報道されぬトランプ弾劾反対論
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・民主党と主要メディア一体の「トランプ断罪」反対の声は報じられず。
・「トランプ弾劾」の目的は任期最後の2週間で「悪魔化」すること。
・大統領の言論の自由の権利行使を懲罰する民主党の動きも危険。
アメリカの国政の場ではトランプ大統領に対する弾劾の動きが最大の課題となった。連邦議会の下院は反トランプでまとまる民主党がすでに弾劾訴追案を可決した。ほとんど審議も討論もないままの一気の表決だった。
この民主党のトランプ大統領糾弾は主要メディアのほとんどに固く支援されている。というよりも民主党と主要メディアは一体の反トランプ複合体のようである。この場合の主要メディアとはおなじみ、一貫したトランプ糾弾キャンペーンで知られるニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビなどを指す。
この騒ぎの直接の原因は1月6日の一部トランプ支持者たちの議会への乱入だった。この暴力行為はすべてトランプ大統領が扇動したのだ、というのが民主党・メディア複合体の主張である。とにかく悪いのはトランプ大統領であり、同大統領はその責任をとって弾劾され、解任されるべきだ、というのだ。
「トランプが支持者に議事堂を攻撃することを求め、国家転覆につながる内乱を扇動した」「トランプの指示で動いた暴徒たちはテロリズムを断行した」――こんな非難である。この非難は日本の主要メディアにもそのまま反映されている。そして日本側の一般には、いまのアメリカはトランプ大統領の「悪」や「非」を断じる動きで国全体で結束したような構図が示されているのだ。
ところが現実にはアメリカでは国政レベルでも国民レベルでも、このトランプ断罪の動きに反対する声も広範に存在するのだ。まずトランプ大統領自身が支持者たちには議会に抗議をするにしても、あくまで「平和的に」と強調していた事実をあげて、民主党側の弾劾は根拠のない「魔女狩り」だと宣言する。連邦議会でも上院下院ともに共和党議員の大多数が民主党側の大統領弾劾には反対し、その弾劾には根拠がないと反論する。
だが主要メディアはアメリカ、日本ともに、その共和党側の主張をほとんど取り上げない。無視しているといえよう。この態度は公正ではない。一つの大きなテーマに対して二つの対立する意見があれば、メディアの任務としてはまず両方の主張を報じるのが基本だろう。客観的、中立的な両論併記である。そのうえで、メディア自体の見解として、どちらの主張に理があるかを伝えればよい。ところが現状ではトランプ陣営側の主張はまず報じられないのだ。その種の主張はまちがいなく、しかもかなり広範に存在するのである。
トランプ陣営に同情的な保守系の政治評論家グレグ・ジャレット氏はこの民主党と主要メディアのトランプ陣営への総攻撃を「悪魔化」(demonization)と呼んだ。自らの敵を実態とは異なる邪悪なイメージの言葉で形容して、まるで悪魔(demon)であるかのような虚像を作る攻撃手法である。
ジャレット氏が民主党びいきではない数少ない主要メディアのFOXテレビで1月9日に発表した論評は次のようだった。
「民主党指導部とその支持メディアのいまの目的はトランプ大統領をその任期の最後の2週間のうちに悪魔化することなのだ。いまその反トランプ陣営が求める大統領の即時解任を目的とする弾劾や憲法修正25条の発動は要件を満たさず、実現しないことは明確だ。この弾劾と修正25条という攻撃は4年前にトランプ氏が大統領に就任したときにも、まさに民主党側が叫んだ邪悪なレッテル貼りの悪魔化だった」
周知のように大統領に対する弾劾とはその大統領が在任中に犯罪を働いたとみなされた場合に議会が訴追の措置をとって、解任する手段である。その訴追は下院の過半数、上院の3分の2の議員の賛成票を必要とする。
憲法修正25条による現職大統領の解任とは、大統領が突然の病気やテロにあい、肉体的に執務執行の能力がなくなったとみなされる場合に臨時の措置として職務を停止し、権限を副大統領に譲るという趣旨である。その能力喪失には精神的な原因も含まれうる。
このいずれも民主党側はトランプ大統領の就任時から唱え、トランプ攻撃の有力な手段としてきた。2019年末には「ウクライナ疑惑」を理由に弾劾の措置をとったが、失敗した。
だが今回の民主党側の弾劾の動きに対して正面からその非や欠陥を指摘する専門家も少なくない。そのなかには著名な法学者も含まれている。
「大統領の言葉は憲法修正第1条の言論の自由の権利で保護されている。民主党の弾劾はその『言葉』だけを標的にしているから憲法違反の疑いが浮かぶ。暴力はあくまで排すべきだが、大統領の言論の自由の権利行使を懲罰する民主党の動きも危険だといえる。下院での審議は討論も証拠提示もなく欠陥だらけだった。この種の大統領攻撃はこんごのアメリカ政治に危険な前例を残すだろう」(ハーバード大学名誉教授の憲法学者アラン・ダーショウイッツ氏)
「大統領をその退任後に在任中の言動を処罰の対象にして弾劾することは、憲法違反になるという法解釈もあり、確実な規則はない。今回の民主党の動きはそのあたりの考慮もなく、衝動に駆られたような動きだ。大統領の退任後の政治活動を禁じることも目的としており、倫理や道義、さらには国益を考えてというよりも、党派闘争での政治的動機があらわのようにみえる。そもそも退任する大統領を解任するというのは、すでに着陸した飛行機をもう一度、着陸させようとするのに等しい」(ジョージワシントン大学教授の法学者ジョナサン・ターリー氏)
ダーショウイッツ、ターリー両教授とも政治的には保守派とはされるが、憲法や法律一般に関しての知識ではともに高く評価される専門家である。そのような人物たちの民主党批判の見解には重みがあろう。だが民主党支持の主要メディアはもちろんその種の見解は報じない。
こうしたアメリカでの異見の存在を知ることは、アメリカ政治全体の現実を理解するうえで、欠かせないだろう。
トップ写真:テキサス・メキシコ国境付近に設置された新しい国境の壁の前で演説するトランプ大統領(2021年1月12日) 出典:flickr; The White House
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。