バイデン政権、温暖化シフト【2021年を占う!】米・環境政策
有馬純(東京大学公共政策大学院教授)
【まとめ】
・バイデン政権は気候変動問題を国家安全保障問題と位置づけ。
・意趣返しでなく超党派で支持得られる温暖化政策の推進を期待。
・日本はアジア諸国も受け入れられる策に向け日米協力の道探れ。
■ エネルギー環境政策の揺り戻し
バイデン政権の誕生によって米国のエネルギー温暖化政策は大きく変わることになる。
共和党と民主党の両極化がしばしば指摘されるが、なかでも地球温暖化問題は党派性が最も強い分野の一つである。共和党支持者は地球温暖化問題に関してそもそも懐疑的な人が多いのに対し、民主党支持者は温暖化問題を重視しており、とりわけ民主党内で影響力を増している左派リベラル層はその傾向が強い。
トランプ大統領は就任以降、パリ協定離脱、化石燃料企業への規制緩和、クリーンパワープランの解体、自動車燃費規制強化の凍結等、オバマ政権のエネルギー温暖化政策を次々に否定してきた。民主党の左派リベラル層にとって歯噛みしたくなるような4年間であったに違いない。それだけに政権交代による揺り戻しも大きいということだ。
■ 野心的な公約
バイデン次期大統領の選挙公約では2050年までにエコノミーワイドでネットゼロエミッション、2035年までに技術中立的基準により電力部門のCO2排出ゼロを達成、連邦所有地における石油・ガス採掘権のリースやフラッキングの停止、800万の国産PVパネル、6万の国産風車を設置、2030年までにすべての新築建築物をネットゼロエミッション化、5年以内に400万の既存建物の省エネ化、クリーンエネルギー自動車の購入支援、全国50万の充電ステーションの設置、脱炭素化技術開発の支援等の野心的な項目が列挙された。
国際面ではパリ協定への再加入、政権発足100日以内に気候変動サミットを主催し、各国に野心レベルの引き上げを働きかけ、緑の気候基金への出資、海外における石炭関連融資の停止等が盛り込まれている。
これらを実施するため、4年間で2兆ドルの予算を投入するとしている。バイデン次期大統領の当初の公約は10年間で1.7兆ドルであったのだから、3倍近くに膨らんだことになる。
またバイデン次期大統領の選挙公約で注目を要するのは、パリ協定のコミットメントを果たしていない国からの製品輸入に対しては国境調整課金を賦課するという部分である。これはEUが検討中の炭素国境調整メカニズムと同じ考え方に立つものであり、今後の貿易政策にも大きな影響を与えうる。
■ 気候変動シフトの人事
バイデン次期大統領は政権発足に向けての人事構想を次々に発表しているが、米国の気候変動外交の顔となる気候特使にはジョン・ケリー元国務長官が指名された。
ケリー元国務長官はパリ協定合意に大きな役割を果たし、トランプ政権時代はパリ協定にコミットした州政府、米国企業によるWe Are Still Inイニシアティブの顔としてCOP会合のサイドイベントに登場し、大統領選に向けてはバイデン・サンダース合同タスクフォースの気候変動関連部分をアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員と共同でとりまとめた。
オバマ政権と異なり、気候特使を国務省ではなく、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)に設置したことはバイデン政権の下で気候変動問題が国家安全保障にかかわる重要問題として位置づけられていることを意味する。
国内気候変動政策の司令塔としてホワイトハウスに新設される国家気候アドバイザーにはジーナ・マッカーシー元環境保護庁(EPA)長官が指名された。トランプ政権時代は環境NGOのNRDC(Natural Resource Defense Council)のヘッドを務めてきた。
また経済政策の司令塔となる国家経済会議(NEC)議長にはブライアン・ディーズ氏が指名された。ディーズ氏はオバマ前政権時代に行政管理予算局(OMB)副局長やNEC副委員長、気候・エネルギー担当の大統領特別補佐官を務め、パリ協定交渉にも関与した。トランプ政権下では米資産運用会社ブラックロックの持続可能投資部門のトップを務めている。ディーズ氏の起用はコロナからの経済回復策においても温暖化対策を中核に据えようという意図がみえる。
個別のエネルギー環境政策を遂行するエネルギー長官、EPA長官にはそれぞれ元ミシガン州知事のジェニファー・グランホルム氏、ノースカロライナ州環境保護局ヘッドのマイケル・リーガン氏が指名された。また政府の歳入歳出の面で温暖化対策に影響を与える財務長官には炭素情報開示やカーボンプライシングに熱心なジャネット・イエレン元大統領経済諮問委員長が指名された。
全体としてバイデン政権における布陣は温暖化シフトともいえるものであり、まさしくトランプ政権の真逆をいくと言えよう。
■ 公約実施の度合いは上院次第
バイデン次期政権がエネルギー温暖化分野の選挙公約をどれだけ実行に移せるかは来年1月のジョージア州の2議席の帰趨に大きく左右される。ここで民主党が2議席ともとらない限り、上院の共和党過半数が続くことになり、巨額な財政支出や炭素税、排出量取引等の新法制定の可能性は大きく低下する。トランプ政権時代に凍結された緑の気候基金に対する拠出再開も難しくなろう。
そもそも今回の大統領選ではバイデン勝利となったものの、上院、下院では米国の主要メディアが報じていた「ブルーウェーブ」は生じず、共和党が予想以上の頑張りを示し、上院では過半数維持をうかがい、下院では民主党がかえって議席を減らす結果となった。このため議会の関与を必要とする温暖化政策の実施のハードルは上がったと言える。民主党関係者は2022年選挙で上院の過半数を奪還するとしているが、通常、大統領選後、最初の中間選挙では与党が負けるケースが多いため、楽観できない。
もちろん、議会の関与なしにできることも多い。トランプ大統領が行政権限で緩和、廃止した環境規制については、全く同じロジックで強化、復活が可能となる。またトランプ政権では連邦レベルを超えるカリフォルニア州の自動車燃費・排出規制を制限しようとしたが、連邦政府が州政府の野心的な行動を制約するようなことはなくなるだろう。
電力分野の2035年カーボンニュートラルを達成するため、オバマ政権が大気浄化法の枠内で実施可能として行政権限で導入したクリーンパワープランを復活する可能性もある。
しかしクリーンパワープランは大気浄化法の枠を超えた規制であるとしてオバマ政権時代に訴訟が頻発しており、バイデン政権が同様のことを行えばその繰り返しとなろう。リベラル派のルース・ギンズバーグ判事の死去を受けて保守派のエイミー・バレット判事が任命されたことに伴い、最高裁判事の陣容が保守6、リベラル3となったことがリベラル色の強い温暖化政策の実施を制約する可能性がある。
■ 米国はリーダーシップを示せるか
パリ協定復帰や気候サミットといった温暖化外交は議会の制約を受けないため、自由度が高い。この分野で米国のリーダーシップを誇示しようとするだろうが、そのためには単にパリ協定に再加入するだけでは不十分であり、他国にNDC(nationally determined contribution:自国が決定する貢献)の引き上げを迫るのであれば、米国自身もオバマ政権の2025年▲26-28%(2005年比)に代わる野心的な2030年目標を早期に提示する必要がある。
その裏付けとなる国内施策をどの程度、積み上げることができるか。上院が共和党過半数となり、予算や法律による対応が制限される場合、決して容易ではない。オバマ政権のときも▲26-28%はきちんとした裏付けを欠く数字であるとして共和党から攻撃されてきた経緯がある。
オバマ政権の気候変動外交の大きな特色は米中協力であり、パリ協定の合意はその成果と言えるが、あれから5年が経過し、米中関係は新冷戦と言われるほどに悪化している。温暖化関係者は中国に対して甘い傾向が強いが、議会が超党派で中国に対して厳しいポジションを示している中でオバマ時代のような米中協力が再現するかは疑問がある。
■ 日本への影響と課題
バイデン政権の誕生により、米国がEUと同様、温暖化防止に大きく舵を切ることは日本にも大きな影響をもたらすだろう。
トランプ政権のときは温暖化問題に前のめりなEU、温暖化問題を無視する米国の間で日本の実情を踏まえた現実的なエネルギー温暖化政策を追求することが可能であったが、バイデン政権の誕生により、相対的に日本が一番「保守的」と映る可能性が高い。
先般、新政権に近い専門家と意見交換する機会があったが、菅総理の2050年カーボンニュートラル目標を高く評価しつつ、2050年目標だけでは不十分であり、2030年のNDCの野心レベルをそれと整合的なレベルまで引き上げることが重要であると強調していた。
2030年のNDC改訂は米国にとっても大きな課題であり、「人の目標に注文つける前にまず自らの目標設定が先決だろう」と思ったものだが、米国の目標設定は現在検討が進んでいる第6次エネルギー基本計画やその結果として出てくるNDC見直しの動きにも間違いなく影響を与えるだろう。
バイデン政権に参加が予想される人々は石炭を非常に敵視しており、本年7月に発表された非効率石炭火力のフェードアウトや石炭火力輸出の厳格化を超える対応を迫ってくる可能性もある。OECD諸国のODA対象から化石燃料関連プロジェクトを排除する、OECD輸出信用ガイドラインを見直し、石炭関連の輸出信用を全面禁止にする等の議論を展開する可能性もある。
米国は日本にとって最重要の同盟国であり、温暖化を重視するバイデン政権との協力を模索していかねばならない。
温暖化防止に貢献する技術は原子力、CCUS(Carbon dioxide Capture,Utilization and Storage:二酸化炭素回収・有効利用・貯留)を含め全て動員するというバイデン政権の考え方はともすれば再エネ、省エネのみに傾斜しがちなEUの原理主義的傾向に比べれば日本との共通点が多い。また小型原子力、CCUS等、イノベーションを重視している点でも日本と共通する。
再エネ大量導入に伴う中国製パネル、風車、バッテリーへの依存度拡大をどう防ぐのか、OECD輸出信用ガイドライン等の拘束を受けない中国が漁夫の利を得ないようにするにはどうすればよいか等の問題意識も共有できるだろう。
温暖化問題はグローバルな問題であり、その帰趨を握るのはアジア地域である。中国の排出量が2030年以前ピークアウトすると思われる中、アジア地域の温室効果ガス増加を牽引するのはインドとASEAN地域になる。
インドやASEANでも省エネ、再エネに取り組んでいるが、エネルギー需要の絶対量は伸び続けるため、再エネのみならず天然ガス、石炭消費も増える。環境関係者が主張するように一挙に太陽光や風力にシフトすることは想定されない。
日本としてはアジア諸国と連携しつつ、アジア地域のエネルギーの実情を米国に理解させ、アジア諸国も受け入れ可能なエネルギー転換に向け、日米が協力できるような道を探るべきだろう。米国のLNG輸出によりアジア地域の天然ガス市場が発展すれば、ガス転換が加速されるだろう。CCUSの実証プロジェクトを日米+ASEAN諸国で推進できれば、その意義は非常に大きい。
しかし米国で政権交代があるたびにエネルギー温暖化政策が左右に大きく振れるのは米国のみならず、世界にとっても問題が大きい。
温暖化問題は長期の取り組みが必要であり、バイデン政権にはトランプ政権に対する意趣返し的なものではなく、超党派で支持が得られる温暖化政策の推進を期待したい。超党派で支持が得られる可能性が高いのはイノベーションであり、政権交代に左右されない日米協力の可能性もそこにあると思う。
トップ写真:太陽光パネルとジョー・バイデン次期大統領(2020年4月) 出典:Joe Biden facebook
あわせて読みたい
この記事を書いた人
有馬純東京大学公共政策大学院教授
1959年神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。