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.経済  投稿日:2021/8/4

官僚に数字合わせ強いる46%目標の愚


有馬純(東京大学公共政策大学院教授)

【まとめ】

・46%目標は「数合わせ」、インパクトは鳩山目標の比ではない。

・電力コスト増大のツケは産業、家庭に。国産原子力技術は先細りに。

・火力、原子力市場で中国の存在感増す。

 

■ 46%目標先にありきの数字合わせ

7月21日、経産省は検討中の第6次エネルギー基本計画の素案を提示した。

これを受けて新聞各社は一斉に社説で基本計画素案への論評を行った。

 「エネ戦略を数字合わせで終わらせるな」(日経)

 「 エネルギー計画 「数字合わせ」で終わらせるな」(読売)

 「30年電源構成 原発維持は理解できぬ」(朝日)

 「エネルギー計画案 安定供給果たせるのか 原発の新増設から逃げるな(産経)

興味深いのは読売と日経が期せずして「数字合わせ」という表現を使っていることだ。この点について筆者も全く同じ印象を持った。もっとも第6次エネルギー基本計画案が数字合わせを強いられることは十分予想されることではあった。エネルギーミックスの裏付けを持たない46%目標が先に決定されてしまったからである。

筆者は46%目標に対しては極めて批判的であり、その論拠については拙稿「日本の削減目標引き上げ:失敗の歴史を繰り返すのか」で論じているのでご参照ありたい。

トップダウンとボトムアップが交互に現れる温暖化目標

思い起こせば日本の温暖化目標は実現性を重視したボトムアップの目標と、数字の見栄えのみを考慮したトップダウンの目標とが交互に現れるものであった。

京都議定書の際は日本の削減ポテンシャルを大幅に上回る90年比6%目標を米国のゴア副大統領(当時)に押し付けられ、帳尻を合わせるために1兆円もの海外クレジット購入と国富の流出を招いた。この苦い経験を踏まえ、2009年6月の麻生目標のときは日本の削減ポテンシャルや諸外国との削減コスト比較を綿密に行い、2020年までに2005年比15%減(90年比8%減)との目標を打ち出した。しかし2009年9月、鳩山内閣はこうしたプロセスを一切経ることなく、2020年に90年比25%減との目標を対外公約した。このため第3次エネルギー基本計画では「数字合わせ」のために原発比率を50%に引き上げるとの無理筋のエネルギーミックスを作らざるを得なかった。

その意味で、自民党政権の下で策定された第4次エネルギー基本計画は「自給率の震災前レベルへの回復」、「電力コストの引き下げ」、「諸外国に遜色ない目標」という3つの要請をバランスさせるエネルギーミックスを作り、それに基づいて26%目標を設定するというアプローチをとっていた。もとよりこの3つの要請を同時達成することは容易なことではなく、数字合わせの側面が大なり小なりあることは否めない。それでもエネルギーミックスの裏付けなしにトップダウンで数字を決めた鳩山目標の愚かしさに比べれば比べようもないほど真っ当なものであった。

今回の46%目標は目標年限があと9年しかないにもかかわらず、しかも現行26%目標の達成度が道半ばであるにもかかわらず、フィージビリティやコストを考慮することなく20ポイントも上乗せするものである。そのマグニチュードは鳩山目標の比ではない。菅総理が46%目標を国際公約した時点で、検討中の第6次エネルギー基本計画が「数字合わせ」を強いられることは自明であった。筆者は「数字合わせ」を強いられた経産省の後輩たちに同情を禁じ得ない。数字合わせを批判されるべきは官僚よりも官僚にそのような作業を強いた政治家たちである。

▲写真 2030年度に向け温室効果ガス「13年度比46%減」目標を打ち出した菅首相。 出典:Yuichi Yamazaki/Getty Images

エネルギーミックスの問題点

今回のエネルギー基本計画では福島原発事故のトラウマにより、鳩山目標のときのように原発のシェアを拡大させることができない。そもそもあと9年で新増設などできるはずもなく、既存原発の再稼働により発電電力量に占める比率を20-22%に維持するのがせいぜいである。そうした中で46%を実現しようとすれば、省エネを目一杯積み上げ、再エネを目一杯積み上げ、化石燃料のシェアの引き下げしか方法がない。蓋をあければ案の定、そのようなものになった。省エネを大幅に強化した結果、昨年12月のグリーン成長戦略では脱炭素化に向けて電化が進み、電力需要が30-50%拡大するとされているにもかかわらず、2030年にかけて電力需要はほとんど伸びない。発電電力量に占める再エネのシェアは22-24%から36-38%に引き上げられ、石炭火力のシェアは26%から19%に、ガス火力のシェアは27%から20%に引き下げられた。

総合エネ調基本政策小委員会委員の橘川武郎国際大学副学長は今回のエネルギーミックスにつき、「ミスリーディングな数字が多い」と批判的であり、30日の日経新聞記事『電源構成、帳尻合わせ避けよ』の中で

①高く設定された再生可能エネルギー比率の実現性に疑問がある

②原子力20-22%実現の見通しが立っていない

③火力発電の比率が過度に抑制された結果、天然ガス投資・調達への悪影響を含め、エネルギー安定供給や電力コスト削減に懸念がある

等の問題点を指摘している。

電力コスト上昇への懸念

筆者は数字の実現可能性もさることながら、電力コストへの影響を懸念する。再エネシェアの大幅拡大と石炭シェアの大幅引き下げは電力料金上昇をもたらすことは確実だからだ。素案では再エネ買取費用が第4次エネルギー基本計画で想定されていた3.7~4兆円から5.8~6兆円へと大幅に膨らむにもかかわらず、「再エネコストの低下とIEAの見通しどおりに化石燃料価格が低下した場合、電力コストは8.6兆~8.8兆円と現行ミックス(9.2~9.5兆円)を下回る」という数字が提示されている。

しかしこの見通しは3つの意味で非現実的である。

第1に日本の再エネコストの高さは自然条件、土地コスト、人件費等による構造的なものであり、政府が想定するような国際価格への収斂が起きるとは想定しにくい。更に変動再エネの拡大による統合コストが考慮されておらず、実際の再エネ関連コストは買取費用を上回ることになる。

第2に化石燃料価格が今後低下するという見通しも大いに疑問である。世銀やEIA(米国エネルギー情報局)は化石燃料価格の上昇を見込んでいるし、今後、アジアで石炭から天然ガスへのシフトが起きればLNGの調達コストがあがる可能性は十分ある。

第3に比較のベースがおかしい。「現行ミックスの9.2~9.5兆」とあるが、これは化石燃料価格が高騰し、電力コストが9.7兆円に達していたものを、原発再稼働、再エネ導入によって燃料購入費を引き下げ、再エネ買取費用の増大を考慮しても全体として9.2~9.5兆に抑えようというものであった。しかし現在は2015年見通し当時とは状況が異なっている。再エネ買取費用の拡大はあるも、化石燃料価格の大幅低下により電力コストは2018年度時点では8.5兆円になっている。コロナによる化石燃料価格の低下を考えれば足元の電力コストは更に低下しているはずである。上で述べたように8.6兆~8.8兆という電力コスト見通しは低すぎると思われるが、それを抜きにしても電力コストは現在よりも増大することは確実だ。これは主要国中最も高い産業用電力料金を更に引き上げることになり、日本の製造業に深刻な影響を与えるだろう。

経産省事務方もそのようなことはわかっているはずである。素案を注意深く読めば、自分たちの計算に留保をつけるような表現が多々見られる。それでも官僚としては総理肝いり46%目標が大幅なコスト増を招き、日本の製造業に悪影響を与えるとは書けないのだ。

筆者は素案を読んで太平洋戦争直前の企画院の石油需給試算を思い出した。昭和16(1941)年、日本が対米戦争を前に、米国が対日石油禁輸をするなかで、石油資源を確保しつつ、対米戦争を遂行できるのかとのシミュレーションを企画院が行った。結果は、「南方石油資源を確保し、日本に石油を持ってくれば長期持久戦が可能」というバラ色のものだった。現実には、輸送船が次々に沈められ、石油備蓄は底を尽き、最後は片道分の燃料を積んだ戦艦大和の特攻に至る。戦後、このシミュレーションの数字をつくった企画院の担当官は「皆が納得し合うために数字を並べたようなものだった。とても無理という数字をつくる雰囲気ではなかった」と述懐している。46%目標を先に与えられ、数字合わせに四苦八苦する経産省事務方と、米国から石油禁輸を受けても戦争できるというシナリオを作らされた企画院事務方の姿が重なって見える。

原子力新増設の議論は回避

菅総理が2050年カーボンニュートラル、2030年46%という目標を打ち出した際、「これを機会に長らくタブーになっていた原発の新増設、リプレース問題についても手を付けてほしい」と思ったものだが、残念ながらその期待は裏切られた。「原子力依存を可能な限り低減する」「安全性の確認された原発を再稼働する」という従来方針を維持し、新増設・リプレースには何らの言及もなされなかったのである。

「大幅に引き上げられた温暖化目標達成のためには原発の新増設、リプレースが必要である」と自民党リプレース議連、電力安定供給議連や産業界から強い働きかけがあったにもかかわらず、原子力についての方針明確化が見送られた理由は、閣内で小泉環境大臣、河野行革大臣の強い反対があったこと、公明党が強く反対したこと、差し迫った衆院選での争点化を避けたかったこと等があげられている。

第6次エネルギー基本計画は2030年のみならず、2050年カーボンニュートラルに続くロードマップとしての位置づけを有する。2030年ミックスの数字に新増設・リプレースを反映させることはできないとしても、2030年以降の脱炭素化への打ち手の一つとして原発の活用に言及できなかったことは不合理である。

バイデン政権の米国は脱炭素化に向け、小型原子炉(SMR)を含め、全ての技術オプションを追求する構えでいる。ドイツのように脱原発を志向する国もあるが、EU全体でいえば原発は引き続き活用される。

翻って日本は平地面積が少なく、海が深いため、欧米に比して経済的に利用可能な再エネ資源に限界がある。加えて隣国との連系線を有さないため、変動性再エネの統合コストが高くなる。中国の脅威が高まる中で、一次エネルギーの輸入依存度のみならず、エネルギー技術の自給率や戦略鉱物の対外依存度にも目を配らねばならない。

そうした中で日本が営々として培ってきた国産原子力技術にチャンスを与えないのは愚かでしかない。グリーンイノベーション戦略の中で原子力技術も重点分野とされているが、新設の見通しが立たないのであれば、民間企業が技術開発に意欲を感じるはずかない。3年後にエネルギー基本計画見直し時に議論を先送りしたことにより、日本の原子力産業、原子力人材はますます細っていくことになるだろう。

▲写真 小泉進次郎環境相 出典:Tomohiro Ohsumi/Getty Images

エネルギーミックス案は中国を利するだけだ

2050年カーボンニュートラル、2030年46%減目標も世論調査の結果は概ねポジティブなようだが、野心的な目標の意味するところを果たしてどれだけの人が理解しているのだろうか。ツケを実際に払うのは産業部門であり、家庭部門なのである。電力中央研究所の調査によれば国民の8割は再エネ推進に賛成している一方、再エネ普及のコスト負担をしたくない人は36%もおり、負担を許容する66%のうち7割は電気料金に占める賦課金の割合が5%以下であることを望んでいるとのことだ。

(参考:2030年における太陽光発電導入量・買取総額の推計と 今後の制度設計のあり方

しかし現在の電気料金の中で賦課金の占める割合は既に12-15%程度に達している。再エネ目標の大幅な上積みを太陽光で賄うことにより、賦課金の割合は更に拡大し、毎月の電力料金は間違いなく上昇するだろう。追加的な負担の大半は、新疆ウイグル自治区の強制労働と安価な石炭火力を使ってつくられた中国製パネルに費やされ、産業用電力料金の更なる上昇は企業の収益を蝕み、製造業の立地環境はますます悪くなる。日本が世界に誇る高効率石炭火力技術の海外展開の道は断たれる一方、中国は世界中で石炭火力を作り続けている。日本が培ってきた原子力産業、原子力人材が日本の閣僚の手で窒息させられようとしている中、中国は世界の商用原子力市場で存在感を増そうとしている。日本が高いコストを払って46%削減したとしても、中国は2030年まで排出量を増やし続けるため、温暖化防止には何の効果もない。こんなことに多大な国費を投ずるべきなのだろうか。

こう考えてみると、小泉環境大臣が旗を振っている施策はあらゆる面で中国を利するのみである。小泉大臣はCOP25で化石賞を2度受賞したが、日本経済を毀損する種を蒔いた「功績」で、中国から勲章を授けられてもいいくらいである。

トップ写真:Yokohama, Japan – October 6, 2011: Thermal power plants in Isogo ward of 出典:Jiangang Wang/GettyImages




この記事を書いた人
有馬純東京大学公共政策大学院教授

1959年神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。通産省・経産省においてエネルギー・環境分野を中心にキャリアを積み、2015年より東京大学公共政策大学院教授。その他、経団連21世紀政策研究所研究主幹、アジア太平洋研究所上席研究員、東アジアアセアン経済研究センターシニアポリシーフェロー等。気候変動枠組条約締約国会議(COP)にはこれまで15回参加。主な著書に「地球温暖化交渉の真実」(中央公論新社)「精神論抜きの地鵜級温暖化政策」(エネルギーフォーラム社)「トランプリスク」(エネルギーフォーラム社)

有馬純

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