ただ漫然と時計の針を巻き戻すだけの男となりかねない。

アメリカの大統領がトランプからバイデンに代っても、米国の厳しい対中姿勢は変わらないという声をよく聞く。果たしてそうか。

確かに中共の人権蹂躙や知的財産窃取を批判する発言のレベルでは大差ないかもしれない。しかし問題は行動である。バイデンは、とりわけ発言と行動のギャップが大きいことで知られる政治家である。

バイデン自身、2007年に出した回顧録で、自分は次のような批判を受けてきたと率直に記している。

①しゃべり過ぎる

②論理でなく感情に動かされる

③汗をかいて結果を出す姿勢に乏しい

「ジュージューと焼き音はするがステーキが出てこない」。あるベテラン記者はそう端的に総括した。

すなわち、立派な演説はするが、結果につなげる政策構想力と決断力に乏しい

決断力の欠如については、国際テロ組織アルカイダの首領オサマ・ビンラディン除去作戦(2011年5月2日)の際の逡巡が典型例である。

バイデンは上院議員に次いで副大統領として、「ビンラディンはどこまでも追いかけ、必ず正義の鉄槌を下す」との趣旨を度々語っていた。

ところがいざビンラディンの隠れ家が特定され、海軍特殊部隊による襲撃作戦実行という段になって腰が引けた。

「失敗すると大きな非難を浴び、政局になる。さらに情報収集を続けた方がよい」と最後まで慎重論を唱えたのである。失敗とは、特殊部隊や女性、子供に死者を出しながらビンラディンは取り逃がす、といった場合を指す。繰り返し大見得を切りながら、結局は「失敗」を懸念して先送りを図るあたりがバイデンらしい。「焼き音はするがステーキが出てこない」と揶揄される所以である。

▲写真 オサマ・ビンラディン襲撃作戦に見入るオバマ政権の国家安全保障担当幹部ら(2011年5月3日 ホワイトハウス)。左からバイデン副大統領、オバマ大統領(いずれも当時)、右端がロバート・ゲイツ国防長官(当時)。 出典:flickr; US Embassy (Public domain)

オバマ政権で同僚だったロバート・ゲイツ元国防長官は回顧録に、「ジョーは過去40年間、ほとんどあらゆる主要な外交安保政策について判断を誤ってきた」と記している。たまたまバイデンと意見が一致すると、自分は間違っているのではないかと懐疑の念に襲われた、とまで書いている。

オバマ政権における「テロとの戦争」の最大の成果は、バイデンの反対をオバマが容れなかったがゆえに得られたものであった。

日本政府は決して、バイデンの断固たる発言の後に、それに即した行動が続くと考えてはならない。本人および周辺に対し、最後の最後まで念を押し、釘を刺し続けねばならない。土壇場ではしごを外された場合に備え、収拾策も常に用意しておく必要がある。

トップ写真:ジョー・バイデン次期大統領(2019年11月30日) 出典:flickr; Matt Johnson




この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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