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.国際  投稿日:2014/8/25

[青柳有紀]<西アフリカで拡大するエボラウイルス>エボラ・パンデミックはアフリカ大陸の貧困問題と不可分


青柳有紀(米国内科専門医・米国感染症専門医)

執筆記事プロフィールWeb

 

西アフリカにおけるエボラウイルス感染症(Ebola virus disease, EVD)の流行は依然として拡大傾向にある。

世界保健機構(WHO)の発表によれば、8月18日現在、ギニア、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリアの4カ国における症例総数(診断が確定していない「疑い症例」も含む)は2473件に達し、1350人が死亡している(http://www.who.int/csr/don/2014_08_20_ebola/en/)。

ナイジェリアで最初に報告された症例は、米国籍を持つリベリア財務省高官だった男性が、米国に向かう途中で立ち寄ったナイジェリアのラーゴス空港で体調不良を訴え、現地の医療施設に入院後、EVDにより死亡したもの。男性の治療にあたった医療関係者が次々とEVDを発症したことから、大きな衝撃をもって受け止められた。一向に終息の兆しを見せないこのパンデミックに対して、日本でも感染の上陸と拡大に対する危惧が大きくなっているようだ。

EVDがこれだけ恐れられている大きな理由は、その致死率(case fatality rate)が30〜90%と極めて高いからであろう。致死率とは、この場合、症状を示した患者のうち、死亡する患者の割合を指す。現在問題になっている西アフリカのパンデミックでは、致死率は約60%と報告されている。だが、われわれはこれを鵜呑みにするべきではない。

最も多くのEVDによる死者(576人)が報告されているリベリアは、1989年から2度の内戦を経験した世界最貧国の一つであり、国民の80%は貧困レベルにある。首都モンロビアにあるスラム街・ウェストポイントには下水設備さえなく、人々はビーチで排泄している。また、医療システムは機能しておらず、人口10万人に対して医師が1人しか存在しない(アメリカ中央情報局・https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/li.html)。

つまり、今回の西アフリカにおけるパンデミックは、この地域の凄まじい貧困と決して切り離して考えることはできない。あらゆる疾患とその意味は、それが存在する社会的なコンテクストと不可分であり、それゆえにエボラのような疾患への対応が迫られる時、それがパンデミックとして成立してしまう脆弱な社会への対応も同時に迫られていることを理解しなくてはならない。

われわれは、遠い海の向こうのアフリカ大陸からやってくるかもしれない「殺人ウイルス」におそれおののく前に、人々がこの地域で置かれてきた悲劇的状況(そして、そのことに対するわれわれの無知と無策)を顧みるべきなのだ。

感染症を専門とする立場から指摘しておくが、仮に日本でEVDが確認されるような事態が起きても、現在の西アフリカのような規模の感染拡大が起こることなく、また致死率もこれほど高くなることはないだろう。

ヒトに感染し症状を起こすエボラウイルス属は、患者の体液など(血液・分泌物・吐物・排泄物)と傷口や粘膜部位への接触を介してしか感染しないので、日本の医療機関であればどこにでもある手袋、ガウン、フェイスマスク、ゴーグルといった飛沫感染防御のための器具で二次感染を防げる。また、医療資源に遥かに恵まれた日本では、隔離された環境でも感染患者の容体をより適切にモニターし、循環や呼吸機能を維持するための対症療法も可能だからだ。

今回の西アフリカにおけるエボラ・パンデミックは、「遠く離れたアフリカ大陸」の貧困問題が、日本人の健康と安全に直接的な影響を与えうる可能性を示唆している。同時に、そうした問題に対して無自覚だった多くの日本人に覚醒する機会を与えているように思える。

 

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