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.国際  投稿日:2021/4/22

日米首脳会談の光と影(上)


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・日米共同声明で菅首相は「自らの防衛力の強化」を宣言。
・戦後日本は軍事を忌避。菅政権でも軍事力増強の兆しは見られない。

・防衛力強化の約束が非現実的と判明したときの災禍が心配される。

 

「言葉は事実を伝えるためにのみ存在するわけではない」――

今回の日米首脳会談の結果をまとめた共同声明を読んでいて、ついこんな表現を思い出した。30数年も前、当時の西ドイツの国防総省軍政局長の将軍から聞いた言葉だった。

当時、アメリカがソ連の中距離核ミサイルに対抗して欧州に配備しようとしたミサイルを「モスクワを直撃する首狩り兵器だ」と断じたソ連の主張は事実ではないという説明の際に、その将軍がさりげなく述べた表現だった。

菅義偉首相には失礼な連想だろう。遠路ワシントンまで出かけて、ジョセフ・バイデン大統領との会談で日米関係の強化という基本目標は果たしたのだから、酷に過ぎる反応かもしれない。

だが日米両国の安全保障関係を長年、追い、日本側の現在の防衛政策にも注意を払う考察者としては、この日米共同声明の吟味からはどうしても「言葉」と「事実」の相関関係を考えさせられてしまうのだ。正確には「言葉」と「事実」のギャップと呼ぶべきだろう。

その理由を説明しよう。今回の日米首脳会談の共同声明全体のなかで最も頻繁に、しかも最も強い力点をおいて強調されたのは「日米同盟の強化」だった。その日米同盟強化の別な表現として「日米共同防衛の拡大」とか「抑止の増強」「日米安全保障の強化」という語句が繰り返し繰り返し明記されていた。

もちろん日本とアメリカの両首脳、そして両国政府がともにこの同盟強化の大目標に合意した、という意味である。その強化策をすでに取っているという意味と、これからその強化策を取るという意味とが入り混じっていた。

とくに注視すべき点として以下の語句があった。

「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した」

日本の自主的な防衛能力の強化の誓いである。しかも日本の領土や日米同盟自体の防衛だけでなく、日本周辺の地域の安全保障のための防衛力強化だというのだ。この言葉は今回の首脳会談での菅首相自身の決意と解釈されても自然だろう。

だが私がここで言葉と事実の断層を感じさせられるのは、いまの日本側、まして菅政権下では、ここで誓ったような防衛力や抑止力の本格的な増強の兆しはツユほどもうかがわれないからである。そんな「決意」が日本のどこに存在するのだろうか。

日本だけでなく東アジア地域の安全保障のための日本独自の防衛力を強化することの「決意」が日本側でいつ、どのようになされたのか、あるいはなされる計画がどこにあるのか。知っている人がいたらぜひ、教えてほしい。

防衛や抑止とは一般の国家では、みな軍事とみなされる活動である。そもそも国家対国家の同盟とは本質は軍事での相互支援の誓いなのだ。

だが戦後の日本では軍事という言葉や概念が忌避されてきた。「日米同盟は軍事同盟ではない」と失言した失脚した総理大臣もいたほどである。

その日本の軍事忌避の特殊性が新しい時代の日米同盟の軍事能力強化の要請と整合するのか。なにしろ日米両国のいまの懸念の対象は対外的な膨張や威迫に軍事力を平然と最大手段にする中国や北朝鮮なのである。軍事を究極かつ最大の実効手段として迫ってくる相手に軍事という概念がこの世界に存在しないかのようにふるまうことの危険は恐ろしいほどといえる。

▲写真 日米首脳会談での菅首相、バイデン大統領(2021年4月16日 ホワイトハウス) 出典:首相官邸Facebook

バイデン政権にしても日本に対して防衛や抑止や安全保障の能力の強化を求めることは当然、日本の軍事能力の強化への期待である。ただし長年の日本の特殊事情を知るから、軍事という言葉は日本に対して公式には使わないことになる。

この軍事をめぐる日米両国間のギャップも長年、アメリカ側では意識され、提起されてきた。だが日米同盟をとにかく現状のまま堅持するという必要性のために、表明に出ることは少なかった。ドナルド・トランプ前大統領が「日米同盟の不公正さ」をわかりやすい言葉で批判したのは例外とはいえ、アメリカ側の不満の真実がつい露出したのだといえる。

だがアメリカ側でのこの面での日本への不満はますます広がってきた。だからこそ今回の首脳会談についても、菅首相が米側の期待に押されるままに、防衛力強化の実行を簡単に約束し、それが現実にはできないと判明したときの災禍が心配されるのである。

菅首相にはもちろんの日本の防衛や抑止を現実の軍事課題とみて、正面から取り組むという気配もない。

(つづく)

 ***この記事は日本戦略研究フォーラムの古森義久氏の連載コラム「内外抗論」からの転載です。上2回に分けて掲載します。

トップ写真:日米共同声明記者会見へ向かう菅首相、バイデン大統領(2021年4月16日 ホワイトハウス) 出典:Doug Mills-Pool/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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