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.国際  投稿日:2021/1/31

バイデン主催気候サミットが突きつける課題


有馬純(東京大学公共政策大学院教授)

【まとめ】

・バイデン政権、気候サミットで主要国に国別目標引上げ迫る考え。

・日本の2030年エネルギーミックス構想も影響を受けること必至。

原発/火力発電の削減と再エネ強化は電気料金高騰招き、日本の製造業にハンディ。

 バイデン気候サミットで米国の目標値は出るか?

1月20日に発足したバイデン政権は気候変動問題を最重点施策の一つに位置づけているのは既報のとおりである。バイデン大統領が就任から数時間の間にとった最初の行動の一つがパリ協定復帰への署名であったことはそれを象徴するものである。

バイデン大統領は4月22日に気候サミットをホストする予定で、この場で国際的な温暖化防止への取り組みにおける米国のリーダーシップをPRすると共に主要国に対して国別目標の引き上げを迫る構えでいる。

しかし米国の気候政策に対する国際的な信頼は決して高くない。クリントン政権が交渉した京都議定書からブッシュ政権が離脱し、オバマ政権が成立に尽力したパリ協定からトランプ政権が離脱する等、政権交代によって米国の政策は左右に大きく振れて来た。

米国のパリ協定復帰は国際社会から歓迎されているが、米国が他国に対して目標引き上げを迫るならば、何よりもまず米国自身が説得力のある目標を提示しなければならない。オバマ政権はパリ協定の下で2025年までに2005年比26-28%減という目標を提示したが、バイデン政権には2030年目標の提出が求められる。

1月25日の世界適応サミット(オランダ主催)に対するビデオメッセージの中でジョン・ケリー気候特使は「バイデン大統領はすべての主要排出国がCOP26において目標値の引き上げをプレッジできるよう尽力する。我々は米国の国別目標の検討を開始しており、できるだけ早期に発表する」と述べた。ケリー特使は温暖化対策のために巨額の投資を行う予定であり、その中にはオバマ政権時代にコミットしたまま、トランプ政権の下で店ざらしとなってきた緑の気候基金への拠出金残額20億ドルも含まれるとも述べたという。

「できるだけ早期に発表」とのことだが、それが4月22日の気候サミットに間に合うかは未知数である。米国の国別目標を説得力あるものにするためには国内政策による確固たる裏づけが必要となるが、そのためには時間がいかにも短い。

中国は2060年カーボンニュートラル目標を出した一方、2030年ピークアウトという目標の見直しには言及していない。しかし中央集権国家の中国であればこそ、一度決めれば国内合意形成を心配する必要はない。これに対して米国の場合、議会、産業界、環境団体等、幅広いステークホールダーとの調整を求められる。ジョージア州の決選投票の結果、上院の過半数をとったとはいえフィリバスターを乗り越えるには全く足りない。新法を通すことは非常に難しい

とはいえ、気候サミットの時点で何も「お土産」がないのでは米国のリーダーシップを誇示できない。このため「詳細な目標値は今後詰めるとしても、何らかの数字を出すのではないか」との観測がある。具体的な数字は不明だが、バイデン政権は2030年50%減に近い数字を出すべきとのプレッシャーを内外から受けているという。

バイデン大統領は来月、コロナからの経済回復パッケージを提案する予定だが、その中に相当額グリーンエネルギー投資が盛り込まれるといわれている。これらは目標値の根拠の一部になるだろう。しかしそれだけでは50%に近い数字の裏付けとして不十分である。オバマ政権の26-28%目標も3分の1は根拠不明であるとの批判を受けていた。数字を出したら出したでバイデン政権の苦労は大きいことになる。

 日本への影響

予告編的なものとはいえ、米国が数字を出せば、現在、日本で議論されている第5次エネルギー基本計画、それを踏まえた2030年エネルギーミックスにも大きな影響を与えるだろう

バイデン政権自身、日本の2050年カーボンニュートラル目標を歓迎しつつも、2030年26%目標の引き上げを間違いなく迫ってくる。その上、バイデン政権のエネルギー気候変動チームは石炭に対する拒否感が極めて強い。非効率石炭火力のフェーズアウトだけでは足りないと言ってくる可能性もある。

目標値を引き上げることになれば、原発の再稼働が大幅に加速しなければ省エネと再エネの大幅積み増し以外に手段はない。グリーン成長戦略では洋上風力への期待が高いが、1年中風況の良い北海と異なり、日本の洋上風力は夏の間、設備利用率が大幅に低下する。8-9円/kwhまで低下することは期待できない。

その上、原発にかわって安価で安定的な電力を供給してきた石炭火力を放棄することになれば、ただでさえアジア太平洋地域の中で最も高い電力料金の大幅な上昇につながるだろう。これは日本の製造業にとって大きな負担増になり、「環境と経済の好循環」どころではなくなる。

▲写真 福島第一原子力発電所、プラント3・4 出典:Tomohiro Ohsumi/Getty Images

写真)福島第一原子力発電所、プラント3・4

出典)Tomohiro Ohsumi/Getty Images

バイデン気候サミット、英国主催のD10、イタリア主催のG20、英国主催のCOP26と今年は目標引き上げ問題が何度となく取り上げられる。菅総理も小泉環境大臣も見栄えの良い目標を出したいという思いが強いだろう。

しかしコストのことを考えずに見栄えにこだわった目標を出せば、5年後、10年後の当事者が塗炭の苦しみを味わうことになる。再エネを積み上げるために中国製の太陽光パネルの流入に加えて中国製の風車やバッテリーが流入し、電力料金の大幅上昇により日本の製造業が大きなハンディを背負う。その結果、経済が停滞し、温室効果ガスが削減されても、漁夫の利を得るのは中国だけである。

電力料金引き上げを最小限に抑えながら目標の積み上げを図るならば、原発の再稼働を大幅に加速させるしかない。国際的にそん色のない目標を出すことが国民の望みなのであれば、政府はこうした不都合な真実をきちんと説明すべきだ。

一部の者が主張するような「原発のシェアを下げて再エネのシェアを上げる」といった議論は温室効果ガス削減という目的よりも再エネ推進という手段を優先した妄言でしかない。

トップ写真:2021年1月27日、ホワイトハウスにて気候変動について論ずるバイデン米大統領 出典:Anna Moneymaker-Pool/Getty Images




この記事を書いた人
有馬純東京大学公共政策大学院教授

1959年神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。通産省・経産省においてエネルギー・環境分野を中心にキャリアを積み、2015年より東京大学公共政策大学院教授。その他、経団連21世紀政策研究所研究主幹、アジア太平洋研究所上席研究員、東アジアアセアン経済研究センターシニアポリシーフェロー等。気候変動枠組条約締約国会議(COP)にはこれまで15回参加。主な著書に「地球温暖化交渉の真実」(中央公論新社)「精神論抜きの地鵜級温暖化政策」(エネルギーフォーラム社)「トランプリスク」(エネルギーフォーラム社)

有馬純

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