米インド太平洋外交、多難な船出
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#12」
2021年3月22-28日
【まとめ】
・先週、米韓・米中の「2+2会合」が行われた。
・米中会合では冒頭から米が中を非難、激しい応酬が繰り広げられた。
・今後外交における政治家レベルでの判断ミスの連続が懸念される。
先週は米国務長官が国防長官と共に日韓との2+2会合にそれぞれ参加した後、アラスカで中国の外交担当トップと意見交換した。先週お約束した通り、今週はこの一連の動きを総括したい。日本にとっては想定通り、またはそれ以上の成果だろうが、正直なところ、バイデン新政権のインド太平洋外交にとっては多難な船出である。
日米2+2、米韓2+2会合ではそれぞれ共同文書が発表され、共同記者会見も行われた。同盟国同士の会合でもあり、これは想定内だ。一方、米中の意見交換では滅多に文書作成や共同記者会見は行われない。ところが今回は、本来非公開のはずの激しい非難の応酬が内外メディア用冒頭発言の際に繰り広げられた。
案の定、内外メディアの注目はアラスカの米中「意見交換」に集まった。だが、日米、米韓の2+2会合にも論点は少なくない。詳細については先週のJapanTimesと今週の毎日新聞政治プレミアに書いたので、お時間があればご一読願いたいが、簡単に言えば、ほぼ全てが「起こるべくして起きた」ということではないだろうか。
■ 日韓との2+2
日米2+2と米韓2+2の相違点は予想以上に大きかった。米韓関係はやはり微妙である。少なくとも、過去数年来の米韓の溝がようやく埋まり始めたようには到底思えなかった。例えば、
●東京とソウルでの2+2共同文書は米韓同盟を「朝鮮半島とインド太平洋地域の平和、安全及び繁栄の基軸(linchpin)」とする一方、日米同盟は「インド太平洋地域の平和、安全及び繁栄の礎(cornerstone)」とされた。だが、より重要なことは、条件付きながら、今回韓国側が「インド太平洋地域」を同盟との関連で公式に言及したことだ。
●その条件とは、米韓が「韓国の新南方政策との協力を通じて」自由で開かれたインド太平洋地域創造のため協力するとした部分。クアッド(日米豪印)対話への参加も同様だ。韓国外相は「米側から参加の議論はなかったが、韓国の新南方政策を米国のインド太平洋戦略と如何に調整(harmonize and coordinate)するかにつき議論した」と述べていた。韓国の対中配慮は相変わらずのようである。
●その証拠に、米韓共同文書では中国に関する言及が一切なかった。北朝鮮の核問題でも、「北朝鮮の非核化」ではなく、既に破綻している「朝鮮半島の非核化」にしか言及しない。更に、米国が強く求めたはずの日米韓協力も、「地域の平和、安全及び繁栄のため、互恵的で前向きな協力を引き続き促進する」などと条件を付した。
▲写真 ブリンケン米国務長官と鄭義溶(チョン・ウィヨン)韓国外相。会合後の共同記者会見にて。(2021年3月18日ソウル) 出典:Lim Han-Byul – Korea Pool/Getty Images
■アラスカでの米中会合
最も興味深かったのはアラスカでの米中のやりとりだ。中国側はこれを「戦略対話」と位置付けていたが、成功には程遠い結果となった。新華社は「事前の打ち合わせどおり準備して臨もうとしたのに、米側の冒頭発言が予定時間を大幅にオーバーした」と米側を非難したが、真の原因が時間ではなく、発言内容だったことは明らかだ。
ブリンケン長官は冒頭から、「中国の行動に対する我々の深い懸念、新疆ウイグル自治区や香港、台湾、アメリカに対するサイバー攻撃、同盟国に対する経済的威圧についても話し合いたい。これらは内政問題ではなく、世界の安定を維持するルールに基づく秩序を脅かしているので、米側は取り上げざるを得ない」などと述べた。
これが中国人には受け入れ難い無礼に映ったのだろうか。中国人は、自分の面子を大事にする一方、相手にも他人の面子を潰さないよう求める傾向がある。冒頭から公衆の面前でここまで批判された以上、ここで沈黙できる中国要人はいない。ブリンケンは中国の「壊れた蓄音機」のスタートボタンを押してしまったのだ。
これに対する中国側の反論が興味深い。楊政治局員は、「私は(判断を)間違えた。入室した際、私は米側が冒頭発言のトーンに注意するよう伝えるべきだったが、私はしなかった。中国側が長く話した原因は米側発言のトーンだ。これが米側の望む対話のやり方なのか?米側は必要な外交儀礼に従うのだと思っていた。言わせてもらうが、中国側の前で、米側には強い立場から話したいなどと言う資格はない。」などと一気に畳みかけた。これほど怒りに満ちた中国要人の公開発言は聞いたことがない。
勿論、米側の冒頭発言は事前かつ周到に準備されたものだ。一部に「米側の挑発に中国側がまんまと嵌り、外交的醜態を見せた」とする分析もあるが、中国側は「礼儀を知らない米側の若造たちに反論した」ぐらいにしか思っていないはず。こんな米側のやり方で中国が譲歩するとは到底思えないのだが・・・。
今後米側は対中政策の見直しを進め、いずれ米中は妥協点を模索していくのだろうが、果たして大丈夫か。以前筆者は「今後世界は政治家レベルで判断ミスが繰り返される時代が来る」と書いた。今回のやりとりを通じて米中間、特に「面子を潰された」中国側に、感情的な「しこり」や「不信感」が芽生え、それが中国側の判断ミスを助長することにならないか、筆者は大いに懸念している。
〇アジア
フィリピン政府は、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島のサンゴ礁周辺に今月初旬、約220隻の中国漁船が集結していたことを確認、中国側に抗議したと発表した。これも海上民兵を使う典型的な中国海軍のやり方であり、恐らく米側に対する牽制か、テストなのだろう。フィリピンが再び「腰砕け」とならないことを切に祈ろう。
〇欧州・ロシア
EUの外交安全保障上級代表は、新疆ウイグルでの人権侵害をめぐるEUの対中制裁に対し中国が発表した報復制裁を「残念で受け入れ難い」と述べたそうだ。これも如何にも中国らしいやり方、すなわち「売られた喧嘩は必ず倍返しで買う」スタイルだ。中国はこれを何時まで続けるつもりなのか、結局は孤立するだけなのに。
〇中東
米国防長官が、日韓訪問後にインドを経て、アフガニスタンを予告なしに訪問した。ターリバンとの和平合意で駐留米軍が完全撤退する期限は数週間後に迫っている。一体米国はどうするつもりなのだろう。「引くも地獄、残るも地獄」の選択肢だが、米国の中東での判断は今やインド太平洋に直結するので大いに要注意だ。
〇南北アメリカ
78歳の米大統領は国内各地を遊説中だが、先日大統領専用機に乗り込んだ際、タラップ上で足を踏み外し数度にわたり躓いてしまった。保守系メディアは「鬼の首でも取ったように」はしゃいでいたが、どっちもどっち。バイデンにとっては、インド太平洋外交よりも、米国救済大型予算を如何に国内で売り込むかの方が重要なのだろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ジョー・バイデン米大統領 出典:Leigh Vogel/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。