[青柳有紀]<4月7日・ジェノサイド追悼記念式典>100日間で80万人以上が犠牲になったルワンダのジェノサイドから20年
青柳有紀(米国内科専門医・米国感染症専門医)
先月、ルワンダは1994年に起こったツチ族に対するジェノサイドからちょうど20年目を迎えた。
4月7日(ジェノサイドが始まった日)には首都キガリのアマホロ国立競技場において、ポール・カガメ大統領をはじめ、パン・ギムン国連事務総長やトニー・ブレア前英国首相など各国の要人、一般市民の多くが参列してジェノサイド追悼記念式典セレモニーが開催された。
毎年、この日からの1週間は「ジェノサイド・メモリアル・ウィーク」と呼ばれ、人々は午後になると各村落に設けられた会場に集まり、立場を超えて20年前の悲劇を想起し、団結し、再生すること(“remember, unite, renew”)を目的とした対話を重ねることが慣行となっている。
今回、私はこの期間に各地域を自らの足で旅したが、主要都市のみならず僻地の小さな村落にもジェノサイド記念館(それらの多くは虐殺の舞台となった教会や公共施設である)が存在し、20年前の圧倒的な暴力が前政権やそれに協力したフランスやベルギーによっていかに周到に準備され、実行されたかという事実に改めて戦慄した。また、村々の広場には多くの住民が集まり、対話する姿があり、現代史において稀に見る殺戮の過去を直視し、乗り越えようとする人々の強い決意を感じた。
およそ100日間に80万人以上が犠牲になったとされるジェノサイド(注1)から20年が経過した現在のルワンダでは、フツ族やツチ族といった差異は積極的に否定され、人々が表立ってそれについて話すこともない。カガメ大統領がこれまでの政権運営で強調してきたのは、それらに代わる「ルワンダ人」(ndi umunyarwanda)という概念であり、それは人種や宗教の違いだけでなく、かつての侵略者たちが支配の道具として利用した、ツチ族、フツ族、トゥワ族といった部族の違いと対立の過去を超えて、国民の団結を促す姿勢である。
カガメ大統領が内外から広く偉大なリーダーとして認知され、今日のルワンダの復興と成長を実現させたのは、彼がRPF(ルワンダ愛国戦線)の指揮官として前政権を打倒しジェノサイドを終わらせただけでなく、その起源となった、かつての侵略者たちによるルワンダ国民の分断に決定的な終止符を打つ役割を果たしたからに他ならない。
(注1):正確な犠牲者数は明らかになっていないが、およそ80万人から100万人が犠牲になったと言われている。
参考:外務省(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/rwanda/data.html)
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