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.国際  投稿日:2021/11/22

枠組み交渉よりも政治アジェンダが注目 COP26の評価と課題 その1


有馬純(東京大学公共政策大学院教授)

【まとめ】

・グラスゴー気候協定、「1.5℃上昇に抑制するよう努力することを決意」で合意。

・そのために、2030年の全世界のCO2排出を2010年比45%削減。

・1.5℃目標の破綻は数年もせずに誰の目にも明らかになるのではないか。

 

11月6日~13日にかけてCOP26に参加してきた。2000年のCOP6に参加して以来、16回目になる。自分が交渉官として参加したCOP6、COP6bis, COP7は京都議定書の詳細ルール交渉、COP13~COP16はパリ協定第1約束期間後の枠組み交渉、COP17,18はパリ協定で結実する2020年以降の枠組み交渉であった。今回のCOP26は2015年に採択されたパリ協定の詳細ルール交渉の決着を目指すものであった。

詳細ルールの大枠は2018年のCOP24でまとまっていたが、市場メカニズムを含むいくつかの点が積み残しになっていたからである。そしてCOP26は詳細ルール交渉を無事に完了した。パリ協定は京都議定書と異なり、各国の削減数値を明記した約束期間を設定していないため、詳細ルールが決まれば、パリ協定自体の改正でもしない限り、枠組み交渉の必要はない。

しかし、COP26で政治的関心を集めていたのは市場メカニズムの詳細ルールよりも、1.5℃安定化に向けた国際的合意ができるか、石炭火力をどうするかといった点であった。ジョンソン英首相はプレCOPにおいてCOP26で期待する成果としてCoal, Car, Cash, Forest をあげた。1.5℃目標を射程に入れるため、石炭の使用削減を加速し、電気自動車への切り替えを加速し、途上国への年間1000億ドル資金援助を確保し、森林破壊を抑制するというものである。これはパリ協定の枠組み交渉とは別の政治アジェンダであるが、技術的な市場メカニズムのルール交渉に比べ、素人目にもわかりやすいが故に、関心を集めたのであった。COP26閉幕直後の日経新聞の一面見出し「気温1.5℃内追求、COP閉幕。石炭は段階的削減」がそれをよく表している。

▲画像 11月14日、記者会見でCOP26について報告するイギリスのジョンソン首相 出典:Photo by Daniel Leal – WPA Pool/Getty Images

 1.5℃追求を合意

COP26で合意されたグラスゴー気候協定(Glasgow Climate Pact)の温室効果ガス削減(緩和)に関する主要なポイントは以下の通りである。

• パリ協定の温度目標(1.5℃~2℃)を再確認。1.5℃上昇に抑えれば2℃上昇に比して気候変動影響は低くなることを認識し、1.5℃上昇に抑制するよう努力することを決意(resolve)

• 1.5℃に温度上昇を抑制するためには2030年の全世界のCO2排出を2010年比45%削減し、今世紀半ばにネットゼロにすることを含め、迅速で深掘りした温室効果ガス削減が必要。

• そのためには共通だが差異のある責任、異なる国情、持続可能な開発、貧困撲滅を反映しつつ、2020年代の「勝負の10年」(critical decade)に行動を加速することが必要。

• 国別目標(NDC)に関する統合報告書では2030年に2010年比13.7%増となるとされていることを懸念。

• 締約国が排出削減に向けた努力を増大させることが緊急に必要。「勝負の10年」における緩和の野心向上と実施をスケールアップするための作業計画を立ち上げ、2022年のパリ協定第4回締約国会議(CMP4)で採択

• NDCをアップデートしていない国はCMP4までに提出を求める

• 締約国に対し、必要に応じ、パリ協定の温度目標に準拠して2022年末までに自国のNDCを見直し、強化することを求める

• 事務局に対し、毎年、NDCに関する統合報告書をアップデートすることを要請

• プレ2030年の野心に関する年次ハイレベル閣僚会合を開催(2022年~)

• 長期戦略を提出していない国はCMP4までに提出を求める

• 事務局に対し、長期戦略に関する統合報告書の策定を求める

パリ協定では「産業革命以降の温度上昇を2度を十分下回るレベルに安定化させ、1.5℃に抑えるよう努力する、そのために今世紀後半にカーボンニュートラルを目指す」と規定されているが、ここでは最も野心的な温度目標である1.5℃をハイライトし、その達成のためには2030年に2010年比45%削減が必要なのだが、現在の各国のNDCでは14%程度増えてしまうので、締約国に対し、抜本的な野心レベルの引き上げのための作業計画を来年合意する、パリ協定の温度目標に準拠してNDCを来年末までに強化する、という流れになっている。

2℃目標ですら達成の軌跡に乗っていないのに、目標を厳しくするというのは、普通に考えればミッション・インポッシブルだと思えるのだが、そういう議論が通用しないのがCOPの世界である。会場の雰囲気は圧倒的に「Keep 1.5 alive」であった。昔、帝国陸軍では威勢の良い意見ばかりが取り上げられ、実現可能性を考えた現実的、慎重な意見は「因循姑息」と退けられた。東条英機は「戦争は負けたと思ったものが負けたのである」と言い、戦局悪化を認めようとしなかった。1.5℃をめぐる議論を聞いているとそんなメンタリティを感じさせる。

しかし目標引き上げの掛け声ばかりあげても現実が変わるわけではない。1.5℃の条件となる2030年45%減はインド、中国がピークアウトではなく、今から排出量を削減しない限り絶対に不可能だが、当たり前に国益を最優先する彼らがそんな自爆的な目標見直しをするわけがない。グラスゴー気候協定は「1.5℃追求に合意した歴史的合意」とされているが、1.5℃目標の破綻は数年もせずに誰の目にも明らかになるのではないか。

(その2に続く。全2回)

トップ画像:11月13日、COP26の閉会式で挨拶し拍手を受けるアロック・シャルマCOP26議長 出典:Photo by Jeff J Mitchell/Getty Images




この記事を書いた人
有馬純東京大学公共政策大学院教授

1959年神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒。通産省・経産省においてエネルギー・環境分野を中心にキャリアを積み、2015年より東京大学公共政策大学院教授。その他、経団連21世紀政策研究所研究主幹、アジア太平洋研究所上席研究員、東アジアアセアン経済研究センターシニアポリシーフェロー等。気候変動枠組条約締約国会議(COP)にはこれまで15回参加。主な著書に「地球温暖化交渉の真実」(中央公論新社)「精神論抜きの地鵜級温暖化政策」(エネルギーフォーラム社)「トランプリスク」(エネルギーフォーラム社)

有馬純

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