無料会員募集中
.国際  投稿日:2021/11/22

石炭火力はフェーズダウン COP26の評価と課題 その2


有馬純(東京大学公共政策大学院教授)

【まとめ】

・「排出削減を講じていない石炭火力のフェーズダウン」で合意。

・限られた炭素予算巡り、今後、先進国、途上国の激しい争奪戦が生ずることは確実

・エネルギーコストも高い日本はアンテナを高くし、くれぐれも一人損をしないようにしなければならない。

 

もう一つの焦点となった石炭火力については以下の通りとなった。

・締約国に対し、クリーンパワーと省エネの早急な導入拡大、各国の国情に沿った貧しく脆弱な人々への支援を行い、公正な移行への支援の必要性を認識しつつ、排出削減を講じていない石炭火力(unabated coal power) のフェーズダウンと非効率な化石燃料補助金のフェーズアウトの加速を含め、低排出エネルギーシステムに向けた技術開発・導入・普及、政策採択の加速を求める

もともとは発電部門に限定しない「石炭のフェーズアウト」だったものが、インド中国、サウジ、南ア等の反発により、最終案では「排出削減を講じていない石炭火力のフェーズアウト」になったのだが、土壇場のストックテーキングプレナリーでインドが「貧しい人に対する安価で安定的な電力は国の最優先課題である」と主張し強く抵抗した。中国、ナイジェリア、南アなども手直しを求めた。

この結果、「フェーズアウト」を「フェーズダウン」とし、「各国の国情に沿った貧しく脆弱な人々への支援を行い、公正な移行への支援の必要性を認識しつつ」という配慮事項も追加された。この「フェーズダウン」という表現はCOP26の最終局面で発表された米中共同声明の中にある「中国は15次5か年計画にかけて石炭消費を段階的に減少させ(phase down)、それを加速するために努力する」との表現を踏襲したものである。

これに対してEU、島嶼国等は「1.5℃目標が遠のく」と一斉に反発したが、全体の合意パッケージを通すという観点で不承不承これを受け入れた。シャルマ議長が苦渋の表情でインド提案を受け入れ涙を流し、会場から拍手がおきるという一幕もあった。トーンダウンしたとはいえ、特定のエネルギー源を狙い撃ちする表現はパリ協定及びその関連決定では初めてのことである。

■ 今後グラスゴー気候協定をどう評価するか

1.5℃目標を大きく前面に打ち出し、それに沿った野心引き上げの作業計画策定が盛り込まれたこと、トーンダウンされたとはいえ、石炭火力フェーズダウンが盛り込まれたことで、グラスゴー気候協定は「歴史的合意」と大方の環境関係者からは高く評価されている。

しかしグラスゴー気候協定は今後に大きな火種を残すこととなった。

2050年全球カーボンニュートラルを目指すという方針を明確に打ち出すことは、2050年までに排出できるCO2総量に枠をはめることと同義である。その限られた炭素予算をめぐって、今後、先進国、途上国の激しい争奪戦が生ずることは確実だ。

2050年全球カーボンニュートラルとは全ての国が2050年カーボンニュートラルを達成することと同義ではない。事実、インドは先進国が2050年全球カーボンニュートラルを強くプッシュする以上、先進国は2050年よりももっと早いタイミングでカーボンニュートラルを達成し、途上国に「炭素スペース」を与えるべきだ、途上国にカーボンニュートラル目標やNDCの引き上げを要求するならば毎年の支援額を1兆ドルにすべきだと主張している。2℃目標への道筋ですら大幅に外れている中で、欧米諸国が1.5℃という「大言壮語」を押し通したツケは、今後10年間、カーボンニュートラル目標前倒し、目標引き上げ、途上国支援の大幅上積みを間断なく途上国から要求されるという形で自らに返ってくるだろう。

合意文書ではパリ協定の温度目標に沿った形でNDCを強化し2022年末までに提出することが求められている。米国、EU、日本は「自分たちは2050年カーボンニュートラルを表明し、NDCも強化したのだから、更なる見直しは不要である」と考えている。しかし中国、インドが新たなNDCを2022年末までに提出するかといえば、その可能性は低い。彼らは「自分たちは2060年、2070年のカーボンニュートラル目標をかかげている。これは今世紀後半のカーボンニュートラルを達成するというパリ協定の規定と整合的である。NDCの評価軸は1.5℃~2℃のパリ協定の温度目標であり、1.5℃決め打ちではない」と主張するに違いない。来年のCOP27で採択予定の「勝負の10年」における野心引き揚げの作業計画をめぐって先進国と途上国が激しく対立することは間違いない。

石炭火力についてもフェーズダウンということで今回は決着したが、今後、年限を区切ってフェーズアウトという議論が再燃する、更にその対象が化石燃料全体に話が広がる可能性も十分にある。

問題はそうした議論が現実のエネルギー情勢と全く乖離していることだ。欧州発で日本にも影響が及んできているエネルギー危機の大きな原因は経済回復によるエネルギー需要増に供給が追い付いていないからであり、その背景には石油、ガスの上流投資の停滞がある。石油、ガス火力の上流投資が停滞している理由は石油価格の低下、コロナ等の要因があるが、過激な化石燃料叩きが広がりを見せる中で、将来の投資に慎重になっている側面も大きい。

COP26では化石燃料セクターへの公的融資の停止に関する有志国宣言に米国、EU諸国が名前を連ねている。これにより上流投資がますます滞れば、エネルギー需給ひっ迫が今後も生ずる可能性が高まる。世界的なガス需要の高まりも石炭を排除する欧州発の環境原理主義の影響が大きい。欧州のエネルギー危機の相当部分は自らの偏った環境原理主義的政策が招いた帰結である。

ところがパイプライン計画を差し止めにしたり連邦所有地での石油ガス生産を抑制してきたバイデン政権がガソリン価格急騰に遭遇するや、OPECやロシアに増産を要請したり、風が吹かずに電力不足に陥った英国が古い石炭火力を動かす等、脱化石燃料という掛け声とは裏腹の動きも生じている。このことは国民への低廉で安定的なエネルギー供給というエネルギー政策の最も根源的な要請が危うくなれば、温暖化防止を横においてでも現在の国民生活を守らねばならないという当たり前のことを示唆している。

今後、2030年までの道のりは決して平坦ではない。米中対立の行方も不透明だ。COP26では米中共同声明が鳴り物入りでPRされたが、中身はほとんど目新しいものがなく、中国は何も譲歩していない。

▲画像 11月13日、COP26を終えて部屋から出てきたジョン・ケリーら。 出典:Photo by Jeff J Mitchell/Getty Images

国内で支持率が低下したバイデン政権が唯一、国民から評価されている温暖化分野で成果をあげたいという米側の事情が垣間見える。そこにつけこんで中国はしたたかに米国からの譲歩を得ようとするだろう。温暖化問題はそれ自体が独立して存在しているのではなく、地政学、地経学的なコンテキストでとらえることが必要だ。中国は間違いなくそういう視点でものを考えている。更に2022年の中間選挙、2024年の大統領選挙で米国がどちらに向かうかもわからない。エネルギー危機がどう収束するか、また起きるのかも見通しにくい。

COP26で1.5℃のデファクトスタンダード化が固められたが、主要国中最もエネルギー面で脆弱であり、エネルギーコストも高い日本はアンテナを高くしてくれぐれも一人損をしないようにしなければならない。

その1。全2回)

トップ画像:11月13日、株式取得本会議に参加するインド環境森林気候変動大臣、ブペンダー・ヤコブ氏。 出典:Photo by Jeff J Mitchell/Getty Images




この記事を書いた人
有馬純東京大学公共政策大学院教授

1959年神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。通産省・経産省においてエネルギー・環境分野を中心にキャリアを積み、2015年より東京大学公共政策大学院教授。その他、経団連21世紀政策研究所研究主幹、アジア太平洋研究所上席研究員、東アジアアセアン経済研究センターシニアポリシーフェロー等。気候変動枠組条約締約国会議(COP)にはこれまで15回参加。主な著書に「地球温暖化交渉の真実」(中央公論新社)「精神論抜きの地鵜級温暖化政策」(エネルギーフォーラム社)「トランプリスク」(エネルギーフォーラム社)

有馬純

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."